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『戦う、臨時パティシエ 』
賈・花霞1651

 賈花霞(じあ・ほあしあ)は、疲労感たっぷりな遠い目をした。手には、ベッチャリとした『シュークリーム』みたいな物を乗せている。
 膨らまない生地。外まで溶ろけだしたカスタード。それにまみれて、さらにだらしなくフニャけている生地。二つが相まって奏でるステキなハーモニー。滝汗。
 しっかり! がんばって! と声をかけたくなるような、目に余るだらしなさは、名付けるなら『瀕死中のシュークリーム』。花霞の頭をそんな言葉が過ぎった。
 か、どうか。
 さておき、彼女が作りたいのは、『ベッチャリとした』シュークリームではなかった。かといって『もっさりした』物でも、『ガッツリした』物でも無い。『サックリ、しっとり』としたシュークリームが作りたかった。
 何故なら、いつも花霞に良くしてくれる、義父と義兄に僅かながらでもお礼がしたかったからだ。
 花霞は付喪神である。
 遡る事、宋の時代。中国で作られた手蘭と言う器械武具が、明の頃より意志を持った。それが花霞だ。
 日本へは戦後と言う混乱期に、骨董品の一つとして海を越えた。花霞を買い取ったのは、とある資産家──つまりこの家の主だった。やがて花霞は倉の中が定位置となり、持ち出される事も無いままに、眠り込んだ。そして、ふとした事で目覚めてからは、この家の息子である義兄と暮らしている。
 花霞の見目は7才ほど。公立の小学校へも通っていた。
 全ては、この資産家親子の計らいである。
 積もり積もった諸事のお礼が、このシュークリーム作りなのだが、結果は『瀕死中のシュークリーム』だった。
 花霞は考えた。
 瀕死から『活き活きとした』シュークリームに変えるには、どうしたら良いのかを。
 それには助っ人が必要だ。花霞一人では、何度やっても同じ事になるだろう。お菓子が作れそうな、と言ったら、やはり女の子になる。
 と、ある顔が浮かんだ。
「あ! そっか。草間さんの所へ行けば、何とかなるかも!」
 と、その妹に期待をかけて、花霞は身支度を始めた。

   パパしゃんと、哥々の為に
 
 草間興信所には、茶髪眼鏡しかいなかった。くわえ煙草で、頭を掻いている。
 花霞の目論見は、見事に外れてしまった。
 作るのは『シュークリーム』であって、『怪奇探偵事件簿』ではない。だが、肝心の妹は留守だった。
 どうしよう。 
 どうしたら。
 一人では瀕死のシュークリーム『十三世』が、出来上がってしまう。十四世、十五世も容易に作成可能だった。とにかく手伝いが必要なのだ。
 花霞は、茶髪眼鏡に向かって手を合わせた。
「お願い、草間さん! パパしゃんと、哥々にシュークリームを作ってあげたいの! 手伝って!」
「!?」
 ボトッ。
 草間は目を見開いた。火のついたままの煙草が、床に落ちる。
 誰が。どこで。何を。
 俺が。ここで。シュークリームを。
 そんな馬鹿な!
 怪奇探偵の俺が。こんな汚い場所で。シュークリームを!
 ガクッ。
 草間は膝をついた。
 自分で自分の考えがショックだった。
 『怪奇』と『汚い』が余計だった。
「アッチ!」
 そして、膝が煙草を踏んづけていた。
 無言。
 立ちあがると、ズボンの膝に穴が開いていた。中から、膝小僧がちょっぴり「こんにちは」している。
 草間は呟いた。
「……いや、君のせいじゃない」
「……う、うん」
 花霞は、何も言っていないのだが。
 とにかく、お菓子づくりは始まった。
 
   戦闘開始!

 さて、シュークリーム作りに必要な材料は、さほど多くない。
 砂糖、塩、水、バター、薄力粉、卵があれば、とりあえず生地は出来る。中に入れるカスタードにしても、同材料にリキュールと牛乳を足せば良い。
 道具も全て花霞が持参して、すでに目の前に広がっていた。
 レシピ片手に唸る草間を、花霞は見上げる。
「あのね? 一人で作ってた時は、生地が全然膨らまなかったの」
「なるほど。とりあえず、やってみよう」
 脱、『瀕死のシュークリーム』作戦が、二人によって始まった。
 まず、花霞は卵を割った。
 ボールの中に黄身と白身と、余計な物が落ちた。
 余計な物が、かなり余計だった。
 その余計な物を拾うのに、花霞は奮闘した。
 殻だ。全て殻が悪いのだ。
 卵の割り方が悪い訳では無い。
 そうだ。
「そう思う事にしよう」
 草間は頷いた。
 花霞の殻拾いを横目に、草間はバターを火にかけた。
 どんどん、どんどんバターが溶けて行く。バターの匂いが事務所中に漂った。
 バターの快進撃! どんどん溶けたバターが、どんどん泡化して行く。どんどん沸騰して、鍋の底に貼り付いた!
 つまり。
「焦げた」
「! 草間さん、それじゃ使えないよぉ!」
 草間は花霞に怒られた。
 しかし、花霞はまだ殻を拾っている。
 ぬるぬるして、小さな破片が拾いにくいのだ。
 大丈夫なのか。
 この二人のシュークリームは、『瀕死中』から『死亡した』に、モデルチェンジするかもしれない。
 だが、花霞は単に不慣れな場所で、苦手な料理に手先が狂っただけだった。
「はぁ、やっと拾えたぁ! 次は失敗しないもん!」
 カシャリ、カシャリと続けて二つの卵を割る。花霞の手先はなかなか器用だ。
 コレなら、行ける!
 二人は気持ち新に、再び鍋を手に取った。
 草間は生地用に。
 花霞はクリーム用に。
 事務所は、牛乳とバターの匂いで満ちている。
 二人の目にも、やる気だけが何だか異様に満ちている。
 が。
「焦げた」
「焦げちゃった」
 駄目っぽかった。
 二人は無言で鍋を洗った。
 助けて、お菓子の神様。
 そんな事を思ったかどうかは不明。
 黒茶色の水が流れ、興信所の親分の目からも、うっすらと何かが流れた。
「泣かないで、草間さん」
「あぁ……」
「出来上がったら、草間さんにも上げるから!」
「あぁ」
 一体、俺は何をしているんだろう。
 カチコチと時が流れて行く。
 色々なしょっぱい物が、草間から流れて行く。
 出来上がった花霞のシュークリームから、緩いカスタードが流れて行く。
 流れまみれだ。
 まみれない方法は無いのだろうか。
 頑張るしかなかった。

   完成! シュークリーム!

 花霞が来た頃、空の中央に居た陽は、西に沈みかけていた。
 事務所の台所は、まるで大地震が起きた後のような、凄まじい散らかりようだった。
 奮闘による奮闘。
 頑張りによる頑張りは、やがて実を結んだ。
 っぽい。
「開けるね?」
 真剣な花霞の声に、草間は頷いた。
「あぁ。上手く焼けていると良いが……」
 二人は何とか、オーブントースターで種を焼く所まで、こぎ着けたのだ。
 花霞は鍋掴みを手に、ドキドキしながら蓋を開けた。
 ボールの中では、適度な固さのカスタードが、生地の登場を待っていた。
 二人の後ろでは、山と積まれた卵の殻や、飛び散った薄力粉や、使用済みの調理用具が、片されるのを待っていた。
「わぁ! 出来たぁ、草間さん!」
 花霞は歓声を上げた。
 焼き上がった生地はふっくらと膨らみ、良い香りを放っていた。
 売り物に比べれば大分見劣りはするが、形にならなかった事を考えれば、見事な出来映えと言えた。
「長かったな」
 粉だらけの部屋で、草間は一服の煙草に火をつけた。
 二人は、とうとうやり遂げたのだ。
 後はここにクリームを入れ込めば良い。
 サックリと焼けたキツネ色の生地。
 花霞は満足そうに微笑んだ。

   夢の名残り

 手作りの物とは、得てして気持ちが肝心なのである。
 送る方も受け取る方も、それが一番大事なのだ。
 果たして、味はどうだったのか。
 例えそれが、塩の分量を間違えて塩辛かったとしても、花霞の嬉しそうな笑顔を見れば、責める気にはならないだろう。
 そう。
 その味はまさしく、汗と涙の結晶となった。
 
 余談だが後日、ゴミ捨て場に焦げ付いた鍋が捨てられており、事務所の鍋がこっそり新調されていたらしい。
 それがこの悪戦苦闘の結果だと言う事は、もちろん二人だけの秘密となったそうだ。


 終
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺野ふずき クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月24日

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