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『―花盗人ノ夜― 』
天樹・火月1600)&一ノ瀬・羽叶(1613)

好きな人は、沢山いる。
大事な人も沢山。


だけど。


――忘れられない人って言うのはどう区別をつけたらいいんだろう?



***

「―――お手!」
そう言われ反射的に「お手」と言われた手に触れる。
自分とは違う手の平の感触に戸惑いながらも天樹・火月は首をかしげた。
眠っていた人物を見つけ、もうじきお昼休みも終わるのに。
だからこそ起したのに何故、お手をしなければならないのか?と。

無論、その言葉を言った少女――、一ノ瀬・羽叶にも当然ながら理由がある。
羽叶は、大抵の日々昼に眠ると言う学生なのに昼夜逆転の生活を強いられている。
いいや、強いられているというのは些か誇張があるのだが。
だが、どちらにせよ羽叶が昼の時間、図書室で眠ると言うのは大切な日課の一つであり、
それを邪魔されたら報復せずにいられない気持ちになるのも羽叶本人にすれば当然のことで。

が、それらを伝えるべき言葉をあえて羽叶は、言わない。

何故なら。

(言って「理解」してくれるとしても…もう二度としないっていう保障は何処にもない)
と、考えているからだ。

自分のことを理解しようとしなくて構わない。
だから柔らかく表情は笑んだままで、怒ったようには見せない事もまた可能だった。

くぅ?とまるで小型犬が首を傾げたような姿に満足すると羽叶は更に笑みを深めた。
深まった微笑に戸惑うように火月は声を出す事を忘れていた自分に気付いた。
――少しばかり、見惚れていたと言ったら羽叶は苦笑いをするだろうか……?

「あ、あの、一ノ瀬先輩…これって、一体……」
「だから、お手。……本当に天樹クンは犬みたいだね」
「い、犬っ?」
「そ、良く言われない? 犬みたいに可愛いねって」

手を離すと再び羽叶は眠りへとつく。
火月も今度ばかりは流石に邪魔できず、「犬みたいに可愛い」…その言葉をひたすら反芻させていた。
――犬じゃなくて、もう少し違うのがいいんだけれど。
呟きは、言葉にはならずに。
火月の周りでくるりと輪を描いて――床へと落ちた。


***

「なあ、火月」
「んー?」

とある日の昼下がり。
奇妙に焦ったような顔の友人に「どうした?」と聞いてみる火月。
友人は何度かあちらこちらをきょろきょろ見たり溜息をついたり忙しなく、またどう切り出して良いのか悩んでいるようでもあった。
ゆっくりと上下する喉元を見て火月は苦笑を浮かべた。

「だから、なんだよ。怒らないから言ってみろって」
「や、あのさあ…火月、一ノ瀬先輩に飼われてるってホントか?」
「――――ッ!?」

思わずのみかけていた牛乳パックを握りつぶしそうになりながら、耐える。
だが、しかし。
どう返答すればいいものか。
嘘じゃないようにも思うし、怒るべき噂でもないように思う。
何にもまして忘れられない人、記憶に残る人が羽叶であることは間違いではない事実だ。

それに本当に。

(……飼われている、というより犬としてしか認識されて無い様だしなあ)

……やばい、先日のあの言葉を思い出してもかなり凹む。

「なあなあ、どうなんだ?」
鼻息も荒く答えをせかす友人に火月はにっこり微笑む。
いつもの犬の様な笑みではなく何処か深い微笑で。
「――それは、トップシークレットですのでお答えできません♪」
「そりゃないだろ、火月ッ」……その答えに友人の落胆を示す声が、嫌に耳に…こびりつくように響いた。



***

夜は嫌いだ。

昔のある光景を思い出させて何よりも自分が見えなくなる。
闇の中、ぽつんと一人いるのは好みじゃないし出来うるのなら夜に出たくはない。

けれど、その恐怖さえ押して最近夜遅くになってから外へ出ようとしているのは。

――羽叶がいるからに他ならない。

何処に居るか、なんてのは本人も教えてくれない。
なのに「此処に居るのではないか」と火月本人にわかることが多い。

今日もそうだ。
刀を振り回して襲い来る何かに対して戦っている。
月に舞う氷の刀のように冴え冴えとした蒼の輝き。
何度見ても、何時見ても、それらの動きは忘れられない思い出として鮮明に記憶に刻まれていく。

こうして夜に逢うのも何回目だろう。

始まりは月夜の晩。

「仕事」として怖いのに押しながら学校へ行った。
火月の仕事は「祓い屋」だが頼まれれば暗殺以外大抵の仕事はこなす。
そんな火月だから、実に依頼内容も様々なのだが…そんな時、丁度時を同じくして学校に居た羽叶と逢う。
壁を蹴り上げ高く跳躍し…氷の様な蒼い剣を手から出現させる羽叶は、今まで見たどんな人よりも
冷たく容赦ないほどに強く。

その時からだ。
自分自身にとって彼女が忘れられない人になったのは。
見惚れてしまうほどに時を忘れる人になったのは。

――好きな人? 皆好き、番号なんて付けられない。

――大切な人も同じ、皆大切。

――だから、この気持が一番不思議で歯がゆくて。誰が、この気持ちに――答えが出せる?

――誰が、答えを。


解らなくて、ただ解らないまま。
火月は呼ばれ、誘われるかのように、いつもいつも夜の羽叶に逢いに行くのだ。
答えが出せぬままに。


***

突如、風が逆巻いた。
カマイタチが唸りをあげ一人の人物に意思を持つかの様、襲い掛かる。
真空の中、羽叶も対峙する様に場に立つ。
見据える先は、今の自分にのみ「見える」敵。
神経を極限まで削り上げようとしたその刹那。

羽叶が「今だ!」と思った瞬間と火月が「危ない!」と思った時間が交差する。
使ってはならないと思うが、発動を抑えられない。
火月の瞳が蒼から――朱く、朱く、変化し……手の平から宝珠の如き光の粒が舞い、それは火月の意思を継ぐかのよう遠く羽叶を支援するべく従った。

光が一面に舞う。
雷鳴の様な鮮明さではなく、かといって月光のように朧ではない、輝きは次第に大きくなり見える敵へと――そのまま命中する。

「――誰?」

余計な事を、とは羽叶は言わない。
ただ「誰」と問うだけだ。
これは自分に与えられた仕事、邪魔をされるいわれもない。

その羽叶の冷たい言葉を受けてゆっくり歩んできたのは。
長い艶のある黒髪、そして蒼い瞳――いや、今はなぜか瞳の色は逆に朱い――火月だ。

「…ごめん、危ないと思ってそれで…余計な事でしたか?」
おどおどとこちらを見る瞳に羽叶はやれやれと肩をすくめた。
余計な事だ、と本当に言ったらどうするのだ。
この自分が持つ刀は「消滅」がその力。
助けられる事は即ち、敵に対しての延命行為に他ならない。
だが、そうは言えまい。
言葉を選びながら、たどたどしくも羽叶は喋る。
夜は――逆に昼と違い上手くは喋れないから慎重さも余計に増えてしまうけれど。
「…あのね、これは仕事なの。誰かに手伝ってもらう事は出来ない物なん……」
続きを言えずに羽叶は火月の背を飛び越え刀を器用に振り上げ、刺す。
体重を感じさせない猫科の動物の様なしなやかな動き、けれど容赦なく敵を襲うその姿。
――火月を襲おうとした者を殺してくれたのだ、と気付くのは随分遅れてたが。
羽叶が刀を、まるで自身が鞘だと言わんが如く体内へと沈めていく。
「……先輩?」
「ん? ああ……こいつらは本当に厄介でね、上手く隠れるのが大得意なんだ。
さっきのカマイタチ使いだけで今日はおしまいだと思ってたんだが…無事でよかった」
「つまり…俺を助けてくれたんですか?」
「さっき天樹クンも私を助けてくれたでしょう? そのお返しのつもりだけど…迷惑だったかな?」
「い、いえ、そんな事じゃなくって! ただ…何て言うんだろう、その」
どう、言葉を紡げばいいだろう。
ずっと見惚れていて答えが出なくて。
なのに今は答えが出ている。
不思議なほど明快に……どう言えば、そのままに伝わるだろうか?
「何?」
「余計な事だって解ってる。仕事なんだから俺が手伝っちゃ本当はいけないんだって、でも」
「………うん」
「――それでも、俺は一ノ瀬先輩の傍に居たい。…足手まといかもしれないけど出来るだけ手伝いたい。
いけませんか?」
「…いけないって言っても多分、天樹クンは来るでしょう? そう言うのはね、こちらに選択権はない事になっているんだ。だから」

――好きなだけ、気の済むまでいたらいい。

最後の言葉は耳元に。
囁くように小さく残る。


その後。
不思議な事に学園内で羽叶を見かける時は。
図書館でも何処にいても、火月が寄り添うように居ることが多くなったと言う。
まるで羽叶を護るような姿に「忠犬・火月」と友人や知り合いにからかわれもしたけれど。

彼女の傍にいられる。
それだけで今は満足なのだと、火月は友人達へ屈託のない晴れやかな笑顔を向けた。




―END―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月18日

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