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『迷子の森の道しるべ 』
神邑密1123

 聖獣界ソーン。そこは時として思わぬ迷い子を誘い込む世界の狭間である。中心都市より少し離れた地「迷子の森」は時折この世界へとやってくる、異世界からの訪問者が現れる場所としてその名がつけられた。 
 神邑密(かむらしずか)はごく普通の高校生だ。ちょっぴり人と違うことは傀儡(くぐつ)と呼ばれる人形を操れること、そしてソーンに迷い込んできたということ……
 右も左も分からぬままに、密は深い森の中を歩いていた。見たこともない花をつける木々や、物陰からこちらをみてくる背に羽根が生えた小さな人間に、驚きと恐怖を隠せない様で、不安を少しでも和らげようとくちびるをぎゅっとしめて、相棒である傀儡人形「大和」を抱きかかえながら一歩一歩確かめるように歩いていた。
「どうなされました?」
 不意に言葉をかけられ、密はびくりと振り返った。見ると黄金色の美しく長い髪をした女性が立っていた。不審げに密が見つめているのに気づき、女性はくすりと笑みをもらし、しずしずと密に歩み寄ってきた。
「警戒する必要はありません。私はこの森に迷い込んできた、あなたのような方の道案内をしているものです。私の名はカレン、カレン・ヴイオルド。詩を歌うことを生業としています」
 そう言って、カレンは軽く手に持っていた竪琴をかき鳴らした。澄んだ音色があたりに響き渡り、不思議と密の心を覆っていた不安感をやわらげさせる。
「よろしければこの森をぬけるお手伝いをいたしましょう。この森に居たいというのであれば、この場でひとときの安らぎをご提供いたしますよ」
「……この森をぬければ家に帰れますか?」
 密の代わりに彼女が手に持っていた傀儡人形がカレンに話しかけた。カレンはそっと竪琴をかき鳴らしながら言葉を返す。
「この森からまっすぐ北に聖都エルザードがあります。そこでは様々な出会いと知識があふれています。その中にきっと、あなたの望む答えがあることでしょう。私は迷い子に夜道を歩く光を与えるもの。全ての理に長けるものではありませんが、理への道しるべとなりましょう」
 カレンの言葉はそのまま詩となり、心地よい音色で密の耳に響いてきた。全く聞いたことのない言葉のはずなのだが、密にはカレンの話す言葉の意味が理解できる。それがカレンが使う術なのか、それともこの世界が起こす作用なのかは分からない。もっとも今の密はそんなことも考えてなかっただろうし、答えを知る必要もなかった。
「お願いです、街へと案内してください」
「了解いたしました」
 カレンはにっこりと微笑み、そのままきびすを返して歩き始める。人形を抱きなおすと密は数歩遅れてカレンの後をついていった。

◆◇◆

 しばらく森を歩くと、少し開けた場所にでた。
「ここで少し休憩しましょう」
 中央にある切り株に腰かけ、カレンは空を見上げた。
「おや……もうこんな時間なのですね。風読み鳥達が家に帰ろうとしていますよ」
 言葉につられて密も空を見上げた。少し橙(だいだい)に染まりかけた空に真っ青な鳥達が群れをなして飛んでいた。羽根を広げてゆっくりと飛ぶ様はまるで風に乗っているかのようにも見える。
「……きれい……」
 密の顔が少し穏やかになっているのを見届けると、カレンは静かな詩を歌い始めた。

 夜道を旅するものを照らすのは月と星
 荒れ狂う海を渡る船を導くのは灯台の光
 ならば私は森にともる導きの光となろう
 森にひそむ精霊に惑わされぬよう、ウィプスの光に誘われぬよう、
 正しき道を照らし出していこう……

 ゆっくりと密はカレンに視線を移した。カレンは歌を止めて密に語りかける。
「夜にこの森をむやみに歩くのは危険です。今日はここで一休みしていきましょう」
「ここで……?」
 夕闇が深くなり、闇に溶け込もうとしている森から獣の声が微かに響いてくる。こんな開けたところで休んでは獣に狙われるだけではないか。そう思う密の考えをカレンはあっさりと否定した。
「大丈夫です。ここならば月の光に照らされて、獣達もそうそう襲ってこられません。どうしても心配ならば、とっておきを使っておきましょう」
 カレンは懐から小さなビンを取り出し、中身をひと振りそれぞれの体にふりまいた。
「これで闇夜に生きるもの達から私達の姿は見えません。ただし、水に触れたり太陽の光をあびれば効果が切れてしまいますから、けっして夜中に水浴びをしようとしないでくださいね」
 辺りに水浴びなど出来る場所などなかったが、一応念のためとカレンは警告する。
「さて……眠くなるまで、よろしければもう少しあなたのことをお聞かせ願えませんか?」
 密はこくりとうなずき、カレンにソーンに迷いこんできてしまったことや、自分が以前の世界で何をしていたのかを語り始めた。最初は恥ずかしいのか傀儡人形を通しての会話だったのだが、いつの間にか彼女自身の言葉で話していた。カレンがもつ不思議な安心感と熱心な聞きに、密は少しずつ心を開いていったのかもしれない。
 
 辺りがすっかりと暗くなった頃。明かり代わりにと傍を飛んでいた光をビンにつめて切り株の上においた。
「……ランタンとか持ってないのですか?」
「この森で火を扱えば森の精霊達に嫌われてしまいます。そうなっては一生この森から出られなくなりますよ?」
 カレンはさらりとそう答えたが、一瞬だけ厳しい表情をみせた。
「それより今日はもう疲れたでしょう。さあ、おやすみなさい」
 肩にかけていたマントをはずし、カレンはさりげなく密にかけてやる。そのまま密は横になり、そっと瞳を閉じた。

 耳にカレンの優しい詩が流れてくる。どこかはかなげで柔らかな音色は素直に密の心の中へ響き渡り、眠りの世界へと誘って(いざなって)いった。

◆◇◆

 目を覚ますと、いつの間にかカレンの姿は見えなくなっていた。切りかぶに視線を移すと、淡く光る虫がつまるビンの傍らに一枚のパンとチーズが置かれている。
「……カレンさん……?」
 密の声に返事をするものはいない。あきらめた様子で密は切りかぶに腰を下ろし、パンを口に運んだ。
 ふと、視線を上げて密は小さく声をもらした。
 いつのまにか森が開かれ、眼前に白い道が出来ていたのだ。遠くに見える白い建物達はこれから目指す場所、聖都エルザード城だろう。密はおもむろに立ち上がり、ゆっくりと道を歩み始めた。

 どこからか竪琴の音色が聞こえてきた。
 密はふと歩みを止めて、小さな笑顔をもらす。
「……ありがとう……」
 密の言葉は風に乗り、森の奥へと吸い込まれていく。
 やがて密はきびすを返し、そのまま聖都への旅路を進めるのであった。

おわり

執筆:谷口舞

PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2003年07月15日

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