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『解けぬ魔法<幸せのかたち> 』
大矢野・さやか0846)&露樹・故(0604)

 苦しくなんて無いし、悲しくなんて無い。そんな事を考えなくても良くなったから。

 落ち着いた部屋の中にある、ふんわりとしたソファに大矢野・さやか(おおやの さやか)は座っていた。ふわりとした茶色の髪の奥にある青の目は、じっと隣に向けられていた。隣には、黒い髪の奥にある緑の目で優しくさやかを見つめる露樹・故(つゆき ゆえ)の姿があった。
「いつ来ても、落ち着いているんですね」
 さやかが小さく微笑みながら故に言う。
「そうですか?」
 故は優しく微笑みながら言う。すると、さやかはにっこりと笑いながら頷いた。故もつられて微笑む。何かある訳でもないが、それだけで幸せな気分がした。
(幸せ……だわ)
 さやかは確信する。自分が今いる状況が、愛しくて大切でたまらない。だが、其れと同時に何故か不安が小さくよぎる。分からない程度の、不安なのだが。
(気のせいよ)
 さやかはじっと故を見る。幸せだと、確信させる笑みを浮かべて故はそこにいる。それなのに、何故か不安が小さくよぎるのだ。
(気のせい。絶対に、気のせい)
 さやかは小さく笑った。そう、気のせいに違いなかった。こんなにも、自分は満たされているのだから。
「さやかさん、明日ですね」
「明日?」
 唐突に故に言われ、さやかは一瞬きょとんとする。故はそんなさやかを愛しそうに見つめ、手をそっと握る。自然な振る舞いに、さやかは軽く頬を赤らめる。
「明日は、さやかさんの誕生日じゃないですか」
(ああ……!)
 さやかはやっと気付く。さやかは誕生日と聞いても、いまいちピンと来ない。過去、両親が揃っていた頃はささやかながらも『お誕生日会』というものもあったような気がしたが、今はそんなものは有り得ない。バースデーケーキも、綺麗にリボンがかかったプレゼントの箱も、既に過去の物となってしまっていた。
(そう言えば、そうだわ。明日は私の誕生日……)
 故は優しく微笑んでいるままだ。
「さやかさんは、誕生日に何か欲しいものはありますか?」
 故はそう言ってさやかを見つめてから軽く目線を逸らした。実は、既にプレゼントは用意済みなのだ。それでも問わずにはいられなかった。自分が用意したものとは違うものを言われたら、それをまた追加すればいい。折角のさやかの誕生日なのだから、さやかの希望を一つでも多く叶えてあげたかった。
(故さん……!)
 さやかは幸福感で一杯になる。その言葉だけで充分に嬉しい。だからもう、充分なのだ。さやかはじっと故を見つめて微笑みながら、首を振る。
「さやかさん、明日はさやかさんの誕生日なんですから。何でも言って良いんですよ?」
 故は優しく諭すように問い掛けるが、さやかはそれでも首を振る。
(もう、その故さんの言葉だけで充分だわ。それに……)
 そっと、音も無くさやかに忍び寄る影があった。『気のせい』と考えて、胸の奥にしまいこんでいた影。
「さやかさん……何でも、言って下さい」
 さやかは首を振る。優しく問い掛けてくれる故に甘え、何か一つくらい我侭を言ってみようかと一瞬頭をよぎった。だが、すぐにそれは否定的になる。
(だって)
 さやかは、笑みを曇らせる。
(……だって、怖い)
 そう考えてから、さやかは自分の思いに驚いた。
(そうだわ)
 それは、いつも頭の端に引っ掛かっていた影。
(私、怖いんだわ)
 故は優しい。それに甘え、つい我侭を言ってしまいたくなる。その度、さやかは自らを戒めるのだ。『我侭を言って、嫌われたらどうするの?』と。さやかにとって今一番恐れているのは、故を失う事だ。目の前にいて、自分を愛してくれている存在がもしいなくなったら。さやかはそれを考えるたびに恐ろしくて仕方が無い。
「……さやかさん、何でも良いですから。俺は、さやかさんは何が欲しいのかを知りたいんです」
 さやかの恐怖をやんわりと包み込むような、故の声。さやかは迷う。さやかが今頑なに首を振る事が、もしかしたら故を困らせているのではないか。もしかしたら、我侭を言う以上に。
(一つだけ)
 そっと、さやかは自分に弁明するように考える。
(本当に、一つだけだから)
「……故さんと、一緒にいたいです」
 故は目を見開き、頬を紅潮させた。そしてさやかも頬を紅潮させ、不安そうに故を見ていた。さやかの言った一言で、故がさやかを嫌ってしまわないかを不安に思っているのだ。
「……他には、無いんですか?」
 内心はかなり照れていながらも、故は問いを続けた。
「無いです」
 さやかはきっぱりと言い放った。まるで、それだけがさやかに許された我侭のように。

 深夜十二時。シンデレラならば帰らなくてはいけない時間になった。魔法が解けてしまうからだ。
 さやかは、そろそろ寝ようかとベッドに向かったその瞬間だった。突如、チャイムが鳴り響いたのだ。さやかは不思議ながらもそれに出ると、チャイムを押したのは故だった。
「故さん?」
 さやかは慌ててドアを開ける。故はにっこりと笑う。
「誕生日おめでとう、さやかさん」
「……故さん」
「もう誕生日ですから……一緒に来て貰えますか?」
 唐突な故の言葉に、さやかはきょとんとしてから口を開く。
「何処に、ですか?」
 さやかの問いに、故は悪戯っぽく笑う。
「内緒、ですよ」
 故はそう言ってから、さやかを促す。さやかは故を少し待たせ、慌てて着替える。流石にパジャマのままでの移動は恥ずかしかった。そうして準備が整うと、さやかは故にエスコートされながら車に乗り込んだ。
「何処に行くんですか?」
 車に乗ってから、さやかは今一度尋ねた。故は再び悪戯っぽく笑う。
「秘密です」
 さやかは諦めて、他の話をする。故も運転しながらそれに答える。最初はぽつぽつと、だんだんゆっくりと。さやかは睡魔に襲われ始めた。こくりこくり、とついしてしまう。
「眠っていてもいいですよ」
 故の言葉が染み込むように響いた。それを最後に、さやかはすう、と眠り込んでしまうのだった。

 再び目が覚めたのは、何故かベッドの上だった。さやかは一瞬自分の部屋にいるのかと錯覚する。
「おはようございます、さやかさん」
 故が微笑みながら挨拶してきた。さやかはそれで飛び起きる。昨晩、と言ってもすでに今日になっていたが、その時故が来たというのは夢でも何でもなかったと気付く。
「おはようございます、故さん。私、すっかり寝てしまって……」
「いいんですよ」
 故はにっこりと笑う。愛しそうにさやかを見つめながら。
「ここは……?」
 さやかは辺りを見回した。見たところ、別荘のようだった。さやかは立ち上がり、窓を開けて確認する。
「遠野……?」
 故はただ頷き、何かを差し出す。
「さやかさん、これを」
 さやかは驚いたまま、故の言われるままに受け取る。それはワンピースだった。
「故さん、有難うございます……!」
 さやかが頭を下げると、故は照れたように微笑む。
「それを是非来てください。一緒に、朝食を食べに行きましょう」
 故に促され、さやかはワンピースに着替えた。あつらえたようにぴったりだった。サイズも、色も、形も。まるでさやかの為だけに存在するワンピースのように。着替え終えて故の前に行くと、故は満足そうに笑ってからさやかの手を取った。
「やっぱり、お似合いですね。……さあ、行きましょう」
 さやかは胸が熱くなるのを感じた。幸せが、溢れてきそうだ。後から後から、止め処なく。『幸せ』という言葉だけでは到底足りないような、そのような幸福感。
(胸が一杯だわ……)
 さやかは小さく微笑む。不安に思っていた事が嘘のようだった。あの不安の影もすっかり消え失せてしまった。
(まるで、魔法のよう)
 故が一つのホテルを指差した。そこで、朝食を取ろうというのだ。さやかはそっと故の腕と絡める。故は一瞬驚いたようにさやかを見、それから優しく微笑んだ。さやかはぎゅっと故の腕を抱きしめた。今ある幸せを、噛み締めるように。

<解けぬ魔法が始まった事を感じながら・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月28日

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