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『血よ、潮騒に遊べ 』
久我・直親0095)&雨宮・薫(0112)

 海だ。
 車を降りて、目を細める。
 とうに日が落ちたという事もあって、周囲は、身にまとっているスーツと判別が付かないほど、暗く、闇に閉ざされている。
 それでも、どこか水分を含んだ風と、耐えることのない潮騒が、そこが海だと知らしめていた。
 砂を踏みしめる。
 磨き上げられた革靴に、白い砂がかかり、ぎし、と締め付けるような音がする。
 立ち止まり、夜の海よりさらに暗く底しれない漆黒の瞳を波打ち際へ向ける。
 と、かすかに、常人であれば決してききとめる事すらないほどかすかに、砂を踏みしめる音が聞こえた。
「お前も呼ばれたか」
 振り返りもせず、久我直親は口の端で笑いながらつぶやいた。
 と、間をおかずして、闇を貫く光のように良く通り、耳に心地よい声が反論する。
「依頼人が久我だけでは、心許ないというんでな」
 いつもよりかすかに低い声。その声だけで彼――雨宮薫が憮然と、愁眉をよせて自分の背中をにらんでいるのがわかった。
 ふ、と笑いを漏らす。
 十八才の、まだまだ未発達の少年が、大の大人――それも世の中の裏を知り尽くしている久我に言うセリフではない。
 が、笑止、と切り捨てないのは、今までにあったいくつもの戦いで、この少年の――雨宮薫の力を知らされているからに他ならない。
 双方、代々続いた陰陽の家を継ぐ者。
 同じ古の血と技を受け継ぎ、才能を歴史の闇に開花させる者。
 幾度も仕事で顔をあわせては、戦いを共に乗り越えてきた。
 自分がこの少年に劣っているとは想わない。比べる事自体が馬鹿げている。なぜなら、二人は「陰陽師」と呼ばれる存在であれど、その技の系統は全く違う。
「足を引いてくれるなよ」
 海風にみだれた髪をかきあげながら言う。
「お前こそ」
 張りつめた薫の声が、潮騒を越えて淡々とかえる。
 辛辣な口調なのに、どこかその言葉は周囲でざわめく波の音を感じさせる。
「相変わらず、行き当たりばったりに何の調査もなしに来たか」
「ふ、アクティブなだけだ」
 さり、と砂を踏みしめて闇に目を細めた。
「自慢する事か……偉そうにするのと、本当に偉いのは違うぞ?」
 軽やかに砂が踏まれる。まるで死ぬ間際の蝶が最後に羽をふるわせるように、かすかで刹那的な動きで、薫が久我の隣に並ぶ。
 波の音が、遠くなる。
 心地よい。
 この、少年の……薫の存在が心地よい。
 内包する圧倒的な力、それを全く面に出さない鉄壁の自制心。
 張りつめた精神は、まるで白銀のナイフのように冷たく、鋭く、危うい。
 その危うさが、心地よい。
 そして薫も、また。
 何かに身を委ねるように、まぶたを伏せた。
 潮騒だけが単調に響く。
 だが、その時間の経過ごとに、まるで波が寄せて引くように、久我の「力」が薫の「力」を誘い、また、誘われ、自然に、まるで最初からそうなることが定められていたかのように同調していく。
 ――来た。
 両者が全く同時に瞳を見開く。
 目に映るのはもはや闇ではなく、血に飢えた妖。
 鬼の顔に、牛の身体。変化した尾は人間ににた女のカタチ。
 海水に濡れた髪を身体にまとわりつかせながら、冷たく笑っている。
 石見の牛鬼。
 時を告げるように、厚い雲間からあらわれた銀の月が、黒光りする牛の巨体と、ゆがんだ鬼の顔を照らし出す。
 刹那。
 久我と薫は同時に砂をけり、波打ち際へと走り抜けた。
 寸分の違いもない両者の行動。しかし、それに打ち合わせなど必要はない。
 わかる、のだ。
 言葉に出さずともお互いの動きはしれる。
 もはや気配は同一にして、無。
 空気よりも自然に、海の波が寄せて返すよりも当たり前に。
 感じる。
 らん、と牛鬼の金の瞳が開き、口から水弾が放たれた。
 水とはいえ、圧倒的な圧力と速度をもって放たれれば、人間の身体を粉砕することはたやすい。
 いかようにしてか、回転をつけられた海水の球が、恐るべきいきおいで旋回しながら、二人を上下左右から狙い放たれる。
 その水弾を避けるが早いか、薫と背中を会わせる。
 体温を、感じる。
 それは血の熱さであり、戦いを求める意思の表れ。
 鼓動が、重なる。
 それは狂おしいまでに、ひとつを願う、力と力の呼応。
 呪を唱える声は、上となり、下となり、混じり、離れ、お互いを魅惑し、より高みへと誘う。
 たとえるならば、それは――快感。
 久我と薫、二人の力が、否、存在自体が呼応し天に近い領域まで上り詰める予感。
 牛鬼の水弾を、まゆのように呪の糸で繊細に織り上げられた久我の力の結界が弾く。
 水弾を弾かれた牛鬼は、うろたえたのか、身体をゆらしながら、波打ち際から浜辺へと、無骨な牛の足をうごかしながら突進してきた。
 その隙を塗って、薫が呪を詠い、光の鳥と化した符を放った。
 潮騒が、止まった。
 体温も、鼓動も全てが重なり、自分の身体のどこまでが自分で、どこからが薫なのか、それすらもわからなくなる。
 光の鳥が、牛鬼に触れる。
 蒼い閃光が、海の底から出た妖をつつむ。
 静寂。そして鈍く倒れる妖の身体。
 衝撃と海風に煽られた砂が久我のスーツを汚す。
 だが、そんな事は気にもならなかった。
 こいつと――自分と「同一」になれる少年と共に戦えた。という快楽の余韻に比べれば、一着のスーツなど、何の価値もないのだ。
「終わったな」
 術の名残である、ほの白い光を身体にまとわりつかせ、薫は久我を振り返る。
「まあ、俺一人でも十分だったがな」
 唇の端をつりあげ、喉をならす。
 と、薫が意味ありげに瞳をほそめ、笑った。
「しくじっているのにか?」
「あ?」
 不意を付く言葉に、間の抜けた声をかえす、と、薫が謎めいた微笑のまま久我の頬をさした。
 と、かゆいような、ひりつくような痛みが頬に走った。
 どうやら、薫が符を放つ際に、薫を守ろうとして結界の一部が緩くなり、そこを抜けた水弾の飛沫が頬をかすめていたようだ。
 傷口を確かめようとして指先を持っていきかけるが、一瞬早く、薫が久我の手首をとり、顔から遠ざけた。
「相変わらず、気になる事はすぐ調べようとするんだな……そんな砂まみれの手で傷口をさわってどうするつもりだ」
 何かを言い返そうと想ったが、それより早く、薫が黒い皮手袋から手を引き抜き、久我の頬の血を拭った。
「っつ、乱暴だなおい」
 指の動きに呼応した疼きに顔をしかめていると、心底おもしろがっている表情で薫はポケットから絆創膏をとりだし、久我が拒絶するより早く、その傷口にはりつけた。
「ははっ。小学生みたいでお似合いだな」
「お前な」
 あわててはがそうとして、やめた。
 いつもと違う薫の子供っぽい笑顔に負けたのか、それとも、この馬鹿げた状況を楽しみたいのか。
 自分でもよくわからない。
 だが、今はこれでいい。
 また戦いになれば、また……。
 からかう薫に、苦笑しながら久我はあたまをふって、車へと足をすすめた。
 海はやはり、いつもどおりに波をよせてはただ、返すだけであった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
立神勇樹 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月07日

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