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『 届け物はなんですか? 』
自動人形・七式1510

 梅雨明け間近の初夏の一日。昼のニュースでは温度は35度近くまで上がっているという。
 昨日までの雨もたたって、気温の高さに加えて、ひどく湿度も高い。部屋の中はまるでサウナのようだった。
 こんなときに限って動きの悪くなる古びたクーラーをにらみつけ、草間探偵はソファに半分寝そべるように腰掛け、やけくそのようにうちわで自分を扇いでいた。
 電器屋のやつ。「直すより新しいの買われたほうが早いかもしれませんね」なんて笑うんだから。
 買う金があるなら、修理してくれなんて頼むものか。
 と思いつつも、やはり壊れたままなのはきつすぎる。
 さっき、協力者と共に送り出したばかりの依頼人さえも、事件の相談をしながら必死で額の汗を拭い続けていた。
 そして、扉の向こうに抜け、去り際に小さくつぶやいたのだ。
「……外の方が涼しいですわね」
「……」
 探偵はふと立ち上がり、全開にあけてある窓に近づいた。
 隣のビルのクーラーの室外機が近い。そこから熱風が入り込んでくる。
「……なんて近所迷惑な」
 ぼやいて窓を閉めたその時、玄関のチャイムが鳴った。
(依頼人か?)
 予約の電話は無かった。
 けれども、少しでも早くクーラー資金を貯めなければ、秋には自分はひからびているかもしれないという思いが探偵の歓喜を促していた。
「はい〜」
 妙に愛想のいい笑顔で扉を開いた向こう側には、白い制服の笑顔の可愛いお兄さん。
「こんにちわ。白猫宅急便です。荷物をお届けに参りました」
「あ……そう」
 急に笑顔をニヒルな苦笑いに変えて、草間は受取証にサインをする。
「ありがとうございます。お荷物、中にお運びしますね」
 ガラガラガラ。
 妙な物音によく見ると、受取証を持った男の後ろに、もう一人の制服を着た男。
 彼は台車を持っており、その上には大きなキャリーバッグが乗せられていた。
「なんだ、これは?」
「お届けものでございます」 
 マニュアルとおりに配達人が答える。かなり重い荷物らしく、台車から降ろすときも、二人で力を合わせてやっとおろす感じであった。
 そして、その大きな荷物を玄関の中に残し、白猫宅急便の配達員達は帰っていった。
「なんだなんだ……?」
 額の汗を腕で拭って、草間はその大きな荷物に貼られた送り状を睨んだ。「牧村・胡桃」からの荷物らしい。
 ガムテープをめくり、ダンボールの蓋を開く。
 白い布に包まれた荷物の上に、一枚の便箋がのっていた。
『約束のもの、おとどけする。大切に使うね、よろしく』
「約束?」
 すぐに思い出せなかった。
 先週くらいに一緒に飲みに出かけたときがあったが、その時か?
 包む布をほどいて、探偵は悲鳴のような声を出してしまった!!
「!!」
 そこには赤い髪の少女が眠っていた。
 あどけない表情で横たわるその肌の色は白く、まるで陶器のようだ。形のよい鼻筋と長い伏せられた睫。美少女と呼んでいいだろう。
 否、本物の少女ではないようだが……。腕や膝の関節が変な方向に曲がっている。そのつなぎ目からコードのようなものが見えている。
 ロボットというのかアンドロイドというのか……、いや、……思い出した。
「自動人形……」
 草間は頭をくしゃりとかいた。
 先週、胡桃と飲みに言ったときに、彼女が自作の自動人形の話をしてくれた。その時に半ば冗談で「それなら俺にも一体作って欲しい」と頼んだのだ。
 わかった、と微笑んだ彼女。あれは本気だったのだ。そして、この自動人形を作り、自分に送ってきたのだ。
「……まいったな」
 苦笑が浮かぶ。
 その少女は息もせずに静かに横たわっていた。その傍らに説明書と書かれた紙束を発見し、草間は手にする。
「ふむ……」
 もう一通の手紙がそこに挟まれていた。たどたどしい日本語の文章で、整備費はもちろん、修理の必要が発生した場合は、胡桃が責任をもって全額負担をする。お願いしたいのは、彼女を受け入れてあげて欲しい、ということだった。
 草間の下には零という同居人がいるが、話せばわかってもらえるだろうか。草間は頭をかきつつ、ため息をひとつついた。
「さて……」
 キャリーバッグの中の彼女を座らせ、説明書を見ながら、だらりと垂れた首の後ろの金具を探す。
「これか?」
 そこを引くだけでよいらしい。草間はどこか胸が高鳴るのを感じながら、金具をゆっくりと引いた。
 シュゥゥゥゥゥゥ。
 何か音が響き、ゆっくりとその首が起き上がる。
 つむっていた瞼がゆっくりと開いた。大きなかわいらしい瞳。その色は銀の輝きをしていた。
「……やあ」
 なんと声をかけたものか。草間が笑いかけると、彼女はゆっくりと瞬きをし、怪訝な表情で草間を見つめた。
 目覚めたばかりだからだろうか。どこかとろんとした眼差しは童女のようである。
「……」
 名前はなんというのだろう。草間は説明書と手紙を繰り返し見る。
 『自動人形・七式』と書かれていた。これが名前か?
「ななしき?」
「はい」
 呼びかけると即座に七式は答えた。そして自らの肘の関節をはめこもうと上体を揺らす。けれど、両方の腕がだらりと下がっている為、苦労しているようだ。
「手伝おう……」
 草間は七式の右腕をとり、はめこんであげた。勝手がよくわからなかったが、カチリと音が響いたので、収まったはずだ。
「……ありがとうございます……」
 七式の口元から声が響いた。少女の清らかな声だ。七式は左腕を自分ではめこみ、そして両膝の間接も次々直していく。
 その手並みに関心していると、七式はすっくと立ち上がり、草間に丁寧に一礼した。
「これからお世話になります……七式と申します。どうぞ宜しくお願いします」
「こちらこそ……」
 草間も立ち上がり、あわてて会釈する。
 七式はキャリーバッグの上から移動すると、草間の部屋を見渡した。そしてポツリとつぶやく。
「湿度88%、気温37度。……」
「ん?ああ、すまないな……クーラーが壊れてて」
「クーラー?」
 七式はぐるりと再び部屋を見渡し、設置されている古いクーラーを見つける。キャリーバッグの中に残っていた小さなバッグを取り出すと近づいていく。
「んん、どうしたっ!」
 草間は驚いて、七式の腕を引き止めた。七式は振り返ると、小さく微笑む。
「草間様のお体に毒でございます。わたくしめにお任せください」
「む」
 力の抜けた草間の腕を振り払うと、七式は早速クーラーの修理にとりかかった。旧式だが、機械の操作なら慣れている。
 壊れた部品も細かな作業で修復し、たちまちのうちに元の涼しい風をクーラーは吐き出すようになった。
「はい、できました」
「見事なものだなぁ……」
 感心する草間。
「お役にたてて、七式は幸せでございます」
 七式は微笑むと、次に台所を振り向いた。洗いものが少々たまっている。即座に回路が働き、台所に足を向ける七式。
「わぁぁ。待て。七式、今日のところは、まだお客さんでいいからな。零もじき戻るだろうし」
「……わたしくめは胡桃様に、草間様と零様のサポートをするように命じられております。お気になさらないでくださいませ」
「……」

 しばし後。
 暑さと湿気と紙の束で覆われていた興信所の中は、清潔感と涼感漂う部屋へと変貌していた。
「麦茶をお持ちしました。草間様」
「ああ、ありがとう七式……」
 冷やしたグラスに、コポコポと注がれるつめたい麦茶。
 落ち着かず、応接間のソファの上で取り掛かり中の事件ファイルなどを読んだフリをしながら、草間は零が戻ってきたらなんと伝えるべきなのか思案にくれていた。
 この新しい、同居人について……。

                                    ++++Fin++++ 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
鈴 隼人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月22日

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