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『rabbit nuance 』
キウィ・シラト0347)&シオン・レ・ハイ(0375)

 ふわふわ。と何かがキウィの目許を掠めた気がした。薄目を開ければ自分の顔の真横にいたのは真っ白の兎。何故?と未だはっきり開かない寝起きの瞳を瞬いていれば、その兎がキウィに近付き、その薄い唇に薄ピンクの口元をちょん。と押し付けて……。

 「………………」
 再びキウィは薄目を開ける。その視界に映るのは見慣れたいつもの天井。どうやら先程目を覚ましたと思ったのは夢の中の出来事だったらしい。それならさっきの真っ白の兎も夢の中の住人ですか、と少々残念に思いつつ、キウィはとベッドの上で上体をゆっくりと起こした。そんなキウィの指先に、何か暖かくて柔らかいものが触れる。
 「……おや」
 何事かと視線を落としたキウィの膝の上、シーツの波の上に蹲るようにして、そこには一匹の兎がいたのだ。これもさっきの夢の続きなのかと、キウィは手で自分の目許を擦ってからもう一度膝の上を見る。そこにはやはり一匹の兎――先の夢の中で見た兎とは少し違う、ふわふわの真っ白の毛に薄茶色の斑点があり、耳は垂れている。そして兎にしては珍しい、緑の瞳がとても印象的な可愛い兎――が、間違いなく存在した。
 『………………?』
 「おはよう」
 不意に低く渋い声が響く。しかもそれは自分のすぐ横から。キウィが声のした方、ベッドの隣を見遣ると、いつからそこに居たのか、シオンが自分を見詰めていた。ベッド脇に椅子を運んで足を組んで座り、その膝の上で頬杖を突いている。キウィはもう一度目を擦ると、大きな欠伸を一つ漏らした。
 「おはようございます、シオン。…あの、これは一体?」
 キウィの指が、シーツの上を楽しそうにぽてぽて歩いているロップイヤーへと向けられる。シオンが穏やかな笑顔のまま、ひとつ頷いた。
 「ああ。兎、ですね」
 「…いや、それは私にも分かりますが。しかもこれ、例の稀少種じゃないですか?毛並みの良さと人懐っこさで一番人気ですが、繁殖が難しいから入手も半端じゃなく難しいって…」
 「そうです、その希少種です。たまたまね、偶然に手に入る機会があったものですから。前から欲しがってたでしょう?」
 そうシオンが笑みと共に告げると、同意を示してキウィは頷く。いつの間にか自分の傍まで寄って来て居た兎を抱き上げると、評判通り人懐っこいその兎は、キウィの鼻先をぺろぺろと舐めた。擽ったそうに笑い声を立てて肩を竦めるキウィを、脇からシオンは目を細めて眺めている。キウィはと言えば、兎を抱いたまま、視線をシオンへと戻すと、
 「…と言うかですね。……このコ、高かったでしょう?ただでさえ手に入り難くて、たまに入荷されると目を剥くような値段が付いていたじゃないですか」
 以前共に見たペットショップでの事を思い出してキウィが鼻に皺を寄せた。そうは言いつつも既に離れ難くなっているのか、腕にしっかりと兎を抱いたままで、顔の所まで持ち上げて頬擦りをしながらシオンのへと視線を返す。そんなキウィの不安を解消するかのよう、シオンはいつも通りの穏やかな表情で、大丈夫とばかりに頷いた。
 「…まぁ、大丈夫ですよ。そんなにも心配される程、私に甲斐性が無い訳ではありませんよ?任せて下さい」
 にっこりと自信ありげに微笑むシオンであったが、内心、給料の三ヶ月分以上掛かったこの兎が、どうにも高級なエンゲージリングに見えて仕方がなかった。とは言え、兎を抱き締めるキウィの喜びようには、懐の痛み具合よりも、それを見詰める喜びの方が確実に勝っているのも事実であって。だから敢えてその辺りの事情はキウィには告げず、ただ兎を手に入れる事が出来た事だけを告げたのだ。そんなキウィも、もしかしたらシオンの苦労が分かっていたかも知れないが、気付かない振りをして、ただ兎が手に入った喜びと礼だけをシオンへと向ける。それが、何よりもシオンを喜ばせる事になるのだと知っているからこそ、なのだろうが。

 そうして、キウィとシオンの暮らしに、兎と言う新しい家族が増えた。

 昼下がり、本を読んでいたシオンがふと視線を活字から前方にある窓へと移す。そこから臨める庭の芝生の上で、キウィと兎が仲良く戯れているようだ。概ねマイペースを言われる兎の中にあって、この希少種はやはり格段に人懐っこいのか、良く慣れた犬のようにキウィの後を付いて回っている。まるで、殻から出て来て一番最初にキウィを見た、鳥の雛のようだ。ぽてぽてと可愛らしい歩みでキウィの後を追い、後ろ足だけで立つとキウィの脛の辺りに前足でたっちする。足元から見上げる丸い瞳に、キウィも赤い瞳を細めて楽しげに笑い掛け、その場に屈み込むと兎を抱き上げて、その鼻先に軽くキスをした。お返しとばかりに兎はキウィの頬を小さな舌で舐める。擽ったいとキウィが喉で笑い、愛おしげに兎をぎゅうぅと壊れない程度に強く抱き締めた。
 「………」
 そんな様子を、膝の上で本を開いたままのシオンが微笑ましげに見詰め、目許で笑う。兎と一緒のキウィは本当に楽しげで幸せそうで、そんな様子を見るだけで自分もその温かさに引き込まれるような気がする。これなら、大枚はたいて人脈を駆使して、散々苦労をして兎を手に入れた甲斐もあったと言うものだ。兎も、シオンの想像以上に、キウィに懐いてくれたようだし。だがその一方で、シオンはごくたまにではあるが、物悲しさを感じる事があったのだ。

 以前は、キウィが心地好く眠れるようにと、シオンが添い寝をしてやる事も多かった。時には、自分の傍らで穏やかな寝息を立てているキウィの寝顔を、その慈しむ視線で護るかのように、ずっと朝まで眺めていた事もある。今だから白状するが、あの兎がこの家にやって来たその日も、実はそうだった。いけない事はいけないとはっきり諫め、甘やかすだけが愛情ではないと互いに周知しているシオンとキウィであったが、対面的にはシオンはいつも穏やかで(キウィは賢くて怒られるような事を殆どしないからだが)優しく、人に寄っては親馬鹿だとか言われてしまうような状態が常だった。
 それは勿論今でも変わらないのだが、ただ、シオンがキウィに添い寝してやる事自体が減ってしまったのだ。原因は言わずもがなの、兎の所為である。今、キウィはこの兎と一緒に寝る事が多い。人懐っこく寂しがり屋のこのロップイヤーは、キウィの腕を枕にして眠るのが通例となってしまった。暫くはシオンもキウィに乞われるがままに兎と共に添い寝をしていたのだが、オールサイバーの己が、ついうっかりして兎をその身体の下に敷いてしまったりしたら目も当てられない状況になる事は必須なので、最近では自分から辞退する事が多いのだ。まるで兄弟か何かのように、寄り添いあって眠るキウィと兎を見る事自体は、シオンにとっては変わらず至福の一時なのであるが、そんな一人と一匹の間に入って行けない己の存在が、少々寂しく思えてしまう。そして、そんな事を考えてしまう自分自身に嫌気が差して…そんな悪循環を繰り返し、それを避けるが為にシオンは、ここ最近は読書に勤しんでいるのであった。
 細く溜め息のような吐息を漏らし、シオンは本を閉じた。椅子から立ち上がり、さっき自分が覗いていた窓を開けると、そこにいる一人と一匹に声を掛ける。
 「そろそろ日が落ちますよ。身体が冷える前に部屋に戻ったらどうですか?」
 シオンの静かな声に、キウィが頷く。足元の兎を抱き上げると玄関の方へと回って行く、その後ろ姿を見詰めて、彼が家へと戻ったのを確認してからシオンは窓を閉めた。

 シオンが閉めた窓に背を向け、先程まで座っていた椅子の方へ向かおうと一歩足を踏み出す。すると、そこにいつの間にやらやって来ていた兎を踏み掛けて、慌てて持ち上げた右足を引っ込めた。
 「……驚かさないでくださいよ」
 言葉が通じるとは思わなかったが、思わずシオンは兎に声を掛ける。兎は、ちょこんと床に座って前足を揃え、シオンの顔を見上げていた。
 「…どうかしましたか?」
 その緑の瞳が、何かもの言いたげな感じがしたので、シオンはその場にしゃがみ込んで兎の瞳を覗き込む。暫く兎はじっとその青い瞳を見詰めていたが、やがて後ろ足で立つとシオンの膝に前足を掛け、ついで首を伸ばしてシオンの鼻先に、ちゅ。と薄桃色の口元を押し付けて来たのだ。
 「………」
 その柔かな感触に思わずシオンが言葉を失う。前足をシオンの膝に掛けたまま鼻先をひくひく動かしながら、兎が可愛らしく首を傾げた。

  だいじょうぶだよ。きうぃはしおんのことをわすれたりなんて、ぜったいしないから。

 そんな声が聞こえたような気がした。
 都合のいい妄想かも知れない、そう思いつつもシオンは、楽しげな笑いが止まらなかった。



おわり。
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PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年08月19日

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