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『解けぬ魔法<永遠の華> 』
露樹・故0604)&大矢野・さやか(0846)

 今目の前にある一瞬は、長い時を越えてきた中で、尤も鮮やかで美しいものだ。

 遠野にあるホテルでの朝食を終えてホテルを出ると、大矢野・さやか(おおやの さやか)は大きく伸びをした。ふわりとした茶色の髪が、風にやさしく乗る。
「ああ、美味しかった……!」
 その様子を、同じく黒髪を風に乗せながら微笑む露樹・故(つゆき ゆえ)が見ていた。今目の前にある一瞬を、決して見逃さぬように。
「有難うございます、故さん」
「いえいえ。まだまだこれからですよ」
「え?」
 故の言葉に、さやかはきょとんとして故を見つめた。青の澄んだ目が、故の緑の目を直視する。
(ああ……)
 故はきょとんとしながらも、これから何が起こるのかとどきどきしているさやかを見て、微笑を更に増した。
(何故、こんなにも愛しいのか)
 さやかが目の前にいて、自分を見ていると思うだけで、ひと時ひと時が全て愛しく感じてしまう。
「まだ、さやかさんの誕生日は始まったばかりですから」
 故はそう言ってにっこりと笑い、さやかの手をそっと握った。さやかは頬を軽く紅潮させながら、手を握り返す。そうしてゆっくりと、歩き始める。ホテルの周りには雑木林があり、さわさわと涼しい風が二人に吹き付ける。心地よい風に誘われるかのように、二人は雑木林に足を踏み入れた。
「……静かですね」
 二人が歩く音、風に木々が揺れる音……そう言った自然に音しか聞こえぬ中、さやかは囁くような声で言った。そういった自然の音を壊さぬように。
「まるで、世界で私達二人きりみたいな……」
(それでもいいかもしれない)
 ほぼ反射的に故は思う。さやかに向かって微笑みながら。
「さやかさんは、嫌ですか?」
 さやかは一瞬目を見開いてから、頬を紅潮させて首を横に振った。故は軽くほっとする。
「私が大切に思う人達がいなくなたら、とても悲しく思います。でも、ここが隔離された空間で、その中に故さんがいてくれるなら……それでもいいかもしれないです」
 さやかの言葉に、故は共感する。大切な人達を失う事は、とても悲しい事。だが、さやかがいるならば。一緒にいてくれるならば。故はぎゅっと繋いでいたさやかの手を強く握り締めた。二度と離したくないとでも言わんばかりに。
「故さん?」
 突如強く手を握られた事に、さやかが不思議そうな顔をする。
「……さやかさん、俺はさやかさんの傍にいられる事が……こんなにも、嬉しい」
 さやかの頬が紅潮する。故はにっこりと笑う。
「ああ、さやかさん。残念ながら俺達二人だけではなくなりましたよ」
「え?」
「ほら……」
 故は繋いでない方の手で、雑木林の一角を指差す。すると、木の向こうから白い鳩達が何の前触れも無く現れ、こちらへと向かってきた。
「……凄い……!」
 さやかは目を輝かせ、その様子を食い入るように見る。故はそんなさやかの様子を見てまた微笑む。鳩達がさやかの周りを飛び、円を描く。故が手を上に挙げ、そっと振り下ろすと、それらは一瞬にして白い花弁に変化する。ふわりとさやかの周りを取り囲み、そうしてふわりと風に乗るように消えていってしまう。
「……素敵……!故さん、凄いです!」
 さやかは目を輝かせ、故の手を両の手で握り締めた。思った以上に喜んで貰えた事と、両手で握り締められた事に、一瞬きょとんとする。それからにっこりと微笑み、すっと手を伸ばしてさやかの髪についていた白い花弁の一枚をとる。
「喜んで頂けて、光栄です」
 故はそう言って花弁を、ふっと吹く。花弁はそのまま風に乗り、再び鳩に変化して何処かへと飛んで行くのだった。

 別荘に戻り、紅茶を入れて二人でソファに座る。
「……夢みたい」
 ぼそり、とさやかは呟いた。
「もしもこれが夢なら、醒めたくないです……」
 湯気の上がる紅茶も、今座っているソファも、全てが現実の事なのに、さやかはそう言って故を見る。
「夢じゃないですよ。……現に、俺はここにいるじゃないですか」
 故はそっとさやかの手を取る。さやかは微笑み、それから少しだけ顔を曇らせる。
「故さん。何となく、不安に思うんです。これは夢なんじゃないかって。いつか、醒めてしまうんじゃないかって……」
「夢な訳がありませんよ。……俺はここにいて、さやかさんが隣にいる。夢ではなく、現実の世界で」
「そうですよね。……でも、幸せすぎて……」
 幸せは硝子の如く、いつしか音をたてて壊れるのかもしれぬ。
(そんな事は無い。壊さない)
 それが例え故の我侭だとしても、決して壊す事は有り得ない。夢である事も許さない。これが現実なのだと、しっかりと確定させておくのだから。
「もしも運命というものがあるのなら……これが運命というのなら……私は運命に感謝しないといけませんね」
「運命?」
 少し翳った故とは反対に、さやかは微笑む。
「故さんといられる、この運命は凄く幸せだから……」
 故は急に真面目な顔になり、さやかの手をぎゅっと握る。
「さやかさん。俺が運命なんていう誰かが決めたようなものを理由にしなければ貴女に恋をしたなんて思わないで欲しいんです」
 さやかは握られた手を見て、それから故を見つめる。故はさやかを見つめたまま、言葉を続ける。
「偶然に会って惹かれ合い今のこの関係があるんです。誰かに定められたのではなく、本当に偶然に」
「偶然……」
「ええ、何万分の一……何億分の一という確率で、俺たちは偶然に出会い、惹かれあったんです。この事がどれほど運命なんかより凄いか考えてみてください」
「故さん……」
「運命だなんて、そんなものは実際無いのかもしれませんよ。……今こうして俺達がこの場所に一緒にいる、それは絶対に運命ではないのですから」
「……じゃあ、私達が今この場所にいるのも偶然なんでしょうか?」
 さやかの言葉に、故は少し考え、それから微笑む。
「これは、俺が用意した必然ですね」
「必然……」
「俺がさやかさんといたいから、この場所にいなくてはいけない……だから、必然ですよ」
 故はそう言うと、にっこりと微笑む。さやかも頬を紅潮させて微笑んだ。運命以上に編み出された奇跡的な『偶然』を、噛み締めながら。故はさやかの手を離し、何かをポケットから取り出してさやかの手に何かを握らせた。さやかは首を傾げながらもそれを見る。それは、プラチナ台のサファイアリングだった。
「故さん……」
 サファイアは、故の誕生石だ。さやかが何も言えずにただ呆然と指輪と故を見つめていると、故は軽く頬を紅潮させて微笑む。
「そんなものでさやかさんを縛るつもりなんて無いのですが……綺麗だったので」
 さやかはそっと指輪を手に取り、左手の薬指に嵌める。至極自然に。故はその様子に安心しながら、それから微笑む。自然に嵌めてくれた左手の薬指。縛りたくないと思いながらも、心のどこかで縛りたいと思っているのかもしれない。
(この矛盾……)
 故は苦笑する。矛盾は仕方の無い事だ。全てが綺麗に成立する感情など、この世の何処にあるだろうか。ただ『愛しい』という感情だけが確かに存在し、それに派生した諸々の感情達が渦巻いていく。綺麗に、尚且つ薄汚く。
(それでも、傍にいたいだなんて)
「本当に……綺麗ですね」
 薬指のリングを見て、さやかは微笑む。感無量、といったように言葉は少ない。さやかの中に生まれている感情。それらを故は知る術はないけれども、こうして見る事ならば出来る。彼女の一挙一動を、瞬間に生まれているであろう感情の欠片を。ただ、こうして傍にいて、目に焼き付けていく事ならば可能なのだ。
 故はリングを微笑みながら見つめているさやかにそっと近付き、おでこにキスをする。優しく、愛しい感情を込めるかのように。
「……故、さん?」
 そっと唇を離すと、さやかはキスされた場所をそっと手で包み込み、頬を紅潮させたままじっと故を見つめて微笑んだ。大切な場所が生まれたかのように、大事に包み込みながら。故も頬を紅潮させ、ただ微笑みながらさやかを見つめた。ただただ愛しく、永遠に傍にいたい存在を、自分の中に押し留めて置くかのように。
「誕生日、おめでとうございます。さやかさん」
 もう一度改めて、故はさやかに言う。
「有難うございます、故さん」
 そっと薬指のリングに触れながら、さやかは微笑みながら故に言う。
 この一瞬を、ただの一時も手放す事の無いように、また消え去る事の無いように抱き締めながら。

<解けぬ魔法はまるで華のように咲き乱れ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月11日

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