▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『計画遂行のために・雇用編 』
李・杳翠0707)&ベバ・ビューン(0069)
●あなたを待ってる人が居る
「ふむ……次の辻を左に折れたらよろしおすな」
 梅雨明け切らぬ曇り空の下、全面に手書き文字が記されたチラシを片手に、てくてくと路地を歩いてゆく中華風の装いに身を包んだ青年が居た。
 そして件の辻に差しかかった青年――李杳翠は、左に曲がろうとしてふと足を止めた。
「あら? これは違いおすな。右……と読むのが正しいんですやろ」
 チラシに記されていた文字は、お世辞でも上手いとは言い難かった。平たく言えばへたくそ、まるで子供が書きなぐったような文字であった。
 さっそく回れ右。杳翠は辻を右に折れていった。
(手書きのチラシやなんて……大層苦労されとるんですやろなあ)
 チラシをしげしげと見つめ、溜息を吐く杳翠。そのチラシには次のような文句が書かれていた。『人員募集! 来れやる気のある若人! 陸海空が君を待つ!』と。最後の一文は意味不明だが、何らかの人員を募集していることは明らかだった。
 文句の下には賃金が記され、さらにその下に住所と行き方が記されていた。
 常々――夢魔であるのに――人様の役に立ちたいと思っていた杳翠が、このチラシを見たのは街中にある電柱であった。チラシを見た杳翠は反射的にチラシを剥がし、指定された住所へ向かおうとしていたのである。
 で、気になる賃金だが――定められている最低賃金をさっくりと下回っていた。賃金ではなく、子供の小遣いと言った方が相応しいかもしれない。
 けれども杳翠は低賃金を気にする様子もなく、むしろ見た時にはこうつぶやいていた。
「きっと、御手当てを払われへんほど困ってはるのに違いありまへん!」
 ……物事は捉えようか。まあ杳翠がそう考えているのなら、とやかく言うことではないが。
「今度も右、いや左おすな」
 杳翠はまるで暗号解読かのごとく文章を読み解き、さらにてくてくと歩いていった。

●紺色じゃありません
 やがて杳翠が辿り着いたのは、ひっそりとした雰囲気の漂う古いビルであった。
「……ここでええんですやろか」
 ビルを見上げ、思案顔の杳翠。どう見ても、人が居るようには見えなかったのだ。もっとも幽霊の類なら居るのかもしれないが。
「あ」
 ふっと正面に向き直ると、ビルの入口に大きな矢印が描かれたチラシが張られていた。チラシの紙は、杳翠が今手にしている物と同じようである。
「入れっちゅうことですやろな」
 杳翠は矢印に従うようにビルの中に入っていった。ビルの中には至る所にぺたぺたと矢印の描かれたチラシが張り付けられていた。
 矢印を追いかけてゆく杳翠。階段を昇ったり降りたりしながらしばらく進んでゆくと、やがてとある部屋の前に着いた。
「ここおすか」
 若干疲れたように溜息を吐く杳翠。部屋の扉には『オーディション会場』と記されたチラシが張られていた。件のチラシと全く同じ筆跡である。ここで間違いなさそうだ。
 杳翠は扉をノックした。しかし中から返事は返ってこない。杳翠は首を傾げつつ、その扉を開いてみた。
「あのー……チラシを見て来たんおすが……」
 開けた扉から顔を出し、部屋を見回す杳翠。視線が部屋の中央でぴたっと止まった。
 そこに居たのはマントに身を包んだ子供だった。頭の上には長い緑の髪で作ったお団子2つがあり、なおかつ髪はまだ余っている。解くと、かなりの長さになるであろうと思われる。
 その子供は、まるで日曜夕方に放送されている長寿演芸番組の大喜利コーナーよろしく、何枚もの赤座布団を積み重ねた上に偉そうに鎮座していた。
(ふふ、ようやく人が来たか)
 子供――いや、子供のように見える謎の人物ベバ・ビューンは入ってきた杳翠の姿を見ながら、妖し気な微笑みを口元に浮かべていた。
(うん? いつぞやの鍋の時に見た顔か。まあいい、これで新たな計画を進めることが出来る)
 そう、件のチラシを作ったのはベバであった。そのベバが考える『新たな計画』とはいったい……?
 さて、ベバが杳翠に向かって何か言おうとした瞬間、先に杳翠がベバに突進してきた。
「あり?」
(む、刺客か!?)
 予想外の行動に身構えようとするベバ。だが、杳翠の動きの方が一瞬早かった。次の瞬間、ベバは杳翠にぎゅっと抱き締められていたのである。
「こないなお子様が! うう……ほんまに大変でしたやろなあ……。賃金なんかどうでもよろしいっ! うちがお役に立たせてもらいます、力になりますえ〜っ!!」
 ベバを抱き締めたまま、うるうると涙する杳翠。どうも杳翠の頭の中で、『健気な子供が苦労しながらも人手を欲している』というような物語が瞬時に構築されたらしい。
「え……えへ?」
 少し困った様子のベバ。しかし『賃金なんかどうでもいい』といった杳翠の言葉を聞き、別に誤解を解くこともないかと考えていた。無償で意のままに動いてくれる部下なら、申し分ないのだから。

●噛み合わない計画説明
 オーディションをすっ飛ばし、即座に採用となった杳翠はベバから何をするのかという説明を受けていた。といっても口頭ではなく、ベバが紙に色々と書いているのだが。
 座布団に鎮座したままのベバは、さらさらと紙に文字を書いて杳翠にそれを手渡した。
「ク……クサーマクリーン運動?」
 不意に杳翠の脳裏に、草間興信所の草間武彦の姿が浮かんだ。はて、何か関係あるのだろうか?
「これ、草間さんと何か関係があるんおすか?」
 杳翠がそう尋ねると、ベバはこくんと頷いて新たな紙を手渡した。そこには『草間を綺麗さっぱりに処理する』という文章が記されていた。
「草間さんを……」
 悩む杳翠。当然の反応だろう。
「えへ」
 ベバが杳翠の悩む姿をじっと見つめながら、返事を今か今かと待っていた。そして杳翠は決断した。
「よろしおす。うちも草間さんには、1度こないな運動が必要やと思うてたんおす」
 表情を引き締め言い放つ杳翠。返事を聞いたベバは嬉しそうに手を叩いた。
(クックック、頼もしい。これで今度こそ……今度こそ草間を抹殺出来る! 新たなる草間抹殺計画、発動の瞬間だ!!)
 何ということか――ベバが募集していたのは、『草間抹殺計画』遂行のために必要な人員だったのだ!
 いくら人様の役に立ちたいからといって、杳翠は悪事に加担するというのか。だが、杳翠は別の意味でこの『クサーマクリーン運動』を捉えていた。
(草間さん、時折えらい格好おすからなあ。無精髭生やしてたり……1度綺麗さっぱりさせるのも必要ですやろ)
 ……確かにそう取れないこともない。明らかにベバの書き方ミスである。
(嬉しおすなあ……1度で2人のお役に立てる仕事やなんて)
 杳翠は心の中で、ぐっと拳を握り締めていた。何とも幸せな性格だ。

●草間、帰宅中
 夕方近い頃――草間武彦は紙袋を抱え、事務所への帰路についていた。紙袋の中には、ぎっしりと煙草やらお菓子やらが詰まっていた。
「今日はついてたな……何連チャンだ? あんなに出たのも久し振りだ」
 ぼそっとつぶやくほくほく顔の草間。どうやらパチンコでかなり勝ってきたらしい。
(当座の煙草は確保出来たし、お菓子は皆で分けるとしよう)
 そう考えていた草間がしばらく歩いてゆくと、目の前に煙草が1箱落ちていたのが見えた。ぴたっと立ち止まる草間。
 そんな草間の様子を、物陰に隠れて見つめている2つの人影があった。杳翠とベバである。
(クク……待ちくたびれたぞ、草間。ここが貴様の墓場となるのだ!)
 相変わらずのにこやかな目で草間を見つめるベバ。だがその視線は、獲物を狙う狩人のようであった。
 ここに2人が居るということはどういうことか。そう、あの煙草はベバの罠であったのだ。
 草間が来る前に杳翠に深い落とし穴を掘らせ、上手くカモフラージュしてから煙草を置いたのである。
(奴がヘビースモーカーなのは周知の事実。煙草を目の前にしたら、拾わずにはいられまい! 拾ったが最後、埋めてやろうぞ!!)
 せこい手段のような気もするが、ベバの分析はなかなか的を射ていた。草間ならまず拾うであろうと思われる……いつもの草間ならば。
 けれども今日の草間は、いつもの草間ではなかった。
「……違う銘柄だな」
 置かれていた煙草は、草間が普段吸う銘柄ではなかった。でも懐が寂しかったなら、拾っていたに違いない。しかし、パチンコで勝ってきた帰り。懐は温かい所か、かなり熱かった。
「ま、いいか。そのままにしとこう」
 結果――草間は煙草を避けるようにして、先に進んでいった。自ずと落とし穴を避ける形になる。
「あり?」
 予想外の草間の動きに、首を傾げるベバ。
「拾わずに行きおしたなあ……」
 頬をぽりぽりと掻く杳翠。するとそこに、別の全く関係ない男がやってきた。
「お、煙草落ちてる。ラッキー♪」
 男が落ちている煙草を拾おうと駆け寄ってくる。次の瞬間、男の姿は2人の視界から消えた。
「うぅ〜〜〜〜〜わぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 男の悲鳴が辺りに響き渡り、最後にドサッという音が聞こえてきた。
(くっ……次だ! 次の作戦だ!)
「あ、あの? あのままでええんおすかっ?」
 ベバは杳翠の腕をつかんで、次なる場所へ移動しようとした。困惑する杳翠をぐいぐい引っ張りながら。

●炸裂! ベバキック!!
 それから2人は、草間が事務所に帰るまで様々な――落とし穴と大差ないせこさの――作戦を決行した。けれども当然と言おうか、どれもこれも失敗続き。草間は無傷のまま、事務所に帰り着いてしまった。
「どれもこれも失敗おしたなあ……」
 意気消沈してビルに戻ってきた杳翠は、溜息混じりにつぶやいた。ベバはその前を歩き、先にビルの中に入っていった。
 杳翠もその後に続こうとした。が、ベバがくるりと杳翠の方に振り返った。そして……不意打ちの形で、ベバキックが杳翠に炸裂した。
(この役立たずが!!)
 自分の立てた手法に問題があると考えないのか、怒りの矛先が杳翠に向いたのである。ビルの外に蹴り飛ばされる杳翠。これが意味するのは――解雇だ。
(次こそは亡き者にしてやる! クク……首を洗って待っているがいい、草間!)
 と心に誓いながら、ベバはビルの中を歩いていった。次なる手段を目論見ながら。
 一方蹴り出された杳翠はというと、ビルの外で夜空を見上げながら、自らの不甲斐なさを悔いていた。
「うちの力が足らなんだばっかりに……うう、情けない。次こそはっ、次こそは人様のお役に立ってみせますえ〜〜〜っ!」
 杳翠は涙を浮かべ、夜空に輝く星たちに誓うのだった――。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.