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『Fortune is inconstant 』
沙倉・唯為0733)&十桐・朔羅(0579)


 The BMW Z3 roadsterが地を疾駆し、風を裂く。
 磨き上げられた赤はまるで生命を錯覚させる艶やかさで、人の目を魅きつけずにおかない存在感だけを残して視界を駆け抜けていく。
 その車上、物憂くハンドルを片手で操作しながら沙倉唯為は欠伸を噛み殺した。
「つまらんな」
黒髪をなぶる風にひとつ、頭を振る…暇を持てあましてたまには走るか、と遠出をしたのはいいが、目的地の峠は端々が工事中で、車体性能を何処まで引き出せるか度胸と運転技術が試される命懸けにスリリングなお遊び−人はそれを走り屋と言う−の予定が潰れてご機嫌斜めの唯為である。
 わざわざお気に入りを連れずに出掛けた意味がない。
 カーラジオから流れる最新曲は、今週一位、一週目にして何枚のCDが売れています、と曲そのものはどうでもいいような説明が冒頭に被り、唯為は苛立ちのまま、ラジオを切ってふと。
 車道と歩道を隔てる植木の向こう、見慣れた白…光を含んで銀にも見える髪、が人に紛れる様にシフトを切り替えた。
「運命のお導きかな?」
皮肉めいた言に口の端を上げる。
 幸いにしてか対向車線に車はなく、急な加速に乗り切らぬ車体を左右に振れさせて意図的に安定を欠かせ、一気にハンドルを回すと同時、ブレーキを蹴り込んだ。
 常ならぬ制動を強いられた深紅のオープンカーは、アスファルトとの擦過音も激しく180度の方向転換に道行く人の足を止めた。
「朔羅!乗れ!!」
強い調子で呼ばれた名に、知人の奇行に唖然としていた十桐朔羅は、表情を引き締めると植木の間から路上に出、扉の縁に手をかけた。
「どうした」
「込み入った話になる。説明は移動しながらだ」
もう一度、顎で助手席を示されるのに、乗り込むと同時、前面からかかるGにシートに背が押しつけられる。
 シフトを一気にハイまで持ち上げ、いつになく真剣な面差しの唯為に何の事件かと朔羅が問うより先、視線は前方に据えたままで口が開いた。
「和・洋・中」
切られた言葉の意味を脳が理解出来ずに、朔羅はもう一度言ってみろ、とバックミラー越しに交わす眼差しに訴えた。
「和食か洋食か中華か。韓国料理がいいなら石焼きビビンバの美味い店があるぞ。たまには毛色を変えてベトナム料理でもかまわんが」
話が呑み込めない…というよりも呑み込みたくない朔羅にちらりと視線をやり、唯為はそれは楽しげに破願した。
「言ったろう?込み入った話だと」


 ただ散歩に出ただけだというのに、騙し討ちの形で車に乗り込まされ、朔羅はすっかり色を損じている。
 朔羅自身はもう済ませた、というのに強引に付き合わされた昼食の後、お役御免かと思いきや、遊園地、映画館、ゲームセンターとあちこちを強引さに任せて連れ回され、すっかり諦めと疲れに支配された気分が向上する筈もない。
 しかもである。
 遊園地ではアトラクションはいつもの和装の朔羅が乗れる物、に限定し予約チケットがあればそれを逃さず、移動に要する時間と距離、そんな物まで計算してごく自然に誘導してみせる。
 映画館で上演されていたのはモノトーンの短編映画、一つの家族に焦点を宛てたそれは、旧き良き時代の生活を目新しく感じさせ、今時の物のありがちなささくれ立つような悪感情の無さに単調ながらも安心して観る事が出来た。
 そしてゲームセンターでは、クレーンゲームでこれでもかという程のぬいぐるみを獲得してみせ、ガンシューティングと格闘ゲームの高ポイントに周囲に子供の人だかりが出来る程。
 強引ながらもこちらの嗜好を主にして、多分最上級のエスコート、というヤツなのだろう…どう考えてもデートコースなそれ等を一緒に巡っているのが朔羅だという根本的な間違いがなければ。
 朔羅は、ひとつ息をつく。
 何故かカップル割引で入れてしまった遊園地のロゴの入った風船が、飛んでいかないよう根本を摘んで持ち、更に二つ抱えた紙袋にはぬいぐるみが一杯に詰まっている。
 戦利品こそ多いものの、いつもの口数の少なさに輪をかけて無口になってしまった朔羅は、常ならば凛と張る背を今はぐったりとシートに預けていた。
 すっかり日は落ち、頬にあたる風が湿り気に似た夜の大気を混ぜ始めるのに、唯為がBMWのヘッドライトをアップにする。
 緩やかなカーブの続く峠道、長い坂にも安定したエンジン音が、ざわめく木々の枝音に混じる。
「疲れたか?」
言わずもがなというか見て解れ、な心境に応えずにいる朔羅に唯為は小さく肩を竦める所作で、
「眠ってていいぞ」
などと、気遣う位なら早く家に帰せ、とすっかりやさぐれている朔羅である。
 だが、眠っていれば帰り着くまでこの理不尽な怒り…よりも先に立って、満足に自分を主張出来ない情けなさ、を感じ続ける事もないだろうと素直に目を閉じる。
 唯為が少し笑った気がしたが、きっぱりと無視して努力の必要な眠りに沈もうと…瞼の裏の闇に集中してしばし。
 ふと風が変わったのを感じると同時、BMWが停止した。
「朔羅起きろ。着いたぞ」
寝ろと言ったり起きろと言ったり忙しい男である。
 けれど、送り届けられる筈の朔羅の自宅までに要する時間では到底なく、今度は何処に連れ込まれるのかと諦めの境地で眼を開き…朔羅は声を呑んだ。
 眼下に拡がる、光の海。
 道路の脇、人が立ち寄る事は想定されていないのか、柵もガードレールもないその広場の向こう、彼等が身を置く世界が水の如くに街としての命を、息遣いを、光として湛えていた。
 それを一望する、まるで神のような視点。
 唯為はドアをひょいと飛び越えると、広場の端に向かって歩き出す…肩越しに振り向き、眼差しだけで呼ぶのに、朔羅はぬいぐるみを足下に、風船は処遇に悩んだ末、糸を伸ばして手に持って柔らかい感触の草に足を下ろした。


 唯為は広場の端、もう一歩踏み出せば崖下の位置でその風景を見下ろし、煙草の紫煙を肺に吸い込む。
 サクサクと、草を踏む音で朔羅が一歩後ろにつくのを知覚し、呟く。
「ここには誰も連れて来た事はない」
返るのはまず、溜息がひとつ。
「……馬鹿か」
振り返らずとも浮かべた表情の見当はつくが、それでも目を向ければ予想に違わず、佳容な造作に呆れが滲んでいる。
 自分が引き出すのに最も容易な表情だ。
「お前が、私に何を求めているのかが……わからん」
言葉数の少なさに、滅多と示す事のない朔羅自身の疑問に唯為はふ、と紫煙を空に散らした。
「別に何も」
唯為の答えに顰められた秀眉が、あれだけ連れ回しておいて、と言下の抗議を現している。
「最近遊んでやってなかったからな」
飽くまでも、唯為の主観に聞こえるように言い放つ。
 朔羅は、何事にも手を抜くという事をしない…そうする術を知らない。
 どんな者、どんな事に対しても誠実に、真剣に受け止める…時に痛々しい程に。
 せめて一時でも肩の力が抜ければ、とも思ったのだが、彼を従わせる本家の長である自分が望むのが過分だったようだ。

 街の灯のきらめきだけを見つめる沈黙…彼等が生きる街、護る街を一望にした胸の裡に去来している想いを、双方共に知りはすまい。
 片や、奔放なまでに己に正直な生き様にも拭えぬ弱さを依る、それが何であるのか。
 片や、譲れぬ多さに動けなくなって行く身を柵から解き放つ、それに焦がれるのと。
 互いに欠けた部分を補うそれが一致するのを…互いが、知っている事を。

 唯為は短くなった煙草を指で弾いた。
 炎を点したまま、繁茂する木々の間に消えるのを目で追い、軽く顎を上げる。
「悪くはなかったろう」
今日一日。
 問いのようで、断定的に自信に満ちた唯為の言に、朔羅は眉を顰めかけ…肩の力を抜いた。
「……そうだな、悪くなかった」
そう、掌を開いた。
 止められていた風船が二つ、糸を絡めるように一緒に天に昇るのにつられて、上げられた頤から喉に繋がる肌の白さがふと目を引いた。
 唯為の視線に朔羅は静かに微笑み、すぐ踵を返して車へと戻って行く。
 叶わぬかと思っていた願いを目の当たりに…けれど、自身の功ではなく、幸運の産物のような気がして、唯為は思わず苦笑した。
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東京怪談
2003年08月07日

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