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『■あなたの夢を、わたしとともに■ 』
アデルハイド・イレ―シュ0063)&オルキーデア・ソーナ(0038)
 そこに漂う、異様な臭気。
 一人は嘔吐を繰り返し、絶命した。
 一人は私の目の前で、ビクビクと痙攣しながら命を終えようとしている。
 そして、駆け寄る黒い影。彼らに、この兵器が効かない事は分かっていた。何故ならば、彼らは機械の体だから。
 鋼鉄の騎士は、この毒の風を越えて私達の所に駆け抜け、仲間達に剣を突きつけた。私はそれを、呆然と見つめている。
 怖いのは、彼らではない。
 怖いのは、繰り返される死では無い。
 このおぞましい兵器、それらを人が生み出した事。それらを使ってまでも突き進もうとする、悲しいまでの思い。アデルハイド・イレーシュは、両手で耳を覆い、目を閉じた。全てを拒否するように、首を横に振る。
(もう止めて下さい‥‥! もう‥‥こんな事‥‥)
 イレーシュが叫ぶ。
 そこに再び、後方からその兵器は打ち込まれ、イレーシュの体を包み込んだ。イレーシュはその爆風に吹き飛ばされる事は、無い。ゆっくりと目を開けると、そこには屍が一面を埋め尽くしていた。後方から足音がざくざくと響き、イレーシュの横を通りすぎていく。彼らはその屍を乗り越え、前に前にと歩いていく。
(私‥‥私は‥‥)
 イレーシュは絶叫を体の奥底から振り絞った。

 気が付くと、イレーシュの体は戦場から離れていた。ぼんやりとイレーシュは、自分の現状を振り返る。何だろう‥‥イレーシュは自分の体を見つめる。
 先ほどのものが夢なのか、今が夢なのか、イレーシュはぼんやりとした頭で考えていた。ここ数日、イレーシュの意識は戦場にある。それが夢であれ現実であれ、イレーシュの一日の殆どが戦場の中にあり、その悪夢の光景は繰り返され続けていた。
 体がゆらゆらと揺れている。どうやら、ここは車の中らしい。
 そうだ、ここはオルキーデア・ソーナの車の中なのだ。オルキーは運転席でハンドルを握っている。イレーシュは、よろりと体をベッドから起こし、立ち上がった。壁に手をつき、体を支えながら前に向かうと、気配を察してオルキーがちらり、とこちらを向いた。
「どうしたの、イレーシュ」
 オルキーがイレーシュに、笑みを向ける。イレーシュは、助手席に体を埋めると、前を見た。土煙の舞い上がる山道を、オルキーの車は走っている。もうじき、ツールス、そしてアンドラだ。オルキーは当初、そこを避けて通るつもりだった。しかしUME車両の移動にマルセイユやアンドラを経由する事を、途中の街で指示された為、そこを通過する必要がある。出来るだけ思い出さないように、南側のルートを通り、アンドラは迂回しようとしていた。
(イレーシュ‥‥あのBC兵器が使われたアンドラを通るのは、あなたには辛すぎる‥‥)
 オルキーは、ぼんやりと前を見つめるイレーシュを、悲しそうに見つめた。

 何とかアンドラを越えてバルセロナを目前にし、オルキーはひとまず安堵の息を漏らして車を止めた。すでに時刻は0時を回り、あたりは暗闇に包まれている。
 ここまで来ればBC兵器による土壌の汚染も無く、井戸水も使える。オルキーは川の側で車を止め、川から水をくみ上げていた。清潔なタオルを、オルキーはイレーシュに手渡す。
「イレーシュ、シャワーを浴びておいでよ。久しぶりに水がたっぷり使えるから、心配しなくていいよ」
「‥‥ええ。ありがとう」
 イレーシュは、オルキーからタオルを受け取ると、シャワールームに入っていった。終戦後も、彼女の意識は現実と悪夢の境界を漂い続けている。オルキーは、彼女のそんな様子がとても不安だった。彼女は元々、このヨーロッパでカルネアデスの庇護のもと生活してきたエスパーだ。銃弾を無数に打ち込まれて死ぬ光景も、MSで踏みにじられる光景も、むろん毒ガスで死んでいく兵士も見た事がない。思いやり深い、心優しいイレーシュが、そんな光景を見るたびに辛そうにしていたのには、気づいていた。しかし、自分たちUME兵は、祖国に居る女子供や、体の弱った友人達を助ける為、前に進み、祖国にはびこった死の風を止めるという使命があった。
 大切な人の命を助ける為‥‥死んでいった仲間の無念の思いを晴らす為、自分たちは立ち止まる事など出来ない。だから、何を使ってでも前に進む。そういう気持ちが、オルキーにも痛い程わかる。
 だが、その光景はイレーシュには、余りにも惨すぎた。
 オルキーは、シャワールームの方に視線を向ける。先ほどから、イレーシュの動きが止まった気がしていたからだ。水を遮り、弾く音が聞こえない。イレーシュが体を洗う音も、髪を洗う気配も感じられなかった。湯船に身を沈めて気を落ち着かせているならいいが、オルキーは水が床を叩く音以外の物音が止んでしまったシャワールームに、言いようのない不安を感じていた。
(イレーシュ‥‥まさか‥‥)
 オルキーは、不安を胸に、シャワールームのドアを開けた。
 シャワーから迸る湯が、オルキーの体を叩く。湯煙漂う湯船の中のイレーシュは、必死の形相で自分の手を睨み付けている。自分を、心の中の何かを睨み付けるように‥‥。
 オルキーは、イレーシュに飛びつくと、彼女の手首を握りしめ、片手に握られたカミソリを取り上げた。
「バカっ、何してるのよイレーシュ!!」
 ぐい、と力いっぱいイレーシュの手をひねりあげ、カミソリを奪うと廊下に投げ捨てた。そして、あかい血をじわじわとにじませる手首に、自分の手を重ねて傷口を押さえつける。そのまま、オルキーは強引にイレーシュを湯船から引きずり出した。
「‥‥離して、オルキー‥‥もういいのっ」
「何がいいのよ、イレーシュ!」
 オルキーは、開いた右手でイレーシュの頬を叩いた。イレーシュは、じっとオルキーを見つめる。オルキーの目には、シャワーの水ではない、心の中から染み出た雫が零れていた。
「‥‥イレーシュ‥‥こんな事、しないで‥‥」
 イレーシュは、視線を床に落とす。オルキーは黙って彼女を連れて出ると、彼女の傷の手当てをはじめた。傷口は思ったより浅く、太い血管を切り裂く程には至っていない。
 イレーシュは、苦しそうな表情でオルキーの手当を見ていた。この傷とて、彼女自身の力をもってすれば治るはずだ。しかしそれをしないのは、彼女がそれを望んで居ないからだ。オルキーは、手当を終えるとイレーシュと向かい合った。
「‥‥イレーシュ‥‥あなたは‥‥何の為にここに来たの?」
「‥‥」
 イレーシュは、答えない。オルキーは、彼女の肩をしっかりと掴んで揺さぶる。
「あなた‥‥うちらUMEの人を救いたい、って言っていたじゃないの。イレーシュは‥‥それをまだ果たしていないわ」
「救えませんでした‥‥私‥‥誰も‥‥」
 イレーシュは、ぎゅうっと自分の体を抱きしめ、爪を立てた。指が二の腕に食い込む。
「私‥‥BC兵器を使うのを、止められなかった‥‥みんな死んでいきました。苦しみながら‥‥」
「だから死ぬの? みんなと一緒に死ぬの?」
 オルキーは青く澄んだ瞳で、じっとイレーシュの目を見つめる。イレーシュの瞳は、悪夢の恐怖に震えていた。
「それじゃあ、死の風で死んでいった仲間はどう? 一緒に死ぬって言うの? それで満足かしら」
「オルキー‥‥」
 イレーシュの表情に、その時初めてとまどいが現れた。オルキーは言葉を続ける。
「みんな、何の為に死んでいったっていうの。一緒に死ぬ為じゃないわ。あなたを殺す為でもないわ。‥‥仲間を救う為じゃない。そうやって死体を増やす為に、BC兵器を使った訳じゃない。祖国を救う為‥‥命を救う為によ! みんな苦しんで‥‥こうして拳を握りしめながら、使ったのよ」
 オルキーは、白くなるほど握りしめた自分の拳を、イレーシュの前に差し出した。イレーシュは、その手をじいっと見つめ、自分の手を添えた。
「イレーシュ‥‥死なないで。まだあなたに救いを求めている人はたくさん居るわ。‥‥うちも‥‥イレーシュと一緒に居て、イレーシュに助けて欲しいわ」
「オルキー‥‥」
 ずっと責め続けていた。自分を。あの現実を受け入れる事が出来ず、あの現実の恐怖に震えていた。
 オルキーは、ふるふると震えるイレーシュの体をそっと抱きしめて、その濡れた髪を撫でつけた。今まで、泣き叫び心の傷の痛みを訴える事が出来なかった彼女の心を、オルキーはようやく抱きしめる事が出来た。
(イレーシュ、うちはずっと一緒に居るから)
 オルキーが呟くと、イレーシュはこくりと頷いた。
 きっと、今日はよく眠れる。月明かりの差し込む、小さなこの家の中で、二人で眠れば‥‥きっと、今日は戦場に出る事は無い。
 二人で‥‥いや、孤独に震える子供達と一緒に、みんなで笑って暮らす‥‥きっと、そんな夢を見る。

(担当:立川司郎)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年08月07日

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