▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『まだ名もなき恋へ 』
篠宮・夜宵1005

 窓から差し込んだ光にグラスの表面についた水滴が光る。ストローを軽くまわすと、少し溶けた氷がカラリと小さな音を立てた。
 平日の放課後、篠宮夜宵(しのみややよい)は偶然出合った瀬名雫(せなしずく)に誘われて一緒にカフェで寄り道をしていた。
「不思議だったんですけど、どうして夜宵さんこんな調査にかかわってるんですか?」
 夜宵は、向かいの席で一心不乱にパフェを食べていた雫が突然手を止めてそんな質問をしてきたのかその真意を図りかねて少し首をかしげた。その拍子に、彼女の髪の先がさらりと揺れる。
「だって、夜宵さんすごいお嬢様学校に通っている正真正銘のお嬢様じゃないですか。あたしが言うのもなんなんですけど、必ずしも安全ってわけじゃないでしょ? それに、あたしみたいにオカルトな事が大好きってわけでもないんだし」
と、雫は続けた。
 雫にとっては単純な好奇心なのかもしれなかったが、夜宵は雫のそんな単刀直入なところが嫌いではなかったので、
「どうしても逢いたい人が居るの」
と、夜宵は微笑んだ。

 夜宵には、前世の記憶が残っていた。
 前世の最期、
「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
      われても末に 逢わむとぞ思ふ」
と、百人一首でも良く知られているその歌を、夜宵はその人に向かって詠みかけている。
 上流の流れが岩に引き裂かれ別れても再び出逢ってまたひとつの流れとなるように、想いを抱きつつも今は別れてしまうけれどいつか再び出逢えるまでこの想いを貫こうと、まるで今生を予言するかのようなそんな歌を夜宵は残したのだという記憶が。
 だからどうしてもその相手にもう一度、今生で逢いたいのだと夜宵は雫に話した。
「彼の手掛かりを探す為なの」
 黙って話を聞いていた雫だったが、
「すごい、ロマンティック〜」
と夜宵の話に感激したような声を上げる。オカルト好きとはいえそこは女の子だ。そんな雫に夜宵は思わず微笑んだ。
思わず感嘆の声を上げる少女の純粋さが微笑ましかったからだ。
「運命の恋よね。素敵」
「……どうかしら、それは」
 うっとりとする雫とは逆に、夜宵はひどく冷静にそう言った。
「どんなに前世の思い出に心惹かれても、それだけじゃあ駄目だと思うの。それだけでは恋に憧れているだけにしか過ぎないもの」
 そう言って夜宵は1つため息をついた。
「夜宵さん、何か隠しているでしょ?」
 女の感とでも言うのだろうか、雫は夜宵のそのため息から他の男の影を感じ取った。
 夜宵は曖昧に微笑んだが雫の好奇心はその程度では誤魔化されてはくれなかったようで、結局夜宵は、心惹かれる物静かな友人がいる事を白状させられた。
 前世での彼に気持ちを残しながらも他の人に心惹かれてしまうことに、夜宵は密かに罪の意識を感じざるをえなかった。
 その罪悪感故に夜宵は純粋に「運命の恋」と感嘆出来る雫を羨ましく思ったのだ。今の夜宵にはそれを「運命の恋」と名付けてしまうことが出来なかった。そんな型にこの焦燥感にも似た気持ちが当てはまるのか。

本当にそう名付けてしまっていいのだろうか?

「誰、その友人って?」
 身を乗り出す雫に、
「内緒よ」
と夜宵はまだ半分以上残っていたアイスティーに口をつけた。
 もう……と、雫は再びパフェの攻略に取り掛かった。
「でも、なんで前世の彼を探すのにそんなに拘って、今のその惹かれているっていう彼は駄目だって決めてしまうの?」
 どうも納得いきかねるようで雫はパフェを食べながらも不服そうな顔を隠そうとしない。
「パブリックコメントね」
いくら問い掛けられたからとはいえ、彼を探しているのだと雫に公言する必要性はなかった。ただ、誰かに言うことによってもっともっと自分の行動意欲を高めたかったのだ。
「夜宵さん、彼を探したいんじゃないの?」
「彼にもう1度逢いたいっていうのは本当よ。だから、彼を探したいのも本当。でもそれを逃げ場所にしたくないの」
 前世の彼への想いが残っているから友人への気持ちを「恋」だと受け入れられないのだと、そう決めるのは簡単だ。
 でも前世の自分と、今生の自分。確かに記憶こそあるものの、それぞれは全く別の人間で全く別の人生を歩むのだと夜宵は割り切っている。
 それなのに、前世は前世、今生は今生と割り切ることが出来ないほどの想いが夜宵の中には確かに存在しているのもまた事実だった。

 逢いたい。逢いたい。逢いたい。

 夜宵の中のもう1人の自分が確かにそう叫んでいるのだ。
 星の数よりも多い出会いの中から何故そんなにも彼だけを求めいているのか。その答えはまだ見つからないけれど、きっと再び出会うことが出来ればきっとこの気持ちの答えも見つかるだろう。
 ガラスの向こう側、行き交う人たちを夜宵は眺める。
 腕を組む恋人たちの姿の中に未来の自分の姿を探すように。


Fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.