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『 双児の神との戦い 』
柚品・弧月1582)&御子柴・荘(1085)
 
 騒音ざわめく渋谷駅。
 待ち合わせ場所であるモヤイ像の前で柚品・弧月(ゆしな・こげつ)は読んでいた本を閉じた。夏休みだからだろうか、やけに若い男女の姿が目立ち騒音のようなストリートライブがあちこちで開催されているため、いまいち読書に集中できないでいた。
 ふと時計と見ると長針がカチリと短針と同じ位置を指し示した。約束の時間である正午だ。
「すみません、柚品弧月さん……ですか?」
 不意に声をかけられ振り向くと、目印である青い宝石を下げた青年がいた。彼はさりげなく懐から名刺を取り出し、真面目な口調で挨拶を始めた。
「初めまして。今回同行させていただきます御子柴・荘(みこしば・しょう)と申します。専門科の方にご協力していただけるのでとても心強く思います。よろしくお願いしますね」
 初めての顔合わせということもあるのだろうか、荘の態度はどことなく緊張していた。
 だが、歳も近いこともあり、鎮霊現場である博物館へ向かう間の道のりで互いの心がどことなく分かるようになっていた。

「そういえば弧月さんは今回の報奨金をどう思ってますか?」
 なにげく荘は弧月に尋ねた。
 と、いうのも前金として受け取った額だけでも相場の5倍はある金額だったのだ。単にとり憑いた霊を払うだけなら、こんな料金にならない。
「……ちょっと高いな、とは思ってましたが……荘さんもそう思いましたか?」
「はい。あまり厄介なことにならなければ良いのですが……」
 その心配が本当になるだろうとはその時の2人は知る由もなかった。
 
☆★☆

 現場は渋谷駅から徒歩で15分程歩いた先にある博物館だ。この辺りは墓地や寺院が多いせいか都心であるにも関わらず車の通りが少なく、閑静な住宅街になっている。それゆえ怪談などの話がこの辺りでは絶えないらしい。2人に来た依頼も恐らくその手の怪談のひとつだろうと
 2人は警備員に軽く挨拶を返し、博物館の中へと歩みを進めていく。
 気のせいだろうか? 博物館の中はどんよりと重い空気が漂っており、昼間だというのにどことなくうす暗い。
「これは……かなり厄介かもしれませんね……」
 展示された貴重な展示品の数々を眺めながら、弧月は呟いた。
 ざっと見ただけだが、この博物館に展示されているのは殆どが芸術品としても価値の高い調度品ばかりだ。暴れて壊しなどしては貴重な文化遺産が失われてしまうことになる。これらを傷つけず戦いを挑むのは少々無謀に思えたが、やれるだけのことはしようと2人は心に誓う。
なにしろ初めての共に行動しての仕事だ。今後のことも考えて失敗は許されない。

 館内の一番奥にある展示室に問題の品は保管されている。展示室に近づくたびに空気が重くなっているのが肌に感じられた。荘はゆっくり細く息を吐き、体内に念を込めはじめる。
 扉を開けると途端に重い「気」が流れ出してきた。
 霊に対抗する力のないものはあっさりと侵されてしまうだろう。事実、この道に精通しているわけではない弧月はその不快感に耐えきれず、その場に座り込んでしまった。
「大丈夫です……か?」
「はい、な……んとか……」
 荘に支えられよろよろと立上がる弧月。だが、その顔は明らかに青白かった。
「はやいところ片付けましょう。ここに長くいては危険です」
 依頼主が法外な報奨金をかけてきた理由がよく分かった。ここまで力を蓄えたものを鎮めるのは確かに容易ではない。

 あまり広くない部屋の中央にそれはいた。20センチほどの少し小さな菩薩像(ぼさつぞう)だ。頭に王冠をかかげ、赤い衣をまとっている。仏教に知識があるものならばそれが閻魔天(えんまてん)の姿とわかるだろう。
 日の光が差し込まぬうす暗い室内で像はぼんやりと光輝いていた。一見神秘的に見えるが、霊感のあるものならばはっきりと邪気がまとわり憑(つ)いているのが見てとれる。
「……なるほど……この地の怨念とつくも神が融合しているようですね。どれだけ融合してるか試してみましょうか」
 目を少し細めて荘は呟いた。気を練ることにより荘は不可視のものでもはっきりと視覚化させられる。その力は、見えない相手と無闇に戦うよりはるかに有利だろう。
「弧月さん、あの作品がいつ頃のものか分かりませんか?」
「ええと……あの形は漢後期のものでしょうね。赤色が少し黒ずんでいますし、歴史的にも古い部類にはいるとおもいます。あの、できればあまり傷つけないようにしてくださいね……」
「漢の時代ですか……ならつくも神も大分落ち着いてますね。そうそう新しい霊を取り込みはしないでしょう……」
 荘は体内の気を拳に集めて霊体の融合部分にふりかざした。
 途端、見えない壁にはじき飛ばされた。床に体を強く打ち付け、荘は苦悶の表情をみせる。
「なっ……」
 ゆらりとゆらめき霊は集まりだし、やがて鬼の姿を象り彼らに襲いかかってきた。とっさに飛びのき一撃を交わすものの、追撃にくり出された棍棒に弾かれ2人はまりのように壁に叩き付けられる。
「くそっ、せめてあの触ることができれば……」
 弧月は触れることにより物の過去を読み取ることができる。先ほどからチャンスを伺っていたのだが、相手もそれに気付いているのか彼を近付けさせようとしない。
「俺がおとりになります、その隙に!」
 言うなり荘は全身に気を纏って(まとって)鬼に駆け出していった。鬼の攻撃を巧みに交わし、徐々に扉の外へと誘いだしていく。
 一瞬の隙を狙い、弧月は閻魔像に手を触れた。その瞬間、どっと様々な記憶が弧月の中に流れ込んできた。
「これ、は……所有者のきお……く?」
 意識が飛びそうになるのを必死にこらえ、弧月は雑然とする記憶の波から手がかりを探し出そうと意識を集中させる。
「……危ないっ!」
 荘の叫び声が上がった。はっと気付くと目の前で鬼が棍棒をふりかざしていた。避ける間もなく立ち尽くす弧月を間一髪、荘は弾き飛ばす。
 コ……ンと乾いた音を立てて、荘の手から離れた像が床に横たわる。鬼が像に視線をそらした隙に2人はいったん部屋から退却した。

☆★☆

 扉を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。その場にぐったりと座り込む弧月を心配そうに荘が声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、記憶が多すぎて少し疲れただけです」
 やや疲れたような微笑みを浮かべる弧月。心配の色を消さない荘に弧月は言葉を続けた。
「どうやら本人の対となるものがここにあるようです。それを使えばおそらく……」
「対となるもの?」
 弧月はゆっくりとうなずき、言葉を紡ぎはじめる。
「閻魔天は梵名(ぼんめい)をヤマと言い、死者の罪悪を裁く神の名です。あの像はその閻魔天を象ったもので、死後の安息を祈ったものと考えられます。ヤマは一対をなすという意味をもち、双児の女神を妹にもっているそうです」
「その女神像を捜し出せば良いのでしょうか?」
「はい、ただ……俺も仏教に精通してるわけではないので流れ込んできたイメージでしか分からないのですが……」
 ふと、階段下に何か光るものが見えた。気付くや否や、荘は手すりをばっと乗り越え階段下へ飛び下りる。
 光はゆっくりと点滅しており、徐々にその輝きを弱めていた。導かれるように慎重に歩みを進めていった先にいたのは1人の女神像だった。赤い衣を全身にまとい、うっすらと菩薩の笑みを浮かべている。
 荘は包むようにそっと女神像を持ち上げた。その時、頭上でドォンと鈍い爆発音が鳴り響いた。見上げると宙に投げ出された弧月が階段を転がるように落ちていくのが見える。
「弧月さん!」
 あわてて駆け寄る荘に弧月はにっこりと微笑みを向けた。その手にはしっかりと閻魔像が握られている。
「こ、これと一緒に鬼のところへ……」
 受け取った荘の中にひとつの言葉が流れ込んできた。弧月の力が像によって増幅されて荘にも力を与えたのだ。荘は小さくうなずくと、迫り来る鬼に向かって声を放った。
「ナウマク サマンダボダナン エンマヤ ソワカ!」

☆★☆

 気付くと2人はその場で横たわっていた。一瞬の間だが気を失っていたらしい。
 はっと意識を戻すと、周囲に白い玉が大量に飛び回っていた。2人を取り囲むよう飛び回っていた玉はひとつ、ひとつと重なりあいしばらくしたのちに分裂する。その姿はまるで核を失った細胞が再び結合しようとしているようだった。
 荘は素早く気を込めた拳で玉を叩き潰していく。だが玉を潰すたびに、周囲の壁という壁の隙間から同じような玉が集まってきて重なりあおうと飛び回る。
「これじゃあキリがない……っ」
 辺りにはまだ重苦しい空気が漂っている。何か物理的な力で解放してやらねば……。
「荘さん! 像を窓の近くに置いてください! 強制的に霊の通り道を作りましょう!」
 言われるまま荘は近くにあった大きな窓の両端に像を置き、周囲に軽く塩を振りまいた。と、宙を漂っていた霊達は誘われるように窓のほうへ飛んでいき、次々と冥界への霊道へと吸い込まれていく。
 全ての霊が吸い込まれていったのを確認し、荘は大きなため息を吐いて座り込んだ。
「つ、つかれた……」
 重苦しかった空気は徐々に薄れていっていた。この博物館に取り巻いていた霊達が冥界へと昇華されたからだろう。
 ふっと安堵の笑みを互いに交わし、2人は疲れからくる眠りに誘われていった。
 
 おわり

(文章執筆:谷口舞)
ーーーーーー<追記トリビア>ーーーーー
ヤマ:閻魔天の意味。双子の妹としてヤミという生命の女神がいるという。この世で始めての死者とされている。
ナウマク サマンダボダナン エンマヤ ソワカ:真言のひとつ。この言葉を唱えれば延命、滅罪の功徳があるという。※今回は閻魔に対する謝罪と罪滅ぼしの言葉として利用しました。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
谷口舞 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月18日

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