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『Geschwisterliebe Geschwisterstreit 』
ウィン・ルクセンブルク1588)&ケーナズ・ルクセンブルク(1481)

 時は6ヶ月ほど遡らなければなるまい‥‥
 生と死の境に何があるのか? 我々は何のために生まれてきたのか? その疑問には幾多の答が出されつつも、決して解決はしない。
 等という高尚ぶった話とは何一つ関係なく、六本木のマンションの中では低俗な争いが続いていた。
「どうして、いつもいつも私の恋人を盗ってしまうんでの!?」
 ウィン・ルクセンブルクの声と一緒に、キッチンに置いてあった筈のナイフセットが12本まとめて全部飛んでくる。
 それは、驚く事もないままに黒い革張りのソファに身をゆだねて深夜番組のオペラを見ているケーナズ・ルクセンブルクに迫り‥‥そしてその手前で、不可視の壁にぶつかって止まった。
「‥‥このナイフセットは使いやすくて気に入ってるんだ。粗末に扱わないで欲しいな」
 言いながらケーナズは、空中に止まったナイフを手に取って集める。
 しかし、それが全て終わる前に、後続で飛んできたカッティングボードがナイフの群の中に突っ込み、その全てを巻き込んで下に落ちる。
 落ちたナイフが突き立つソファを見て、ケーナズは溜め息をつき、初めてウィンを見た。
「何だと言うんだ全く‥‥」
「覚えがないとは言わせませんわよ! クロジンデも、ドロテアも、しまいにはカールまで‥‥日本に来てからだってそう! 私の大事な里奈に手を出すなんて‥‥」
 ここぞとばかりにウィンは過去の失われた恋人達の名をぶちまける。ついでに、キッチンからは重厚なフライパンが投げられた。
 しかし、それもまたケーナズの眼前で止まる。
 それをなんと言う事もなく手に取るケーナズに、ウィンは声を高めて叫んだ。
「泥棒!」
 その言葉に、ケーナズは軽く肩をすくめ、そして応えた。
「要するに私の方が魅力的ということさ。もっと精進するんだな」
「! ‥‥‥‥」
 ウィンは言葉に詰まる。
 確かにケーナズの言う通り、確かな魅力で恋人をしっかり押さえておけば、盗られる事もなかっただろう。
 しかし、思い直す。
 強盗が、盗みに入って散々荒らし尽くした家の家人に「セキュリティが甘いからだ。もっと強化しろ」等と言ったところで、それが通用するだろうか?
 確かに、多少の過失は有るのかも知れない。しかし、結局は盗んだ奴が悪いのであり、少なくとも説教される謂われは無い筈だ。
「ふん、説教強盗が開き直りましたのね」
 気を取り直し、言葉をぶつけるウィン。
 だが、ケーナズはテレビの方に目を戻しながら言った。
「人を泥棒呼ばわりは出来ないだろう?」
「何ですって?」
「万年学生が‥‥お前が生きてるのに使っている金は誰から出てると思っている? 盗みとっているも同然じゃないか」
 さも当然のことのようにケーナズは続ける。
 ウィンは苦々しい表情を浮かべた。
 まあ‥‥確かに、道楽三昧の日々を送るウィンは、酷い言い方を選ぶならば穀潰しと言っても良い。金は、ウィンが趣味で稼ぐ意外には全て実家の方から出ている訳なのだから。
 もう少し、建設的な人生を送ってはどうかという忠告ならばわからないでもない。
 わからないでもないが‥‥
「恋人がどうとか言う前に、さっさと就職でもして社会に貢献しろ。人として一人前になってから、大きな口を叩け」
 言い捨てて、もはやウィンには目も向けようとしないケーナズ。
 ウィンは怒りに震え‥‥だが、それを無理矢理に抑えて言葉を紡ぐ。
「ふん‥‥大きな口を叩いているのはどちらかしら? いつか、その高慢な鼻をへし折って、吠え面をかかせてあげますわ」
「‥‥‥‥」
 ケーナズはウィンを空気のように無視し、テレビに見入っていた。
 ただ、ウィンの崩壊しかけの自尊心を込めた台詞を掻き消すように、オペラの哀切を込めた歌が流れる。
「‥‥もうわかりましたわ!」
 これが最後とばかりに投げつけたカッティングボードが、ケーナズを大きく外して、テレビのモニターに突き刺さった。
 響く爆発音も耳には届かず、ウィンは大股歩きで立て籠もっていたキッチンから出ると、自室へと向かう。
 そして、わき目もふらずに一番大きなトランクをベッドの下から引きずり出すと、その中に自分の荷物を詰め込み始めた。
「‥‥何のつもりだ?」
 後を追って歩いてきたケーナズが、何げにウィンの部屋を覗き込む。
 ウィンは、タンスの中身をトランクに移す作業を止める事無く言葉を返した。
「出ていきます。もう、こんな所で暮らしてはいられませんわ!」
「ほう‥‥」
 呟き、ケーナズはさっきまで居たリビングを振り返り見た。モニターからカッティングボードを生やしたテレビが、もうもうと黒煙を上げている。確かに、こんな所で暮らしたがる者は居ないだろう。
「まあ良い。落ち着く先が決まったら教えろ。荷物はまとめて送ってやる」
 ウィンを止める気配もなく、ケーナズは言う。
 ウィンは一瞬だけそんなケーナズに、非難と怒りの視線を向けたが、すぐに手元の作業に没頭しだした。
 ケーナズは、煙のこもるリビングに戻り、テレビのコンセントを抜いてから煙り抜きに窓を開け、自身もベランダに出る。
 冷たい夜気に包まれた中で、煌めく夜景を見ながらケーナズは苦笑した。その笑みの意味は、ケーナズにしかわからない‥‥

 その日の朝が来る前に、ウィンはケーナズのマンションを後にし‥‥数日後には、お台場の叔母のマンションに住まいを移した。
 そして、それからずっと二人は別れて暮らしている。
 二人が和解する様子は、半年の時間が流れた今もまだ見えていない。
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東京怪談
2003年07月31日

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