▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『■さくら■ 』
秋月・霞波0696)&高橋・理都(0366)
 住所と地図、そして簡素な説明書きだけを記したFAX紙を眺めながら、彼女は視線をあげた。左手に持った荷物の重みは、時間が経過するたびにずっしりと増してきていた。
「‥‥ここ?」
 高橋理都は、足を止めて声をかけた。日光に薄青く輝く瞳を、秋月・霞波が前方に向けた。霞波の手の中にある案内によれば、ここが目的の温泉宿のはずだ。
 宿は低い崖の側に建っており、白壁に赤い屋根瓦、開かれた観音扉には装飾が施されている。細かな所にまで手の込んだ細工が、加えられていた。
「水幸舘(すいこうかん)、って言う所らしいわよ」
「へえ‥‥いい所ね」
 ここを紹介したのは、二人の友人のジャーナリストだった。ここを紹介するかわりに、取材をして来て欲しい、と二人にカメラと地図を持たせたのだった。
 スチュワーデスとして世界中を飛び回っている理都と、フラワーショップを経営する霞波の休暇が重なる事はめったに無い。おまけに温泉旅行となると、断る理由は無かった。
 廊下に敷かれた朱色の絨毯を案内されながら、霞波は仲居に話しかけた。壁に掛かった古い柱時計や絵画、そして骨董皿や壺など、どれをとって見てもこの古く美しい屋敷の雰囲気に合っている。
「ここは、何か言い伝えがあるって聞きましたけど‥‥」
 霞波が聞くと、仲居は振り返りながら微笑を浮かべた。
「水幸舘の主人が当地にて温泉を偶然発見し、そこに宿を開いたのが始まりで、それ以来150年間ここで宿を営んでおります」
「じゃあ、その頃から建っているお屋敷なのね」
 理都は感心しながら、答えた。

 街道からやや逸れた場所にある、山の中。日はとっぷり暮れており、次の街まで急ぐあまりに若者は山に入り、うっかり崖から足を滑らせて落ちてしまった。月の明かりもささぬ森の中の事、若者は痛む足を引きずりながら手探りで進むうちに、水辺にたどりついた。小さな泉にこんこんと水が湧き、そこに月光が降り注ぎ反射している。泉に近づいた若者は、驚いた。
 その泉から、湯気が立ち上っていたから。
 これは良い、と若者はその泉で傷をいやした‥‥。
「そして、その人がこの宿を建て、幸せを掴んだんだって」
 ゆったりと温泉に浸かりながら、霞波が理都に話した。
 崖から下に向けて付けられた階段を下りた所にある、この露天風呂が言い伝えの温泉らしい。濡れた体を撫でる風が心地よく、理都と霞波はすっかりリラックスして温泉に身体をゆだねていた。
 体型は、霞波より理都の方が少しふっくらしている。とはいっても理都も充分魅力的な身体で、霞波の方がかえってそんな理都が少し羨ましかったり。
 霞波の視線に気づいた理都が、微笑を返した。
「どうかしました?」
「えっ? ‥‥あ‥‥ううん、何でもないの」
 かあっ、と霞波は顔を赤くした。
 毎日過酷な労働に従事している理都は、身体が引き締まっていてプロポーションも良い。ここまで歩いて来るのにも、理都は全然疲れた様子が無かった。霞波とて毎日立ち仕事をしているのだから、多少の運動は全然平気なんだけど‥‥。
「理都さんって、胸とかヒップとか出てるのに、ウエストとか凄い細いよね‥‥。それなりに身体も鍛えてある感じで、羨ましい」
「そう? 私には、霞波さんの方が羨ましいですよ」
 スチュワーデスって結構力仕事多くて、と理都は腕を見せて笑った。そうとは思えない霞波は、理都の体をつんつんと触る。
「私も、グラマーになりたいなぁ」
「あら、グラマーになれって言われるんですか、彼に?」
 理都に聞かれ、霞波はますます顔を赤くして首をぶんぶんと振った。そのまま、ずぶずぶと湯船に沈み込む。
「‥‥そんな事は‥‥言いませんけど‥‥」
 そう、女の気持ちというやつで。
「そういう事は、何も言わないし」
「ああ、言って欲しい時ってありますよね。私もそうかな‥‥好きな人には気づいて欲しいのに、そう思ってても言ってくれなかったりするんですよ。ヘアスタイル変えた時とか気づかなかったり、普段着の時とバッチリ決めてきた時の差に気づいてもらえなかったり」
「そうそう‥‥」
 えへへ、と霞波は笑顔を浮かべた。やっぱり、誰でもそうなんだぁと感じて、嬉しくなったのだ。
「やっぱり理都さんの言ってるのは、パイロットのあの人でしょ?」
「え? ‥‥えっと‥‥」
 理都は困ったように視線を泳がせた。それから、ようやく霞波に目を向けた。
「‥‥照れ屋なのよ、あの人」
「でも、同じ便になったらずっと仕事中も一緒じゃないの? いいなぁ‥‥」
「そんな事ありませんよ、仕事中は顔を合わせる事はあまり無いですし、会わせても仕事の話ししかしませんから」
 理都の言う「カレ」は、国際便のパイロットだ。理都と同じ便で仕事をする事も多い為、自然と話しをするようになった。真面目だけどちょっと照れ屋で、それ故回りからするとやきもきする事も多くて、じれったいというか‥‥。
 一方霞波の彼氏は、法医学を専攻する医学部の学生だ。寡黙で部愛想な所があるが、霞波に言わせると時折みせる笑顔が、とってもいいのだそうだ。
「あのね‥‥私と居るとすごく肩の力を抜いていられるみたいなの。だから、いつでもそう居てあげたいなぁ、っと思う」
 霞波は理都に、そう話した。
「そ、それはそうとアノヒトはどうなってるの?」
「あの人?」
 理都が聞き返す。霞波が言うのは、どうやらここの取材を以来したヤツの事らしい。
「取材取材って、彼女を放ったらかしにして泣かせたりしたら、承知しないわよ」
「そうね、彼女は私の友人でもあるし‥‥気になりますね。でも、うまくいっているみたいよ。ちゃんと彼女の事、考えてくれているって聞いていますし」
「それなら、いいんですけど‥‥あ!」
 急に霞波は、ざばっ、と湯船から立ち上がった。隠すもののない彼女の体が、露わになる。それに気づき、霞波は再び湯に身を沈めた。
「取材するんしたよね‥‥ここ、写真取らなきゃ」
「そうね‥‥ちょっと待って」
 理都は湯からあがると、体が冷えないようにタオルで体を覆った。それから脱衣場に置いていたデジカメを取りにもどり、霞波に渡す。さすがに理都や霞波が映るわけにいかないから、写真は誰もいない露天風呂だけが映される事になる。
「いきますよー‥‥」
 霞波は、デジカメのシャッターを切った。‥‥しかし、何か変だ。フラッシュが出ない。霞波は確認の為にデジカメの映像を再生したが、そこには何も残されていなかった。何も撮影されて居ない。
「あれ‥‥取れてない?」
「ちょっと貸して」
 今度は理都がかわりに、シャッターを切る。しかし今度も何も映っていなかった。ぶるっ、と背筋をふるわせる霞波。眉をしかめ、周囲を見回す。
「‥‥な‥‥何か居るの?」
「何ってなにが居るんですか?」
 さすがの理都も、引きつった表情をしている。まさか、デジカメが壊れているのか? そうだ、そうに違いない。霞波は無理矢理、自分の中の予感を押し出そうとした。
 しいん、とした風呂場に冷たい風が吹き抜ける。
 二人は顔を見合わせると、脱衣場に飛び込み、急いで着替えて部屋に駆け戻った。

「‥‥あの話の続きなんだけどね‥‥この温泉を見つけた人はそのあと、近くに住む女の人と出会って、怪我の介抱をしてもらったんだって。それが縁で、結婚して宿を開いたそうよ」
「そうだったんですか‥‥それじゃあ、恋愛にも効果があるっていう事なんですね。そう取材レポートに付け加えなきゃ」
 理都は微笑を浮かべ、デジカメを手に取った。
 部屋に戻って確認すると、写真はちゃんと取れていた。そして何故か、二人が脱衣場に置いていた浴衣には、季節はずれの桜の花びらが‥‥。
 霞波は、自分の腕に顔を近づけ、首をかしげる。
「‥‥どうして桜の匂いがするんでしょう‥‥不思議」
「季節はずれですよね。‥‥ふふ」
 突然笑った理都を、霞波がきょとんとした顔で見つめる。
「もしかすると、恋するひとに効果があるのかもしれませんよ」
「なるほど、恋する露天風呂って訳ですね」
 言い伝えによれば、この温泉を見つけた男性は山から下りる際に桜の匂いに導かれ、女性の家にたどり着いたという。桜が導く恋の縁‥‥。
「ロマンチックよね、こういうのって。‥‥あ‥‥」
 霞波は、呼び出し音を鳴らしつづける携帯電話に、視線を向ける。立て続けに理都の携帯も鳴った。
 不思議な出来事。理都の思い人も霞波の彼氏も‥‥。
「急に休暇が取れたから、こっちに来るって」
「‥‥私もです。‥‥こんな事って、あるの‥‥?」
 呆然と、二人は桜の花びらを見下ろしたのだった。


■コメント■
 こんにちわ、立川司郎です。お待たせしました、ツインノベルをお届けします。不思議な出来事って何にしようか、散々悩みましたが、彼氏の話をする彼女達に丁度いイベントといえば、やっぱり恋に効果のあるイベントじゃないかと思って、こういう結果としました。

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月18日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.