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『月光の中で…… 』
月杜・海央1544)&柚品・弧月(1582)

 昼間あれほど五月蝿かった蝉達の声も、夜にもなれば消え去り、
静かな時の彩をそっと添えている。サワサワと吹き行く風に、木
立の葉の擦れる音を耳にしながら二つの人影は、境内に座り季節
の旬を堪能している所だった。
 一人は女性、肩下程ある茶色の髪を後ろで結わえた、何処か勝
気な印象を受ける顔立だ。アジア系の服が好みなのだろう、今着
ている服も、アジアの方の番組等で良く見られる薄手の物だ。
 彼女の名前は、月杜 海央。この神社の娘にして、若くして祖
父の開く剣術道場の師範代を努める身でもある。
「良い夜だな……」
 朧に見える月を眺めながら、海央はポツリと呟く。その呟きに
もう一つの人影はフッと口元に笑みを浮かべただけだった。
 もう一人は男性、何処か野性味を残した顔立ちに肩口まで伸び
た長髪が、その雰囲気を一層際立たせる。此方は薄手のTシャツ
にジーンズと言う至ってカジュアルな服装である。
 彼の名前は、柚品 弧月。大学にて考古学を専行する、学者の
卵だ。
 二人はその手に西瓜を持ち、夜の静けさを楽しんでいる。時期
尚早ではあるが、程よく熟れた西瓜の甘さが口中に広がって、夏
の夜に一層彩りを添えている様であった。
 言葉少なに、西瓜を食べる二人であったが、最後の一切れと言
う所でお互い手が止まる。
「おい、弧月。こう言う時は、女性優先だよな?」
「何故です?俺が持って来た西瓜でしょ?」
 にこやかな笑顔で言う海央の言葉を、素知らぬ顔で返す弧月。
不意に二人の間に緊張が走る。
「お前が持って来たが、切ったのは私だ。」
「それが何か?」
「私が食べる権利があるだろ?」
「それは違いますよ。持って来たんですから俺に権利があります。」
 沈黙が流れる。空気が徐々に張り詰めて来ているのが分る。お
互い西瓜を間に睨み合い、そして……
「最初はグー!」
「ジャンケンポン!」
 お互い出した手は、同じ!
「「相子でしょ!」」
 海央グー、弧月チョキ。海央勝利。
「くっ!?」
「ふふ〜ん♪」
 にんまりと笑みを見せて、海央は最後の一切れをその口に運ぶ。
勝利の後に味わう西瓜の、なんと美味しい事だろうとその顔が物語
っている。逆に弧月は不貞腐れた顔をしてそっぽを向いた。だが、
不意に弧月は何かを思い出したかの様にクスリと笑う。
「ん?どうしたんだ?」
「いや、海央さんと出会ったのも確かこんな感じだったなとふと思
いまして。」
「ああ〜そう言えばそうだな。」
 海央はその時を思い出したのか、苦笑いを浮かべた。
「あの時は酷い目に有いましたよ。」
 弧月もまた思い出しているのだろう、その顔は苦笑いだ。
 二人はこの神社で出会ったが、その出会いは決して仲良くなれる
と言った出会いでは無かった筈だ。今もこうして付き合いが有るの
は、ある種腐れ縁と言う奴なのだろう。
 そう、一年前二人は此処で出会った……


 夏の日差しが幾分ましに成って来たとは言え、やはり夏は暑い。
夕暮れ時に風すら吹かず、昼間照り付けた陽熱が地面より放熱され、
暑さに拍車を掛ける。更には蝉の声が彼方此方から響き、一層暑く
感じられた。
 吹き出る汗が首筋を伝い、Tシャツに広く染みを作る。ただでさ
え暑いのに、弧月は神社の石段を登っていた。然程大きな神社では
無いので、石段もそれ程無いには無いが、やはり夏の陽気と言うの
は侮れない物で、弧月は全身汗まみれである。
「気持ち悪いですね……早く帰ってシャワーでも浴びたい所ですよ。」
 少し乱れた息の下で、弧月は呟く。と同時に、最後の一段を登り
終え、目前にある本殿を拝むに至った。
「ふぅ……着きましたね。」
 良く見る形の本殿を見据えながら、首筋に掛けたタオルで汗まみ
れの首筋や顔を拭いながら弧月は社務所を探した。本殿左手にそれ
らしき建物を見付け、汗を拭いながら弧月はその建物へと歩を進め
る。戸口に立ち、戸を引いて見るが閉まっているのか開かない。
「すいません〜!」
 少し声量大き目の声で、呼び掛けては見たが出向いて来る気配が
無い。どうやら、留守の様である。ふぅっと溜息を吐き、ウエスト
ポーチの中からペットボトルの水を取り出し、取り敢えずと水分補
給の為飲み始めた矢先……
「何か様ですか?」
「ブッ!?ゲホ!?」
 不意に背後から声を掛けられ、弧月は思わず噴出していた。
「ゴホ……しっ失礼しました。こちらの神社の方ですか?」
 努めて平静を装いながら、弧月は振り向く。そこには藍色の剣道
着を身に纏った少女が、少しだけ罰の悪そうな顔をして立っていた。
顔立ちを見て、実に健康的で躍動感の有る子だと弧月は思う。
「ええ、この神社の娘ですが、何か御用ですか?生憎と父も母も出
て居りますが、宜しければ私が承りますが?」
 そんな事を思索する弧月に、笑顔で応対する少女。弧月は一瞬考
えた素振りを見せた後、事情を口にする。
「実は、此方の逢月神社にある御神体を拝見したくて来たのですが、
拝見させて頂く訳には行きませんか?考古学上随分と貴重な物だと
伺って居りますので、是非一度この眼でと思い来たのですが……」
 事情を聞いた少女は、深々と頭を下げて告げる。
「申し訳有りませんが、それは例え父と母が居たとしても、出来な
い事です。人目に触れられるのは、憂愁の満月の折のみとされて居
ますので……郷土資料館でなら写真を拝見出来るでしょう。」
 丁寧な口調ではあるが、有無を言わせない響きを含んだその言葉
に、弧月は溜息を吐いた。
「ふぅ……やはりそうでしょうね。分りました……時節の折に、伺
うとします。所で……境内を少し歩かせて貰っても構いませんか?」
「ええ、どうぞ御自由に。」
 そう言うと、少女はお辞儀をして社務所から見える道場と思える
建物の方に歩き去って行く。その後姿を見詰めながら、弧月は溜息
と共に呟きを漏らした。
「仕方ないですね……」
 その呟きは少女には、聞こえる筈も無かった……


 床に着いていた海央は、不意に眼を覚ました。時刻は夜中を回っ
た辺り、普通なら起きる事等有り得ない時間だ。不気味な程の静寂
の中、布団から起き上がり闇を見据える。
「なんだ?この胸騒ぎ……」
 自然と呟きが口を付いて出た。
 最初に胸騒ぎを覚えたのは、あの男が来てからだ。練習中、不意
に覚えた胸騒ぎに表に出てみれば、あの男が社務所前で丁度声を掛
けていた辺りだった。近隣の人では無いと直ぐ分った海央だが、そ
の違和感が拭えなかった。
「一体何しに来たんだ?やけにあっさり引いたけど……」
 再び漏れた呟きと共に、海央は考え込む。何処か野性味を残した
あの男の眼が、気になった。
 海央は徐に立ち上がると、剣道着へと着替え始める。
「何か気になる。ちょっと見て回ろう……」
 剣道着に着替え終えると、海央は竹刀を持って自室を後にした。
静けさの中、歩き慣れた廊下を足音を殺し境内へと向かう。玄関で
素足に靴を履き、静かに戸を開くと静寂と月明かりに照らされた外
へ出る。
 月明かりが綺麗な夜だった。夜の境内に、明りを灯さないのはこ
の神社の慣わし。それは、この神社が月の神を奉って居るからに他
ならない。満ち月の光が、優しく淡く境内を染め上げる中、海央は
静かに本殿へと向かった。
「思い過ごしだったら良いんだけどな……」
 小さく呟いた海央が、不意に立ち止まる。逆手に握られた竹刀を
何時でも抜ける様な形だ。
「誰だ!!出て来い!!」
 月明かりを避けるかの様な僅かな気配が、海央を立ち止まらせ警
戒に至らせた。竹刀を抜き放ちじわじわと気配がした方向へと進む。
気配は、出来るだけ悟られない様にして居るつもりだろうが、海央
にはその気配がはっきり分る。
「出て来ないなら、こっちから行くぞ!」
 明かり届かぬ木立の暗がりに、間合いを詰めた海央が竹刀で切り
かかる。だが、手応えは無い。海央には、そいつが交わすのがはっ
きり見えた。
「まさかばれるとは思いませんでしたね。夜陰に紛れたつもりだっ
たんですけど……」
「貴方は!?昼間の!?」
「柚品 弧月です。宜しく、お嬢さん。」
 大袈裟で演技がかった礼をする弧月。海央は油断無く竹刀を弧月
に向けた。
「こんな夜中に、何の真似だ?御神体目当てと言う訳か?」
 睨み付ける海央に、弧月は少しだけ昼間との差を感じたのか眉を
潜めるが、直ぐ元の表情に戻る。
「ええ、教授からの言い付けででして。特殊な力を持つ物の調査を
して居る所です。ああ、考古学を専行して居るのは嘘では無いです
よ?」
「そんな事はどうでも良い!何の為の調査だ!?」
 何処か飄々とした弧月の態度に苛立ちながら海央は聞く。
「その力が、危険であるなら破壊……もしくは永久的な封印をする
様にと言われていますよ。」
 笑顔で言う弧月。だが、眼が笑って居ない。
「ふざけるな!あれは、家の大事な家宝だ!指一本触れさせる訳に
は行かない!」
 青い夜の空間に、緊張が張り詰める。
「どうあっても駄目ですか?」
「月杜 海央、参る!」
 言葉終わらぬ内に、海央が疾る。水平に構えた竹刀が瞬間的に突
き出され、弧月に襲い掛かった。弧月はやや半身に構えると、その
一撃を身を少しだけ捻り交わす。だが、突き抜けた竹刀が戻り再び
突きを繰り出す。
「くっ!?」
 瞬間的に察知した弧月は再び、身を捻り交わすが更にもう一撃突
きが来る。それを後方に飛び退き何とかやり過ごす。
「ふぅ、まさかその年で三連突とはね。」
「甘く見るな!これでも師範代だ!」
 再び間合いを詰める海央。弧月は、半身に構え迎え撃つ。振り被
り打ち下ろされる海央の剣戟。だが、弧月はそれをハイキックを使
い足裏で止める。弾かれた竹刀が、海央のバランスを崩す。その機
を逃さず、弧月は懐に入ると拳を突き出した。
「少しの間寝ていて下さい!」
「甘い!!」
 突き出された拳を後ろに飛び交わし、その手に竹刀を打ち付ける。
「つぅ!?」
 鋭痛が手首を襲う。卓越した技の持ち主なれば、竹刀でも肉を切
れると言う……海央の一撃は正に肉を切られたかの様な痛みだった。
「諦めろ。月命天鷲の太刀は誰にも触れさせる訳には行かないんだ。」
 だが、弧月は手首を摩りながら立ち上がると再び構えを取る。
「そう簡単に諦める訳には行かないんですよ。」
「そうか……なら仕方ない!」
 再び間合いを詰める海央。弧月は動かない、海央が迫る。海央が
再び突きを出そうとする刹那、海央は突然身を引く。その鼻先を、
弧月の右足が薙いで行った。再び突きを出そうとした海央だが、弧
月を見て防御に切り替える。弧月の体が回転し、左回し蹴りが迫っ
ていたのだ。何とか身を捻り鍔で受ける海央だが、回転された威力
も伴いそのまま吹き飛ぶ。
「くぅ!!?」
「……これでも駄目ですか……良い反射神経ですね。」
 倒れはしなかったものの、弧月にリーチが有る以上迂闊に飛び込
めない海央。対して弧月も、竹刀の長さに海央の反射神経の良さと
不利な状況の為打って出る事が出来ない。その後は活発な動きは無
くじりじりと時が過ぎて行く。
 どれ位時間が流れただろう……不意に弧月が動く。海央に向かっ
て一直線に向かい来ると竹刀を狙い蹴りを放つ。一瞬虚を付かれる
形になった海央だが、反射的に竹刀を引き上げ、蹴り足を狙い振り
下ろす。しかし、既にそこに足は無く、弧月は階段へと駆けていた。
「なっ!?」
「悪いですけど、諦めます。引き際も肝心ですしね。貴女見たいな
方が居る場所の物を調査なんて、もうごめんです。教授には上手く
言っておきますので御安心を。では、失礼します。」
 去り際にそれだけ言うと、弧月は階段の向こうに消える。慌てて
後を追う海央が見たのは、小さく闇に消える弧月の背だった。
「帰ったのか……?はぁ……何にせよ、良しとするか。あ〜疲れた。」
 そして海央は、自宅へと歩を進めた。後に残るのは、静寂に包ま
れた淡く儚い月明かりだった……


「あの後、弧月が謝りに来るなんて思いもし無かったよ。」
 苦笑しながら、その時の事を語る海央。
「まあ、せめてもの謝意ですよ。此方としても、仕事を邪魔された
形ですけど、普通に考えたら不法侵入とか言われてもおかしく無い
ですからね。」
 弧月は何時もの飄々とした態度で言うが、その態度が海央の癇に
障ったらしい。
「ほう〜?なんなら今から通報して、一年前不法侵入した事言って
やろうか?」
「無理ですよ?」
「何でだよ!弧月が言ったんじゃ無いか!」
「神社の境内は、招く為に或る物ですから、不法には成りませんよ?」
 弧月の言葉に言葉が詰まる海央、そして……
「こげつーーーーーーーーーー!!!!!!」
 静かな夜のしじまに、海央の叫び声と、弧月の笑い声が響いてい
た……




PCシチュエーションノベル(ツイン) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月25日

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