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『謎の怪生物出現! 中禅寺湖に『オイラッシー』を追え! 』
蒼月・支倉1653)&如月・佑(1384)

   1、怪生物
   
「怪生物と言うのはですね。怪しい生き物と書きます!」
 朝一番。
 月刊アトラスビル前に、三人は集まった。
 メンツは蒼月支倉、如月佑、それに三下忠雄である。
 一行は、栃木県日光市にある中善寺湖に現れた、謎の怪生物取材を、アトラスの女帝より仰せつかったのだ。
 怪生物って何だ。
 怪生物って、怪しい生き物と書くらしい。
 確かに。
 いやいやいや。
『豆腐とは、どんな物か?』と言う問いに、『豆が腐ったと書きます』と答える者がどこにいる。
 ここにいる。
 三下忠雄。
 あー……、もう良いか。
 そんな感じで、二人は車に乗り込んだ。
 月刊アトラスの取材用バンである。
 何故か、ボンネットに赤い手形が無数についているが、アトラスのバンなので有りだと、二人は思った。
「支倉、ナビ頼む」
「了解!」
「それじゃ、私は後ろに乗りますね!」
 言って各々が座席に収まる。
 白いボディに、赤い手形が冴えている。
 屋根に見えない輩が、一人二人くっついているのも、チャームポイントとして素晴らしい。
 見えない輩なので、どうせ見えない!
 いざ、出発である!
 良いのか。
 良いのだ。
 佑はキーを回した!
 スカッ。
 佑はキーを回した!
 スカッ。
 スカッ。
 スカッ。
 スカスカスカスカーーッ!
 キーは何の抵抗も無く、オンとオフを行ったり来たりする。
 呪いかもしれない!
 赤い手形の人や、ボンネットの人の!
 とにかく。
「エンジンが掛からない……」
 佑は呟いた。
「ええ? 三下さん、代わりの車は?」
「ひいいぃぃ!」
 三下は悲鳴を上げた。
「だから、この車は嫌だと言ったんですよう! 十時までに現場に到着しなきゃならないんです! 目撃者が今日、岩手に戻っちゃうってええ!」
「な……」
 なんですと?!
 二人はなんですとフェイスを見合わせた。
 顔のそこかしこが、なんですとだった。
 今にも、なんですとが飛び出しそうだ。
 なんですとって、なんだ。
 さておき、車内の備え付けデジタル時計は、午前七時をさしている。
 ここから日光清滝インターまで、一五〇キロ。高速を下りて中禅寺湖まで一五キロはある。都心からのアクセスだ。三時間はくだらない道のりだろう。
 ぐずぐずしていては、間に合わない!
 ノロノロも、モタモタも、デロンデロンも駄目だ! 
「どうするんだ、コイツ!」
「電車にしようか!」
「ひいいぃぃぃ!」
 沈黙の車体に向かって、三人は、あの手この手を試みた。
 佑はエンジンルームを開け、バッテリーを確かめた。
 支倉はボンネットの上の、アレやソレを睨み付けた。
 三下は後部座席の足下で、丸くなった。
 佑は、バッテリー上がりを発見した!
 支倉は屋根の上のアレやソレを、追い払う事に成功した!
 三下は、もっと丸くなった!
 誰が駄目なのか。
 それは問わぬ事にして。
 佑と支倉は、通りすがりの車にバッテリーを繋いでもらい、何とかエンジン始動までこぎ着けた。
 時刻は、八時半まで進んでいた。
 あと、一時間半しかない!
「急ぐぞ、支倉」
「おう! 間に合うと良いな」
 二人はシートに飛び込んだ。
 と、二本の手が佑を襲う。
 肩を鷲掴み、激しく揺さぶってくるのだ!
 見えない者の嫌がらせか!
「あうあう。間に合いますかあ? これでインタビューに間に合わなかったら、きっと編集長は私をクビにしますううう。どうしよう、どうしたら、どうすればあああ!」
 三下であった。
 三下に泣きつかれて、佑は顔をしかめた。
 ガクガクガクガクと、激しく揺さぶられる。
 三下は泣いている。
 ボロボロと涙を流して!
 その姿は非常に鬱陶しい。
 それが、三下なのだから。
 佑は舌打ちした。
 キュルキュルキュルキュル!
 タイヤが派手なスキール音をたてて、急発進する。滑りそうになる後輪を、佑は物の見事に立て直した。
 パン、パン、パン!
 と、立て続けにギアを変える。
 車は一直線に、高速の入口目指して走り出した。
 佑はキレていた。
 目の色が変わっていた。
 交差点での右左折に、減速もない。
 加速、減速、横。
 全ての重力に、ナビと後部の二人は、激しく揺れる。
「行けぇ! 佑ぅ!」
 支倉は可愛い義妹の作った、シュークリームを頬張りながら、大喝采。
「はわわわああああ! あうあうあうああ! 殺されるううう!」
 三下は涙を流しながら、後部座席の足下(まだ、そこにいた)で大賑わい。
「ッチ!」
 突然、車線変更をかけてきた車に、佑は大きくハンドルを切った。
 支倉はシートにへばりついたが、三下は思い切りぶっ飛んで、窓ガラスと密接な関係になった。
 鼻を潰し、眼鏡を押しつけ、唇は二つのタラコとなって、バビロンと窓にくっついている。
 外から見ると大笑いであった。
 午前八時四十分。
 無事、日光へと辿り着く事が出来るのであろうか。
 それは、後部座席にいる見えない人だけが知っていた。
 バンパーにぶら下がり、引きずられている人も知っているかもしれない。
「ひいいぃぃぃ! 何かいるような気がしますうううう!」

   2、時速二百六十キロの恐怖

「美味かったぁ!」
 支倉は、最後のシュークリームを平らげ、ウーロン茶に口をつけた。
 遠景には山影。
 天気は良く、ドライブにはもってこいである。
 車はグングンと、東北道を北に突き進んでいた。
「邪魔だ!」
 佑は正面の車を避け、左車線に躍り出た。助走を取らない、ほぼ平行移動に等しい動き方である。バンの鼻先が、相手の後部バンパーを掠めるようにして擦り抜けた。
「あひいいい、うひょおおお!!」
 三下は、絶叫コンテストを一人で開催していた。
 実に賑やかである。
「大丈夫だよ。たかが二百六十キロくらい」
 支倉は言ってから、首を傾げた。
 普通、車についているメーターの表示は、『180』が限界である。
 だが、今、佑と支倉が見ているメーターは、何故か『280』までの表示があった。そして、時速180キロを超えると作動する、リミッターと呼ばれる制御装置も働かない。
 誰かが、取材用バンを改造しちゃったんだ! みたいな。
「すごいな、周りが止まってるみたいだ」
 時速二六〇キロと言えば、新幹線と同じ速度である。
 佑はスピードの鬼と化していた。
 日頃、口数の多くない男だが、ますます少なくなっている。
 そして、時々。
「どけ!」
「失せろ!」
 などと、小さく呟いたりする。
 三下は怯えた。
「ああああぁぁ、いいいいぃぃぃ、うああひょうおうおう」
 絶叫大会のエントリーナンバーは、増え続ける。その声は、後ろになりつつ埼玉の空に、吸い込まれていった。

   3、怪生物とは
   
「なんとか間に合いそうだな」
 佑は料金所で釣り銭を受け取りながら、時計を見た。
 九時二十分。あとは120号を道なりに走り、明智平、華厳の滝と過ぎれば中禅寺湖である。
「やればできるもんだね!」
 ナビシートで、ニッコリと支倉は笑う。
 後部座席でゲッソリと、三下は横たわる。
 そんな三下に、佑は訊ねた。
「それで、怪生物って言うのは、一体どんなものなんだ?」
 怪生物について説明しようと、三下は起き上がった。
 絶叫コンテストが終了して腹が減っただろうと、支倉は手にしていたコンビニの袋を広げた。
「三下さん、おにぎりどうですか?」
「良いんですか!? 頂きます!」
 一口、二口、三口。
 三下は握り飯を口いっぱいに詰め込んだ後、何かを突然思い出したように叫んだ!
「出たんです!」
 ボハァ!
 出た!
 米粒も出た!
「……出たね」
「……あぁ」
 支倉と佑は悩ましげな顔で、斜め下方を見つめた。飛んできた米粒が、カーステレオにくっついている。
 俺の。
 俺達の後頭部は、無事だろうか。
 二人は一斉に思った。
 三下は米粒を飛ばしながら語る。
 それによれば、米は宮城のササニシキを使用しており、ふっくらと炊きあげた中に、天然塩を混ぜて旨味を十分に引き出し、紀州の大梅を一つ埋め込んであると言う。
「美味しいです」
「それ、おにぎりの話じゃ……」
 支倉のツッコミに、三下は黙り込んだ。
 支倉も黙り込んだ。
 佑も黙り込んだ。
 佑はハンドルを握りしめる。
 怪生物は──
「……どこへ行ったんだ」
「ああ、そっちですか」
 三下は遠い目をした。
 目撃者Sさんの話によると、それは『ボチャン!』と言う音と共に、突然夜の湖上に水しぶきをあげて舞ったと言う。
 そして月光に身を躍らせながら、しばらく湖面に浮かんだ後、水に没したのだそうだ。
 暗がりでハッキリしないのだが、その形は島田結いの頭部に見えたらしい。
 生首か。
 はたまた、そんな形の怪生物か。
 地元の人は、恐れると同時に沸き立った。
 何故なら、湖に出る怪生物と言えば、観光地としては呼び物になるのだ。
 ネス湖では、ネッシー。
 屈斜路湖では、クッシー。
 そして、ここ中禅寺湖ならチュ。
「『オイラッシー』です!」
 オイラッシー。
 中禅寺湖では、オイラッシー。
 チュッシーでも、チュゼンシーでも無いオイラッシー。
 もしかすると、中禅寺湖の前には、見えない文字が付くのかも知れない。バンに見えない人がつくように。
 オイラッシーからするに、それはきっと『オイラ』。
『おいら、中禅寺湖』……?
 いやいやいやいや。
「どうして、オイラッシーなんだ?」
 佑は何となくオーディオに目をやった。
 やらなければ良かった。
 飯粒が付いていた。
 疲労感激増。
 もう、おいら中禅寺湖のまま、放置してみようか。
 そんな面持ちの耳に、三下は言った。
「それはですね? 島田髪イコール、花魁ヘッドと言うことで、目撃者の方が『オイラッシー』と名付けたんです! ナイスネーミングセンス!」
 か、どうか。
 でも、氷解だ!
 なるほど、オイラッシー!
「でも、名付けの定義から、少しずれてるような気がする」
 支倉の呟きに、佑は頷いた。
 それ以上、突っ込むな。
 そんな表情で。
 そして、車は明智平を通過し、華厳の滝を掠めて中禅寺湖へと辿り着いた。
 目撃者は湖の畔にある、『ホテルニュー中善寺旧館』のロビーで、一行を待っていてくれた。だが、そこでは何も得られなかった。
 釣りをしていたと言う男は、水音に振り返り、オイラッシーが舞うのを見た。それがボシャンと落ちて、しばらく水の上をたゆたい、やがて消えたのだと言う。
 つまり事前情報と同じであった。
「目撃した場所はどこなんですか?」
 支倉の問いに、男は『千手ガ浜』だと教えてくれた。
「ただし、一般車両は入れないから、バスで行くようになるよ。竜頭の滝を越えた先に、バス停があるからね」
「じゃあ、行ってみよう」
 支倉達は男に礼を言い、車に乗り込んだ。
 湖を左手に眺め、滝を過ぎる。その少し先に、バスの発着場があった。
「低公害ハイブリッドバス。そうか、一般車両を規制してるのは、自然保護のせいか」
「そうみたいだな。次のバスは十時五十分。あと、十分ちょっとだな」
「なら、ここで並んでましょう。天気も良いし、風も気持ちが良いですねえ」
 三下は一人、清々しかった。
 インタビューは無事終了。あとは謎の『オイラッシー』が出たと言う現場へ行き、リポートすれば終わりである。
 果たして、オイラッシーとは何なのであろうか!
 三人は白とブルーに、緑のラインが入ったバスに乗り込み、一路、『千手ガ浜』へ向かった。
 揺れる事、三十分。
 とうとう一行は、問題の怪生物目撃ポイントへやってきた。
 そこは全長二キロに渡る、穏やかな砂浜であった。
 ナラにニレが群生しており、遠くには男体山がクッキリと浮かび上がっている。
 足下には、素晴らしいカツラも転がっていた。
 死にカツラ。
 打ち上げられカツラ。
 カツラ、砂浜に死す!
 そんな感じのカツラっぷりだ!
「……」
 沈黙。
 三人の脳裏に、同じ考えが過ぎった。
「なぁ、これ。まさか……」
 支倉は、カツラを足で突いてみた。
 べっしゃりと潰れながらも、原型を匂わせているそれは、紛れもない『島田結い』なのである。
 オイラッシーの正体!
 それは、まさしく花魁ヘッド!
 ヅラだったのだ!
「オイラッシーの正体見たり島田カツラ! こ、こここ、これはスクープですよ!」
 三下は小躍りして喜んだが、二人は涼しげな眼差しをしていた。
「どうでも良いけど、何でこんなのがここに転がってるんだろう」
「怨念か。呪いかもしれないな……」
 そして、水にでも溺れたのだろうか。
 オイラッシーは、ピクリとも動かなかった。
 っていうか、霊が溺れてどうするのか。
 ともあれ、支倉と佑の乾いた笑いに、三下は最後まで気がつかなかった。

   4,真相

 ある日の栃木県地元紙より。
『「──サルが店に入ってきたと思ったら、カツラを奪って逃げたのよ。もう古いものだし、最近は全然使ってなかったから良いんだけどねぇ……。でも、あんな食べられない物盗って、どうするのかね。どっかで捨てられちゃうと、カツラも可哀相だねえ」日光で美容院をして長いが、こんな事は初めてだと斉藤さんは笑った』



   おしまい。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
紺野ふずき クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月18日

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