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『人災は忘れてなくてもやってくる!?』
九尾・桐伯0332)&ヨハネ・ミケーレ(1286)

<残されしもの>
「……所持金はいくらですか?」
 ほんの数十分前。上司からいきなり『助けを求める子羊が居ます。至急来てください』なんて電話がかかってきて、取るものもとりあえずこちらにやってきたヨハネ・ミケーレを迎えた九尾桐伯は、開口一番こうのたまったのだ。
「え、えと…、三千円くらいでしょうか…」
 慌ててやってきた為、財布には交通費程度しか入っていない。何より聖職者である彼が普段から大金を持ち歩いているはずなど無いのだが。
「そうですか……。手持ちが足りませんか」
 ヨハネの返答を聞き、九尾がそれはそれは残念そうに、哀れみをもった視線で口を開く。
「は、話が見えないんですけど…?何がどうしたんですか?九尾さん」
 なんとなく不吉な予感を感じ、ヨハネが恐る恐る尋ねれば、彼は細い指先をすい、とカウンター席の一角に向けた。
 そこにはずらりと、空になったグラスが並んでいた。
「世界一周をするには、少々お金が足りなかったようです」
 シンガポールスリング、ニューヨーク、ブルーハワイ、マンハッタン、カリフォルニア、パリジャン、アラウンドザワールド……なるほど、伝票には世界各地にちなんだ名前のカクテルの名がズラズラと記されていた。
「こ、これ、全部師匠が……」
 フルフルと震えながら伝票の一番下、合計額を凝視するヨハネにバー「ケイオス・シーカー」の店長兼バーテンダーの九尾は溜息をつきつつ怪しげな笑みを浮かべ、
「上司の不始末は、部下の不始末という事で、ヨハネ君に体で返して頂くしかありませんか」
「か、からだっ!?」
 九尾の爆弾発言に、借金のかたにうら若き乙女がごろつきどもに売り飛ばされてしまうという──某時代劇の中のお約束の一幕がぐるぐると脳内再生され始める。
「……という訳で、此方のギャルソン服に……いかがしました?ギャグ漫画のキャラクターのような顔をして?」
 青を通り越して白くなって縦線をバックに背負い、アッチの世界に行ってしまっているヨハネを不思議そうに見やっていたが、やがてポンと手を打つと得心顔になり、
「メイド服やバニースーツの方がお好みですか。では、知り合いの店に頼んで借りましょうか」
 今しも、その『知り合いの店』とやらに電話をしそうな九尾の姿に、一気に現実の世界に戻ってきたヨハネが高速で首を振る。
「ち、違います、違います、違いますっ!!!」
 力いっぱい、目にうっすらと涙すら溜めて否定するヨハネ。ギリギリの精神状態で持ちこたえている彼をしかし、九尾は思いっきり後ろから蹴り落とす。
「冗談です」
「……あ、あああぁぁ〜ッ」
(絶対、あれは本気だ、本気でしたっ!)
 へなへなと近くの椅子にしがみついて我が身の不幸を嘆くヨハネに、涼しい顔をして言ってのけた九尾が、先程のギャルソン服をもう一度示し、
「ともかく、世界旅行の代金分、今夜しっかりとヨハネ君に仕事をしていただきますよ」
 にっこり。
 内心を悟らせない、完璧な営業スマイルで言い切った九尾に、ヨハネは諾々と従うしか術は無かった。
(しぃ〜しょぉ〜!!!恨みますよぉ〜〜〜!!)
 もうその頃には、自分が、人を呼びつけておいてちゃっかりトンズラした上司に目の前の怒らせると非常に恐ろしい相手に売られてしまった事を理解してしまっていた。
 そして悲しいことに、ヨハネは九尾とのこれまでの付き合いの中で抵抗する事の無意味さについて、身にしみて分かっていた。
「わかり、ました。今日だけでいいんですね?」
 だからヨハネは頷いてみせる。
───…心の中で、目の幅涙を零しながら。

<悪魔が来たりて……?>
「あら、貴方あたらしい子?可愛いわねぇ…」
 ウィングカラーの白のシャツに、黒の蝶ネクタイ、そして黒のベストに身を包んだヨハネは、年齢の割に幼い顔立ちと職業柄ゆえの汚れを知らないような純粋な笑顔と相まって、年上の奥様には堪らない魅力を振り撒いていた。
「あ、ありがとうございます…」
 何とか引きつらないように笑顔で注文の品をテーブルに置くと逃げるようにカウンターに戻った。
 が、一息つく間もなく、ドアが開き新しい客がやってくる。
 カクテルコンクールでも常に上位をキープする実力の持ち主である九尾の店は、酒の愛好家や、彼のルックスに惹かれてやってくる女性客で繁盛しているようだった。
 しかも、今日は会社員が時間を気にせず飲みにいける金曜日である。忙しいはずだ。
(とほほー…)
 入れ替わり立ち代り来る客に応対しながら、ヨハネは内心ぼやいてしまう。
 奉仕する事が仕事とも言える聖職者である彼は、仕事すること自体は嫌いではない。
 むしろ人と触れ合いながら、体を動かすこの仕事は割と隙かもしれない──だが。
 なんというか……異様な程、からかわれてしまうのである。お客に。
 先程の奥様なんてまだ良い方で、その前なんていかにもニューハーフですというお兄さんに尻のあたりを撫でられたのだ。
 目のやり場にこまるような色っぽいお姉さん達にも、さんざん『可愛い』を連呼され、どぎまぎする様をまたからかわれ…──。
 しかも、助けを求め九尾を見やっても、『非常に優秀なバイトに来ていただいて、大助かりですよ』なんて喰えない笑顔で再び戦場に送り出されてしまう。
(お酒って、つい気持ちが大きくなったりするから恐いな……)
 無理やり妙な客が多いのは酒が入ったせいだと自分に言い聞かせ、ひたすら働くヨハネは知らない。
 九尾が裏で手を回して『そういう客』をわざわざご招待したことに。
「……別にね、面白ければ代価は結構なんですよ」
 シェイカーを振りながら実に楽しそうに呟いた九尾の言葉は、幸か不幸かヨハネの耳には届かなかった。

<虎穴に放り込まれたら、固辞は無理>
 仕事が終わる頃には、身も心も疲れ果て、ヨハネは生きる屍状態だった。
「お疲れ様でした、ヨハネ君。これはお礼ですよ」
 ぐったりとしているヨハネを哀れに思ったのか、ノンアルコールですから、と言いながら九尾が目の前にグラスを置く。
「ありがとうございます」
 これで終わったのだ、という開放感も手伝ってヨハネは全く警戒することもなくそれを飲み干した。
 だが。
「あー。なんだか体があったまってふわふわしますねぇ……」
 疲れきった体に、ノンアルコール飲料とはいえ良く効いたようで、ヨハネはグラスを置くと直ぐに眠りの世界に旅立ってしまった。
 もしかしたら、何か入れてあったのかもしれないが。
「では、最後のお仕事とまいりましょうか」
 にこりと笑みを浮かべると、九尾は軽々と意識の無いヨハネを肩に担ぐと車に押し込んだ。


 やがて、車は有名な歌舞伎町のSMクラブの前で停止し、すやすやと幸せそうな寝顔をさらしているヨハネを降ろして何処かへと走り去る。
「……さて。2時間程したら回収して差し上げますから、楽しませてくださいね」
 ギャルソン服に仕込んだ隠しカメラをモニタリングしつつ、九尾は実に愉快そうな笑みを浮かべたのだった。
 その後、それこそ『どうにでもして下さい』という服装で放置されたヨハネ君が、美しくも恐ろしいお姉さま方に思いっきり可愛がられてしまったのは、言うまでも無い。


────…アーメン。


<終わり>
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東京怪談
2003年07月15日

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