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『喧嘩上等 』
峰崎・蘇芳1631)&ミラー・F(1632)


 彼自身が自覚しているかどうかはともかくとして、峰崎蘇芳という青年は、本来ならばのこのことひとりで街を歩ける身分ではなかった。歳のわりにはラフなスタイルではあったが、服装というものは果たして年齢を基準にして考えるものなのだろうか。その思考回路の配線如何によって決まるのではないか。要するにスタイルは人格を表すのだ。
 蘇芳は某社の令息であった。その歳ならばパリッとしたスーツでも着て、父親の仕事振りを学んでいるのが、この国では相応しいスタイルと言えるのではないか。そんな世間の目もどこ吹く風で、彼は自分のやりたいスタイルを崩さないのであった。周囲が古いだけで自分が新しいということを、彼は信じているからだ。
 彼はこの国の未来の姿を持っていた。

 そんな蘇芳ではあったが、最近はのこのことひとりで街を歩くような真似はしなくなった。社長の令息などそこら中に居るご時世だが、父親と今の彼が就いている仕事の世界は、中東や昔の米ソもかくやと言えるほどの激戦区。キリング・ゾーンだ。蘇芳は茶髪にジーンズで最前線に立っている。情報が金を左右するいまこの時に、彼はその情報を操る術を持っていた。
 だからこそ、護衛のため――そして自分の才能を『形』にしておくために、蘇芳はミラー・Fという男を創り上げたのである。
 立ち回りでも情報操作でも頼れる。自己学習機能そのものなので、いちいち教えずとも自分で色々覚えてくれる。ジョークで感情も入れておいた。結果完成したのは、その辺のエージェントよりも遥かに役に立つ相棒であった。
 たとえば今日のように、山のような荷物を運ばせても、大した文句も言わずにつき従ってくれるのだ。……いや、今日はさすがに買いすぎて、ミラーも愚痴のひとつやふたつをこぼしたが。

「マスター」
「うん?」
「サーフボードは31日前に買ったはずですよね。今日また買う必要性は無かったと判断出来るのですが」
「だー、よく見ろよ。同じサーフボードじゃないだろ?」
「はい、デザインは異なります。しかし機能は同じですよね?」
「……あのな! 俺はね! そのデザインが気に入ったんだ。何か文句でも?」
「いいえ。ただ、マスターは常日頃『無駄は省け』と申されますから」
 ミラーの表情は一向に変わりないのだが、創り主の蘇芳にはビンビンと伝わってくる。 『これは無駄です』と言わんばかりだ。
「そもそもマスターはサーフィンを左程なさらな……」
「あー! もう言うな! 何にも言うな! そんなこと言ったらもうひとつ買うぞ! 次あの店!」
「……了解しました」
 そのとき、蘇芳は眼前のスポーツ用品店から、不意に目線を右へとずらした。
 ミラーはプログラムであり、またその身体は機械である。人間と違い、気配に怯えることも虫の知らせに気が急くこともない。
 蘇芳は、人間だった。

 蘇芳にとっては売り言葉に買い言葉か、
 ミラーはただただ言われるままに、
 ふたりは3軒目のスポーツ用品店に入った。ミラーが指摘した通り、蘇芳はスポーツをあまりしない男であった。スポーツに割けるほどの時間があるならば、ネットに繋いだりパソコンを組んだりに使うのが、蘇芳という男だ。AIは真実しか言えない。それに腹を立てるのは理不尽なことだと気がつきつつも――蘇芳はミラーを引っ張って、サーフボード売り場に直行した。
「俺はちょっと見てるから、お前は待ってな。済んだら呼ぶ」
「了解しました」
「でも、臨機応変に行動するんだぞ。ずっと同じ場所に突っ立ってたら不自然だからな」
「了解しました」
 よし、と頷き、蘇芳はミラーと別れた。
 彼は最早サーフボードに興味はなかった。もとより、この店に入る直前から彼は興味と意地を忘れていた。
 ミラーは本当に気づいていないのだろうか。だとしたら、プログラムに若干の改良を加える必要があるかもしれない――あんな、いかにも危なげな輩が尾けてきているというのに。


 気がつくと、蘇芳は黒塗りの車の目前にいた。
 ――思い出せ、自分はどこまで覚えている? なぜ自分は強面の男3人に脇を固められて引きずり回されているのか? 道行く人々は見て見ぬふりだ。お前ら、俺に何かあったらみんな後で調べて訴えてやるからなー! 俺を見殺しにした罰だ!
 いや、それより考えろ。
 頭が痛い。どうやら一瞬気を失っていたらしい。原因は考えるまでもない、殴り倒されたのだ。
「ミラー!」
 この男たちに見覚えはない。
 大方、普段から鎬を削っている企業に雇われでもしたのだろう。或いは単なる金目当ての誘拐かもしれない。どちらにせよ、あの黒塗りの車に詰めこまれたら、終点は東京のどこかの事務所であり、最悪青木ヶ原か東京湾だ。
「ミラー!」
 ここで適当に片付けて黒幕を聞き出し、企業の弱みでも握ることが出来たなら――蘇芳はそう画策したのだった。ひとりでやってみたかった。自分は自分の為にミラーを創り上げたのだ。ミラーなくして生活出来ないことになることを、蘇芳はどこかで危惧していたのか――或いは、ただ単に自分の手柄にしてみたかったのか。要するに蘇芳はミラーを道具だとは考えていなかったのだ。
「ミラー!!」

 スポーツ用品店の3階の窓が割れ、黒い長身な影が飛び出してきた。
 男は、すでに日も沈み始めているというのに、サングラスをかけていた。表情ひとつ変えずに男は地面に降り立った。
 その顔には、怒りも焦りも浮かんではいなかった。
 戦闘プログラム読み込み開始――完了。
 通行人多数につき、スタン・モード選択。
 頭部及び胸部への打撃を控えよ。
 車両ナンバー記録。
 戦闘終了時、車両データ参照。
 マスター救出を最優先任務とする。
 ――臨機応変に。

 ミラーは瞬く間に3人の男を畳んでしまった。戦闘プログラムに改善の余地はなさそうだ。蘇芳はどうやら、その辺りのプログラミングに無意識に力を入れていたらしい。
 どこで覚えたのか、それとも蘇芳が(やはり無意識のうちに)プログラムしていたのか――ミラーはぱんぱんと手を叩いて、コートの襟をパシッと直し、
「『準備運動にもなりゃしねェ!』」
 勝ち台詞まで吐いたのであった。
 ……確か、こいつ創ってた頃格ゲーのプログラム改竄して遊んでたっけな。
 蘇芳は噴き出しそうになったが、表面では口を尖らせながら、服の乱れを直した。
「遅いじゃないかよ」
 ミラーはそれを強がりとも照れ隠しとも受け取ることは出来ずにいるだろう。ミラーは案の定、表情を変えずに遅れた理由を述べただけだった。
「マスターがかさばるものを買ったからですよ。置き場所を探していました」
「持ったまま跳んでくりゃいいじゃないか!」
「行動に制限がつきます」
 蘇芳は、がくりと項垂れた。まだミラーは、『臨機応変』という概念をよく理解していないようだ――どうプログラムを組み直すべきだろうか。そのくせ、最近は妙に口答えをするのが気にはなる。ひょっとすると、ミラーは自分が教えなくても近いうちに臨機応変に物事に接することが出来るようになるのではないか。それがAIの醍醐味というものなのかもしれない。気長に、学習していく様を見守っていたらいいのだ。
 ……いやそれよりも、今日は帰ってからすぐにやるべきことがある。
 蘇芳は足元でのびている男たちに目を落とし、にやりと笑った。
「車両ナンバーからの検索では雇用元が判明しませんでした」
「やっぱり『臨機応変』ってのがまだよくわかんないらしいな。こういうときは――」


 東京の某大手コンピュータ会社は大混乱に見舞われていた。わりと大きな会社だったのでニュースにも取り上げられている。サーバーが完全にダウン、さらに脱税と暴力団との関与を示すデータが匿名で警察に届いたのである。サーバーに何者かが侵入したのは明白だったが、この場合クラッキングに遭ったと言うべきなのか、ハッキングに遭ったと言うべきなのか。
 ミラーはそのニュースにただじっと聞き入り、すべてを記録していた。
 蘇芳がシャワールームから出てきた。長いシャワーだった。彼がシャワーを浴び始めた頃にこのニュースは始まり、出てきた頃には終わっていた。今は、とあるスポーツ用品店の前で暴力団員が殴る蹴るの暴行を受け、あまつさえ脅されたというニュースが流れている。
「マスター、以前プレゼンテーションで一緒になった――」
「あー、あの会社か? 何かあった?」
 蘇芳はにやにやしながら髪を拭いていた。
 ミラーはそれ以上言葉を続けず、黙って冷蔵庫からビールを取り出すと、蘇芳に手渡した。彼のマスターは、シャワーや風呂が終わると96%の確立でビールを飲む。
 そして――何かよからぬことを企み、或いは成し遂げた後、99.8%の確率でしらばっくれながらにやにやする人間だ。日本企業の穴だらけのセキュリティをすり抜けて、サーバーをダウンさせることもデータを盗み出すこともお手のもの。
 それらのデータから、ミラーは午後6時13分に某会社を陥れた人物が誰であるのか悟ったのだった。
「……いかがでしたか?」
 ビールを一気に喉の奥へと流しこんだ蘇芳に、ミラーはただそう尋ねた。
「スッキリさ!」
 蘇芳は鼻歌さえ歌いながらリモコンを手に取った。それはテレビのものではなく、DVDレコーダーのもの。
 彼は各局の6時のニュースをしっかり録画予約していたのであった。

「これほど嬉しそうなマスターを久し振りに見ました」
「久し振り? 俺はよく嬉しがるはずだけど」
「……俺が完成したとき、マスターはそんな顔をしていましたよ」
「そっ――そうだったっけか?」
「間違いなく」
「そ、そのデータ、消しといてくれ」
「了解しました」
「……わったったっ、ちょっと待て!」
「はい?」
「……やっぱ、残しといてくんない?」

「……了解しました」

 何故とは尋ねてこない。
 このときばかりは、ミラーが『臨機応変』ではない石頭であることを、蘇芳は少しばかり感謝した。感謝する先は、よくよく考えると自分なのだが。


(了)
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東京怪談
2003年07月15日

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