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『花待ち日和 』
桐守・凛子0615)&十桐・朔羅(0579)

『年々歳々花相似 歳々年々人不同』

 まだ、早い花だ。
 蕾は一掴みを残し、そのほとんどを固く閉ざしている。
 青年の静かな眼差しと佇まいは、この春待ちの大樹と良く似ていた。
 十桐朔羅は我が家の庭で、桜花を見上げていた。
 幼い頃から今まで、幾度こうしてきた事だろう。その間に得たもの、失ったもの──想う事は多い。
 だが、人は変われど花は変わらず、と言う言葉のあるように、十桐の桜もまた、季節が巡る度にその花を魅せ続ける。
 儚げに、時に豪壮に。
 二度と戻れぬ時間の中で咲き誇る花と、同じ姿で。
 朔羅は、この花が好きだった。
「少し早いが、これはこれで良いものだ……」
 サワ、と朔羅の髪を、風が触った。暖かいとは決して言えぬ。
 きっとこの状態を見たら、彼女は目を丸くするだろう。
 朔羅は、その顔を容易に思い出す事が出来た。
 開きかけの花芽は見られている事も知らず、のんびりと春を語っている。
 ただここに在るだけの花は、沈黙と言う会話で人を魅了するのだ。
 朔羅は静かに目を細めた。

 三月。
 夏の太陽が菜の花色なら、早春の陽は綿毛色だろう。
 窓から差し込む光は、柔らかく弱い。
 買い物から戻った娘は、着物の裾を整えて玄関を上がった。パラリと、黒髪が華奢な肩にこぼれる。無意識にそれを払って、草履を揃えた。
 乾いた空気に、塵が泳いでいる。
 打ちに溜めた吐息は、吐き出すとうっすら白かった。家の中が冷えているのだ。
 桐守凛子は荷物を抱え、真っ直ぐに台所へと向かった。
 胸の袋には茶葉が、手提げには朔羅への贈り物──通りすがりのショーウインドーで一目惚れした白いマフラーが入っている。
 凛子の財布には少々痛い出費となったが、気がかりがこれで一つ、払拭出来る。思わず、淡い笑みが浮かんだ。パタパタと足音も軽い。
 台所は無人だった。外套を脱ぎ、前掛けを身につける。空の茶筒を取りだし、買ってきた葉を詰めた。
 茶葉の若い香りがした。いつも飲んでいる茶の匂いだ。
 少々、値の張る玉露なのだが、特にこれが良いと言われた訳でも、頼まれた訳でも無い。
 ただ、少しでも良いものを朔羅に飲んで欲しいと、それだけの理由から、凛子はこの茶を『主の茶』と決めていた。
「これで今日のお茶には、間に合いましたわね」
 コトリと、茶筒を棚に戻す。
 ガラスを引く音さえ響く、静かな午後だ。
 薄ら寒い部屋の空気を温めようと、凛子はヒーターのスイッチを入れた。ヒューと、高い空で風が鳴いている。
 凛子は、何気なく手提げの中を覗いた。
 少しタイミングがずれてしまったが、まだまだ出番はあるだろう。
 ずっと気になっていた、あの寒そうな首筋。ふわりと軽いこのマフラーを、早く巻き付けてあげたかった。
 凛子は朔羅の姿を探して寝室を覗いた。だが、主はそこにいない。首をひねりながら、居間へ向かった。出迎えたのは、静寂ばかりだった。
 まさかこんな早くに──
 と、僅かな疑念を持ちつつも、凛子は風呂場へ足を運んだ。しかし、結果は同じだった。
 通りすがりのトイレにも声をかけてみた。そこからは、沈黙が返事と返った。
 一体、どこへ行ってしまったのだろう。
 能の稽古でもしているのだろうか。
 あまり体の強くない朔羅が、予定も告げずに外へ出るとは考えにくい。家のどこかに居るはずなのだが……。
 ふと見上げた時計は、四時を差している。そろそろ夕飯の支度に、取りかからなければならない時間だ。
「……お渡しするのは、明日にした方が良いかしら……」
 凛子は小さな溜息を漏らした。
 最後にもう一度、居間を覗き、朔羅が居ないのを確認して廊下に出た。開け放たれたサッシュの向こうに、明るい空間が見える。
「……!」
 凛子はそこで、ハタと足を止めた。
 庭の大樹の前に、見慣れた影が佇んでいたのだ。
 じっと微動だにしない後ろ姿は、咲きかけの花を見つめている。その繊細なラインは、気に溶けて行きそうなほど、儚げに見えた。
「まぁ……!」
 凛子は慌ててサンダルに履き替え、庭に下りた。パタパタと駆け寄り、後ろに立つ。
 少し冷たい空気が、凛子の頬を撫でた。朔羅はいつからこうしていたのだろう。着物一枚と言う姿で、上着も羽織らずにいる。寒くないのだろうか。
「お風邪を召されます」
 凛子は手提げからマフラーを取り出すと、朔羅の首にフワリとかけた。
 驚いたようにそれを見下ろす朔羅の顎が、白い生地に埋もれる。
 細い銀糸の髪と、白い肌。どこまでも静かな立ち居。そこに雪色のマフラーは、良く似合った。
「やはり、お似合いですわ」
 クスリと笑う凛子に、朔羅は首を傾げている。
 しかし、やがてつられたのか。
 それとも思わぬ贈り物に、自然とこぼれたのか。
「……ありがとう」
 と、穏やかな微笑を浮かべた。
 年々歳々花相似──
 凛子は頭上を見上げた。
 四方に伸びた枝先のあちこちに、三分ほど開いた蕾が散らばっている。
 春の始め。
 今年の花には、まだ早い。
「これはこれで、趣がございますね」
 凛子は笑んで、朔羅を見た。
 フと和らいで頷いた隣の顔は、優しい。
 高い空で風が鳴く。
 春の息吹を、二人はいつまでも見上げていた。


                        終わり
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東京怪談
2003年07月14日

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