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『召しませ、花を。 』
秋月・霞波0696)&紫月・夾(0054)

フラワーショップ『ノワ・ルーナ』店内。
店内にある温室に人影がふたつ。
一人の青年は黙々と本を捲り、ノートを取りながら花の中で勉強をし、一人の女性はお茶を飲みながらその光景を眺めている。
穏やかな時間が、ただあった。
いつものように、いつもと同じ時間、同じ日課。
けれど、それでもいつもと違って楽しく思うのは。

―――大好きな人と一緒に過ごしているから。

鼓動が聞こえてしまいそうな程、近くに居て。
聞こえないかと、少し不安になったりして……視線が合えば「あ、私…今変な顔してなかった?」と考えたり。
一人で居るのとは、また違う時間。
何よりも――大事な時間。
ふと、時計を見る。

「……あ」
「どうした?」
温室にある時計を見ると、もう夕食の時間。
このまま日課だからと言って、目の前に居る人物を帰してしまうのは何だか勿体無くって秋月・霞波は、ある一つの提案をした。
にこやかに、綺麗に微笑みながら。
「どうした?」と聞いてきた人へ向かって「あのね、夕飯食べていかない?」と。

暫しの沈黙。

少しばかり考え込んでいた人物――紫月・夾は顔をあげると仄かに微笑み「いいな、では手料理をご馳走になるとしようか」
――そう、告げ霞波の頭をくしゃり、と撫でた。


***

「で、何を作ってくれるのかな?」
「ちょっと待ってて? ええっと…確か…あ、あれ?」
冷蔵庫を開ける。
が。
あると思っていた食材が、無い。
これでは、得意な料理を食べさせる事など無理で。
(……ど、どうしよう)
折角作るのだから、美味しく作れるものがいいと思ったのに。
『美味しい』と言ってもらえるもの、折角ふたりで一緒なのだから一層、そう思うのに。
「…何か、食材が足らないのか?」
ひょいと。
何時の間にか夾が、後ろに居て。
…あまりに返答がないから心配して来てくれたのかもしれない。
「…うん、足らないの……買い置きしてあると思ったんだけど……」
“ごめんね”――その言葉を紡ぐ前に「じゃあ」と夾が呟く。
「…俺と一緒に作るか? 何、此処にある材料で出来るものだからな、心配いらない」
「ホント? 夾ちゃん、大好き!」
思わず知らず抱きついてしまう自分に、はたと気付きながらもすぐに離れてしまうのも問題がありそうで、ちらと自分よりも背の高い夾の顔を見た。
苦笑交じり、けれど怒ってるとか戸惑っていると言うのではなくて。
「さて、では作ろうか。…一緒にな?」
「うん♪」

***

ふたりで、キッチンへと立つ。
霞波が着けたのはシンプルな、だが色合いが綺麗なサーモンピンクのエプロン。
そして夾が着けたのは黒のエプロン。
何故か可愛いと思ってしまったり、エプロンをつけている夾を微笑ましく思って笑いが漏れそうになったり……心の中で、聞こえないようにくすくす微笑む。
柔らかくて、ただ柔らかくて、隣に触れられる人の腕に触れて尋ねる。
「夾ちゃんって料理はどれくらい、作れるの?」
「……ほぼ全部、かな」
「……ぇ?」
聞き間違いでは無いだろうか。
何か凄い事を聞いたような気がする……霞波自身も料理は得意だけれど、それでもやはり作れる料理の系統と言うものが一つ場所のところへ行ってしまう。
なのに、下ごしらえをしている夾はきっちりしっかり全種類の料理を手がける事が出来るわけで。
「……夾ちゃんって凄い」
「…何をいきなり…覚えなくちゃいけなかったから、色々と覚えただけだ。」
「そっか…で、私は何をすればいい?」
「まずは…花を用意してくれるか? 食用花だ…この時期なら…カーネーションとディジーとナスタチウム…金蓮花かな」
「解った……エディブル・フラワーなら結構、鮮度いいのがディジーもカーネーションも入ってきたし、それ持ってくるね♪」
「ああ」
軽やかな足取りで霞波はそれらを持ってくると夾の指示通りに、塩水でさっと洗い、水気を切るとガクを取り除き、大きな花は花びらにして容器へと移していく。
綺麗なまでの花びらたち。
不意に視線。
「なあに?」
「いや、なんとなくな…で、サラダ用にも使うから…半分くらいは残しておいてだ…ナスタチウムだけ貰えるか?」
「まずはナスタチウムだけなのね?」
「そうだ、バジルペーストを作るときに使うんでな」
「了解っ。あとサラダにするって言ってたよね? 嫌いな野菜、ある?」
「ない、偏食は良くない…何でも食べれる」
「じゃあ、サラダに入れる野菜は何でもオッケーって事で♪」
とんとん。
サラダに選んだ野菜を軽く刻みふたつの容器へと盛り付けエディブルフラワーを散らしていく。
柔らかなナスタチウムはこの時期、夏ばてに効く効果もあるので少しだけ多めに。
他の花もバランスよく。
それにピスタチオを細かく砕き、輪切りにしたオリーブをまわりに飾って、ドレッシングをつくり…、
(あ、そう言えば果実酢も切らしてたから…赤ワインビネガーでドレッシング作ろうっと♪)
赤ワインビネガーにオリーブオイル、塩コショウ、レモン汁、これらをあわせて、ほんのり薄いピンクのドレッシングの出来上がり。
「出来たっ、夾ちゃんは?」
くるり、と振り向くと至近に顔があった。
にこにこ、というほどではないけれど微かな笑みを浮かべた表情で、一瞬だが霞波はそれに見惚れ「もっと夾ちゃん笑うと良いのに」と思う。
こちらに向けてくれる微かな笑みはそれだけ貴重で、嬉しくて。
だからこそ、もっと見たくて。
(そう言うの……我が儘なのかなぁ)
「俺も出来た…あとは盛り付けるだけ。……どうした? ぼんやりして」
「う、ううん、なんでもないの! じゃ、盛り付けは私がやるね♪ 綺麗に作れてるなあ……」
首をぶんぶんと振り、霞波は夾が作ったパスタを盛り付けていった。
フェットチーネとバジルペースト、それにナスタチウムを絡ませると色合いが何とも絶妙で、飾りのナスタチウムとバジルを上に乗せると、夾が最後の仕上げと言い松の実を散らしてゆく。
「よし、完成」
「…何だかあっという間で、ちょっとびっくり…あ、それなあに?」
夾が持っていたのはプレートらしきもので。
何時の間に作ったのだろう、と考えてしまう。
手際が良いって言えばそれまでだけど。
「残った食用花で作ったチーズカナッペのプレート。中々、こうして食べるのも美味いんだ」
「へぇ……」

ふたり、仲良く器を持って、テーブルにつく。
さて、お味の程は?

―――その前に。
チーズカナッペのプレートと、ワインで乾杯☆
キィンとグラスの高く綺麗な音が場に響く。

「何に?」
夾は問う。
一緒に夜を過ごせた事へのお祝いなのか、それとも他の事なのかと。
「夾ちゃんと一緒に料理を作ったお祝いに、よ。今まで一緒に料理を作ったこと、何て無かったもの」
「なるほど…味はどうだ?」
「美味しい♪ あんまりエディブルフラワーってサラダくらいでしか食べた事無かったけれど…パスタやカナッペとかでも合うのね」
「なら、良かった…」
再び、夾がこちらへ本当に微かな笑みを向け、霞波は思わず先ほど考えてた事を口にだす。
「もっと笑うと良いのに。…皆の前でも」
「……そう言うのは苦手だ。それに………」
「?」
「俺のそう言う顔を見せれるのは、霞波や動物達くらいで良いんだ」
ぽそりと呟く。
夾にしてみたら笑えるのは、本当に心から笑えるのは霞波たちだけだったから。
だから、それだけでいい。
心許せるのは限られた人だけでいい、という言葉が伝わってくるようで。

――霞波の中で何かが雪解け水のようにゆっくりと溶けた。

嬉しくて今にも席を立って抱きつきたくなるのを堪え、霞波は有難うと呟いた。
ごめんなさい、と言うのではなくただ「有難う」と。
花のような微笑と共に。


***

夜も更け、そろそろ帰宅しようかと言う時間。
無言のまま立ち上がろうとする夾を霞波は見送るべく同じように席を立つ。

「…戸締り、ちゃんとしておくようにな?」
「大丈夫、ちゃんと毎日やってるもの…今日は本当に色々と有難う」
「……いや、礼を言われるほどの事じゃない…だが」
「なあに?」
「ひとつだけ、礼を貰っても良いか?」
「勿論。どうすれば―――?」

そこからは言葉にならなかった。
柔らかな感触が唇に残る。

「じゃあ、お休み。また、な?」

何処か紅くなったような顔を見送りながら霞波は今、触れていた感触を忘れないように心に書き留めた。
見ると美しい花がある。
食べられる花もある。

けれど何時でも一番に触れていたいのは。

「大好きな人」と言う、この世で唯一の花。


―END―
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東京怪談
2003年07月30日

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