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『果て 』
御崎・光夜1270

 御崎光夜にとって、それは世界の崩壊と同等の意味だった。
 しだいに暗転していく意識。
 その直前、耳をかすめた父親の言葉。

「このまま死なせるより、他はない」

 お と う さ ん
 お願いだから、俺を捨てないで――

 ◇

 御崎家は、平安時代から続く陰陽道の名門である。
 厳格な父母や側近たちの元、光夜たち三つ子の兄弟は、幼い頃からほとんど学校にも行かず、ひたすら修行だけに打ち込まされてきた。
 テレビアニメなど見たこともなく、学校へ行ってもクラスメイトの輪には入れない。 
 そんな悪循環が、光夜たち兄弟をさらに孤立させていく。
 それでもどうにか生きてこられたのは、兄弟3人で支え合ってきたからだ。

 その年の冬の、凍てつくような北風の吹きすさぶ、ある日のこと。
 光夜は単独で、父の側近である初老の男に連れられて、御崎家の敷地内にある滝にやってきていた。
 ――滝修行。
 精神力や霊力の向上、そして自らの心身の浄化などを目的として行われる修行である。
「なあ、おっちゃん。こうやって修行積んでたら俺、月兄ぃの役に立てるよなっ?」 
 光夜は、銀のものが一房だけ混じる髪を揺らして、無邪気に側近に尋ねた。
 大嫌いな修行も、兄のためと思えば耐えられる。
「俺は長男じゃないから御崎の家は継げないけどさ、やっぱ月兄ぃを助けて頑張りたいじゃん」
 光夜が笑うと、側近は渋い顔で頷いた。
「……?」
 怪訝に思いつつも、もともと喜怒哀楽の変化に乏しい人だから、とその時は納得したのだが。 
 後から思えば、それは符丁だったかもしれない。

 白装束に身を包み、冷たい滝に打たれながら、光夜は兄のことを思い浮かべた。
 そういえば以前に、こんな修行だけの日々が辛くて、逃げ出したことがあった。
 辿り着いた先は学校。夜の闇に閉ざされた校庭が寂しくて、思わず涙をこぼしたのを覚えている。
(御崎の家に生まれていなければ、今ごろは――)
 何度、そう思ったことだろう。 
 だが、その度に兄の励ましがあり、持ち直すことができた。
 このときも、側近を伴い探しに来てくれた兄の優しい言葉に、どんなに癒されたことだろう。
 また別のある時など――側近の式神と光夜の式神で模擬戦を行い、力不足から光夜が負傷したことがあった。
 怪我自体は大したものではなかったのだが、精神力を使い果たし、自室で眠っていると、兄が血相を変えて飛んできた。
「心配性だな、月兄ぃは……」
 そう言って苦笑した光夜だったが、本当はとても嬉しかった。
 兄が、自分を大切に思ってくれていることが、なによりも嬉しかった。
 だから、家のためではなくて、この兄のために頑張ろうと。
 そう、決心したのに。
 
 ――その時。
 ぐらり、と視界が揺れて、バランスを崩した光夜は滝壷の中に片手をついた。
(な、に――?)
 飛沫をあげながら、自らの服が濡れるのも構わずに側近が駆け寄ってくる。
(気持ち悪い)
 胃の中をかき回されるような不快感に、光夜は身体を折って堪え忍ぶ。
 側近に抱きかかえられると、彼の身体の温かさが伝わってきて、気持ちは幾分落ち着いた。
 けれど――自分の身体は、それでも驚くほど冷たかった。

 ◇
  
 気がつくと、光夜は暗闇を漂っていた。
 悪寒と、吐き気と、荒い呼吸。
(どうしたんだろう、俺……?)
 薄らぐ意識の中、父と、側近と、そして兄の声が聞こえてきた。
 兄は、暴れていた。
――このまま光夜を見捨てる気なら、俺のことも殺せよっ!
(見捨てる?)
 兄は一体何を言っているのだろう、と思った。
――光夜は、おまえの影武者になるために生きている。これが光夜の役目なのだ。
 父の言葉が、鼓膜を打つ。
(ああ、そうだったんだ……)
 その瞬間、全ての答えが雷鳴のように閃いた。
 御崎家の跡取りともなれば、命を狙われることもある。その時に兄の代わりに死ぬのが、自分の存在価値。
 そうでなければ本当は、いらない子供。
――光夜にかけられた呪詛、このくらい父上なら返せるだろ!?頼むよ……
 父に頼み事をしたことのない兄が、初めて頭を下げていた。
(俺は、月兄ぃのために死んでいくのかな……)
 遠のいていく意識の淵で、光夜は立ちつくす。
 人は、何のために生きて、何のために死んでいくのだろう――?
 
 ◇

 光夜が目を醒ますと、すでにあの滝の日から1週間が経過していた。
 光夜の横には、兄が固く手を繋いで眠っている。
(俺……死んでない……?)
 自分の頬に触れて確かめてみるが、そこには肉体がちゃんと存在していた。
 おそらくは、兄の必死の頼みをうけ入れて、父が呪詛返しを行ったのだろう。
 だから、命を取り留めた。 
 兄の手をほどいて、光夜は両の手を握りしめる。
 あのまま死んでしまった方が、よかったのかもしれない。
 今まで信じていた世界が、音を立てて崩壊した今となっては、もう……
 無邪気なあの頃には戻れない気がした。

 これからはただひとり、世界の果てを歩いていくのだろう。
 いつ崩れるかわからない、ギリギリの淵を。

 何も信じず、誰も信じられないままで――。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
多摩仙太 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月31日

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