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『 遭遇 』
橘姫・貫太0720



 闇。闇の中。
 あの赤く光るものはなんだろう。
 また夢だと思った。
 あの日から、何度も何度も自分を苛め続けている夢。

 闇の中、俺の足元に倒れ伏したその白い体。
 揺り動かさずとも、それが誰なのか知っている。
 同じ血を分けた愛しい人達。時を止められた悲しい骸達。

 あの男が笑っている。
 どこだ。……振り向いた向こう。白い光の中で、笑みを浮かべ、こちらを観察するように見つめている。

「待てっ!」
 多分、腕をいくら伸ばしても奴を捕まえることはできない。
 わかっているのに。……わかっているのに、今日もまたそこで目が覚めた。


+++草間興信所

「お疲れさん」
 依頼の報告書に目を通し、草間さんは小さく微笑んだ。
 その笑みになんとなく戸惑い、言い訳のように小さな声で尋ねてみる。
「最善の策をとったつもりなんだけど……、これでよかったのかな……」
「それなら、それが一番よかったんだろう」
 この探偵事務所に持ち込まれる事件は、悲しい事件が多い。
 取り返しがつかないような状況になってから、持ち込まれた事件は、依頼人を必ずしも幸せにする結末ばかりじゃない。
 それを草間さんはよくわかっている。そして、俺も……。
「ありがとう。……報酬だ」
 草間さんは、机の上においてあった茶封筒を俺に手渡した。まあ中身はそんなに期待しないけど。
 その代わり、その封筒をもう一度草間さんに手渡した。
「こっちの調査費用の足しにしてもらっていい……ですか?」
「……ん、ああ、それは構わないが」
 草間さんは頷いた。
 草間探偵事務所の調査人の一人として働きながら、俺は一つ、探偵に依頼を頼んでいる。
 とある人物の所在をつきとめて貰いたいという内容だった。
「どう……ですか?……調査の具合は?」
「他の探偵事務所にも声をかけたりして、なんとか足取りをつかもうとしてるんだが。……すまない、今のところは進展なしだ」
「そっか……」
 草間さんが頑張ってくれてることは、知り合いからも、零ちゃんからもたびたび聞いていた。
 次々持ち込まれる怪奇事件の対応に追われながらも、暇を見つけては自らの足で捜し歩き、またその筋に詳しそうな探偵に相談をもちかけたり。
 それでも奴の足取りを追うことはできない……か。
「必ず見つける。……そんな顔をするな」
 草間さんは、俯いていた俺の肩をやさしくたたいた。
「任せておけ」
「ええ……お願いします」
 一礼して、席をたつと、俺は興信所を後にした。

+++雑踏
 興信所を出ると、イタリア料理店『黒猫の寄り道』に携帯で電話をかけた。
 アルバイトに約束していた時間にぎりぎり間に合いそうだったけど、念の為、連絡をしておく。
 遅くなるかもしれないということは前もって話していたから、マスターも気軽にわかった、と言ってくれた。
『それよりも元気ないな、寛太。具合でも悪いのかい?』
「……そんなことないですよ。とにかく急いで向かいます」
 俺は笑って電話を切った。マスターは鋭いな、とつくづく思う。
 ……手がかりなし。
 もし何かあったら、草間さんならすぐにでも知らせてくれるだろうと思ってたから、多分に想像のつくことだったけれど。
 それでもこの沈みっぷりはなんだろう。
 思わず苦笑してしまう。
 見上げた空は、すっかり薄暗くなっていた。
 どこかで笛の音が聞こえている。……盆踊りでもしているのだろうか。
 少し歩いて、大通りに出ると、帰宅を急ぐサラリーマンやら、祭りに向かう浴衣姿の女の子達が行き交っていた。
 雑踏にまぎれこみ、俺はひたすら歩いている。
 あの夢を見るたびに、胸を締め付けられて。
 あいつの姿をいつか捕らえ、そしてこの手で、兄や姉の仇をとりたい。とらなければいけない……!!
 胸がつまるような思いがしていた。あせらなくても、きっといつか情報は手に入るはずだ。そうに違いないんだ。
 言い聞かせるように心に叫ぶ。
 あせらなくても……。
 きっと……。
「危ないですよっ」
 女性の声がした。
 はっと気がついて視界を確認する。赤信号の横断歩道を渡ろうとしていたらしい。車が交差していく道にふらふら行こうとする俺を、背後にいた女性が止めてくれたのだ。
「……すみません、ありがとう」
 小さく会釈して、額に手をやった。
 ダメだな、俺。すぐにあいつのこととなると熱くなっちゃって……。
 少し頭を冷やそう。
 ようやく思いなおすことができた。
 祭り囃子がさっきよりもより強く響いて気がする。俺を止めてくれた女性もよく見ると、かわいらしい浴衣を着ていた。
「……お祭りどこでやってるんですか?」
「あちらですよ。神社のお祭りなんです。お神輿もこれから出ます」
「そうなんだ」
 俺は目を細めた。マスターにはすぐ行くといったけれど、お神輿を見に行くのも楽しそうかもしれない。素通りで前を通りすぎるくらいなら、駅までの道のりが少し遠くなるだけだし……。
 ……気分転換。
 こんな顔で店に行って、つまらない顔したままだと、お客さんにもマスターにも心配されちゃうしね。
 早くいつもの俺に戻らなきゃ……。
「行ってみようかな……」
「ご案内しましょうか?」
 ぽつりとひとりごちたつもりの俺に、浴衣の女性が微笑んでいた。笑顔の可愛い女性だ。祭りの会場でカラオケを歌うので、張り切っているのと一人で話した。
 信号が青になった。俺は話しかけてきたその子の隣に立ち、二人で横断歩道を歩き出した。
 祭りの華やかな太鼓の音に笛の音が重なった。
 その二つの音色と共に、音頭のテープもかかりはじめる。辺りはいっそう、祭りの風情に、ざわめいた空間へと変化していく。
 その時。
 横断歩道の反対側から歩き始めた人の流れとすれ違う。
 祭りの話と音色に気をとられていて、気にも留めていなかった……。
 だが、耳元で響いたのだ、あの男の声が。すれ違い抜ける人の背中から。

「久しぶり……。元気そうで何より」

「!!!」
 触れられた? 左肩の辺りが熱い。
 いや、それよりも、今の声!…………玖珂・清春!!
「きゃああああっっ」
 浴衣の女性が悲鳴を上げた。
 俺の方を向いて。
 しかし構っていられなかった。もう走り出していた。
 一瞬見えた横顔も、あいつのものだった。清春、あいつに違いない!!
「どこだぁっっ!!」
 絶叫するように叫ぶ。すれ違った歩道の上の連中を次から次に振り向かせた。けれど、いない。
「救急車を早くっ!!」
 誰かが叫んだ。
 皆が俺を驚いたように見ている。その顔の中にも清春はいない。
 歩道にさては逃げたか。走り出そうとしたその時、肩に響く激痛に気がついた。
「君!!」
 誰か駆けよって近づいてくる。
「動かないほうがいい、怪我をしてる。どうしたんだ?」
 怪我?
 俺の左肩は刃物のようなもので深く切りつけられていた。いつの間に。
「離して! 清春を追うんだ! あいつをっ!」
 地面にボタボタとこぼれる血のしずく。親切と呼ばれるおせっかい達に動きを封じられ、……清春の後を追うことは出来なかった……。

「…………っくしょう!!!」

 今力を解放すれば、彼らをはじき飛ばし、清春を探せるか。
 そうも考えたけれど、清春を再び雑踏に歩く姿を見つけていれば、そうしていたかもしれないけれど……。
 激痛を右手でかばいながら、悔しさを叫ぶことしか、その時の俺には出来なかったのだ……。

 ……「久しぶり。元気そうでなにより……」

 あの声が耳に消えない。
 そして今夜もまた、俺は悪夢にうなされる……。
                                     fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
鈴 隼人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月22日

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