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『南国温泉騒動記 』
草壁・さくら0134)&シュライン・エマ(0086)



 ハイビスカスの花が揺れる。
 吹き抜ける風は熱気を孕み、突き抜けるような蒼穹では太陽がぎらぎらと輝く。
「とても同じ日本とは思えませんよねぇ」
 草壁さくらが言った。
「そうよねぇ」
 頷くシュライン・エマ。
 南国薩摩。
 鹿児島県は指宿温泉である。
 かつてはひなびた温泉郷だったのだが、いまではすっかり若者向けの観光地だ。
「こういうのも良いものですよね」
 草間零もにこにこしている。
 浴衣姿にハイビスカスの髪飾り。
 なかなかシュールなスタイルだった。
 ところで、この美女三人が鹿児島県にまでやってきたのには、たいして深くもない事情がある。
 じつは、さくらが商店街の福引きで宿泊券を当てたのだ。
「やっぱり日頃の行いが良いと、良いことがあるものです」
 まあ、当たったものは何とでも言える。
 勝者の余裕、というやつであろう。
 福引きを二〇回以上も引いて、同じ数のポケットティッシュをもらった零などは、運命の不条理を嘆きたくなるかもしれない。
 何ともいえない顔つきをした零の肩をシュラインが軽く叩く。
「同情の眼差しで見ないでくださいよぅ‥‥」
「まあまあ。おかげでただで旅行できたんだし」
 宿泊券は二名分なのに三名での旅行。
 当然差額が出てしまうのだが、それを負担したのもさくらだった。
 なかなか太っ腹なことである。
 日頃のおこないの良さを主張するのも、事実からそう遠くはないだろう。
 なんやかやと言いつつ、シュラインも零も友人の厚意に感謝している。
 少なくとも、この段階では。


 指宿温泉といえば、名物はやはり天然砂蒸し風呂だろう。
 砂風呂というのは、ようするに顔だけ出して砂に埋まるのだ。
 そうすると地熱で暖められる。
 否、暖められるなどという次元の話ではなく、熱さとの戦いである。
 サウナに近いものがあろう。
 リフレッシュ効果が高く、大量に発汗するため美肌効果もある。
 女性ばかりこのグループが試さないわけがない。
「‥‥あつ‥‥」
 鏡の前に座ったガマガエルみたいに、だらだらと汗を流しながらシュラインがせ呟く。
 気持ちいいことはいいのだが、壮絶に熱い。
「生き返るようですねぇ」
「リラックスできます」
 なぜかさくらと零は、わりと涼しい顔をしている。
「なんで平気なのよ‥‥? ふたりとも‥‥」
 訊ねる蒼眸の美女。
「企業秘密です」
 しれっと答えるさくら。
 緑の瞳に悪戯っぽい光が踊っている。
「‥‥よーするに、ずるしてるわけね‥‥」
 呆れたように言って肩をすくめる。
 もちろん、砂の中で三ミリほど動いただけだ。
 考えてみたら、人間でない二人が美肌を追求する理由などない。
 雰囲気を味わう事ができれば充分なのだ。
「それに、砂風呂は体のみねらるが抜けてしまうとも言いますし」
「先に言えっ! それはっ!!」
 さくらの台詞にシュラインが憤慨する。
 わりと当然である。
「あらあら☆」
 笑う金色の髪の美女。
 暢気なことこの上ない。
 さくらはどこまでいってもさくらである、という解釈でよかろう。
 とはいえ、砂風呂にはリフレッシュ効果と同時に、体内のミネラル分を流出させてしまうという弊害があるのも事実だ。
 今年のシーズン前、Jリーグの横浜マリノスとコンサドーレ札幌がこの地でキャンプを張った。
 このとき、前者の監督は選手全員に砂風呂を禁止した。
 むろん理由は、さきほどさくらが述べた通りである。
 ちなみに、コンサドーレの方では別に禁止しなかったらしい。
 J1の舞台で優勝を狙って戦うチームと、二部リーグにあってすら上位に食い込めないチームでは、かくも心構えに差がある、ということだ。
 テクニックもスピードもパワーも、魂があって初めて活きるもの。
「戦う姿勢すら築きえないものたちに、戦う資格などない」のである。
 戦術だの技術だの以前の問題だ。
 もっとも、
「これはスポーツ選手などの場合で、私たち一般人がみねらるの流出を気にする必要などありませんけど」
 もう一度、さくらが笑った。
「脅かさないでよ‥‥」
 シュラインの溜息。
 砂風呂でのミネラル流出など、少なくとも一般人が気にするようなレベルではない。
 骨董屋の店員とはけっこう長い付き合いになるのだが、突飛な発言と行動には、いまだに驚かされる。
 だが、彼女が驚くのはまだはやかった。
「明日は、朝から池田湖に行ってみましょうね☆」
 唐突に話題を変える。
「湖‥‥ですか‥‥」
 顔をしかめる零。
 なにかトラウマがあるらしい。
「でも‥‥ここは北海道じゃないですし‥‥」
 ぶつぶつ言っている。
 どうやら自分を納得させているようだ。
「なにやってんだか‥‥」
 シュラインがくすくす笑う。
 だが、その笑いが凍り付く事になろうとは、いまの彼女には想像もつかなかった。
 神ならぬ身の上、とは、よく言ったものである。


 朝霧。
 神秘的なまでに静まる湖。
 湖畔にたたずむ三人の美女。
 なかなか絵になりそうな光景であるが、三人とも野戦服みたいなものを着ていては、多少の情緒など吹き飛んでしまう。
「ふぁ‥‥ねむ‥‥」
 欠伸をかみ殺すシュライン。
「ええ‥‥きっとこんな事になるんじゃないかと思っていましたとも‥‥」
 妙に悟りきった顔で明後日の方角を見つめる零。
「やっぱりなかなか出ませんねぇ」
 残念そうなさくら。
 彼女たちは待っていたのだ。
 池田湖に現れるという謎の怪獣「イッシー」を。
 ロマンである。
 そして、ご苦労さまである。
 さくらは出発前、とある人物からイッシーの写真を撮ってくるように頼まれていた。
 なかなか無体な要請である。
 ところが、彼女は快諾してしまう。
 那須高原に住む同族の女性の頼み事には、どうにも弱いさくらであった。
 しかし、いくらさくらが特殊能力者でも、さすがにイッシーを呼び寄せることなどできない。
 出てくれるのを待つしかないわけだが、午前三時にたたき起こされたあげく三時間近くも付き合わされているシュラインと零こそ、良い面の皮だろう。
 だいたい、そんな都合良く怪獣が登場するはずもない。
 そもそも実在しているかどうかもあやしい。
「やはり最後の手段しかありませんね」
 呟いたさくらが、するすると服を脱いでゆく。
 得意の変身能力を使って、イッシーに化けるのだ。
「なにやってんの? さくら?」
「さあさあ。お二人とも脱いでください☆」
「なんで私まで‥‥?」
 当然の疑問を発するシュライン。
「私だけ脱ぐのは恥ずかしいじゃないですか」
 そういう問題だろうか。
「ええ‥‥きっとこんな事になるんじゃないかと思っていましたとも‥‥」
 先ほどと同じ台詞をのたまいながら、なにやら諦めきった表情で零も服に手をかける。
「なんなのよ? いったい」
 そう言いつつも、シュラインも上着のボタンを外した。
 冷静鋭利な頭脳を持つ興信所事務員も、半分眠った状態では危機感を抱けないらしい。
 さくらがカメラのセットを始めた。
 裸で
 さて、ここで思い出さなくてはならないことがあるだろう。
 池田湖は観光地として有名だが、それ以上に、釣りのポイントとして名が知れている。
 なにしろここでは、巨大ウナギが釣れるのだ。
 そして夏といえばウナギのシーズンである。
 ということは、当然の事ながら池田湖周辺には釣り人がいるのだ。大勢。
 まるで、どこかで見たようなナレーションだった。
 結果もまた、どこかで見たようなものだった。
「‥‥‥‥」
 三人の前には、唖然とたたずむ中年男性。
 正体は釣り人だ。
 ちなみに唖然としている理由は、全裸の美女が一人と半裸の美女が二人、目前に立っているからだ。
 池田湖の砂がさらさらと風紋を刻んでゆく。
 空白が時間を埋めてゆく。
「‥‥あの‥‥?」
 よせばいいのに、釣り人が声をかけた。
 このあたりの反応は北でも南でも変わらないらしい。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
 悲鳴が轟く。
 湖面に映る南の国の太陽が、進歩のない人々を困ったように見つめていた。


  エピローグ

 後日のことになるが、地元の新聞に「湖畔に舞い降りた天女」という記事が掲載される。
 それは、三人の美しい天女が砂風呂を楽しむために湖畔を訪れるのだという、まるでどこかで聞いたような話であった。
 昨年の一〇月。北海道のとある地方でも似たような記事が新聞に載った。
 それを知る者は、多くはない。







                         終わり

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東京怪談
2003年07月14日

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