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『二つの宝玉 』
大角・御影0028
 
 0、八百万──山幸彦と海幸彦

 山幸彦と、海幸彦と言う兄弟がいた。
 山幸彦は狩りを、海幸彦は漁を得意としていた。
 同じ毎日の繰り返しに飽きた山幸彦は、兄と道具を交換し釣りに出かけた。
 ところがその最中、山幸彦は兄の大事な釣り針を無くしてしまった。そこで山幸彦は、自らの剣を潰して千本の釣り針を作った。だが、海幸彦はこれを受け取ろうとしなかった。
 山幸彦が途方に暮れていると、海神が現れた。彼は山幸彦に、『海神の宮』へ行く事を勧めた。山幸彦はそこで豊玉姫に出逢い、結婚した。そして海神から無くした釣り針と、一つの呪文、二つの珠を授かった。
 山幸彦は裕福になった。それをねたんだ海幸彦が、山幸彦の元へ攻め込んだ。山幸彦は『塩盈珠』で兄を溺れさせ、『塩乾珠』でこれを助けた。
 以来、海幸彦は山幸彦に服従を誓ったのである。

 1、ひよ子狂の唄

 つぶらな瞳。この愛らしい流線型。こじんまりとした佇まいに、しっとりと焼けた路考茶色の皮。その中には、ほんのりと甘い白餡が、余すところ無く詰まっている。
「『ひよ子まんじゅう』は、良いなぁ」
 ウットリと顔をほころばせ、大角御影は皿の上を眺めた。
 ちょこんと。
 包み紙を剥いで現れた饅頭が、御影を見上げている。
 もし周囲に誰もいなかったら、それを撫でていたかもしれない。『ひよ子』に対する御影の愛は、それほどまでに深かった。
「あの……大角さん。今までの話は大丈夫ですよね?」
 月刊アトラスの三等兵──三下忠雄は、そんな御影に不安を感じたようだ。眉を八の字に下げ、情けない顔をしている。
「え? うん。大丈夫。『塩盈珠』と、『塩乾珠』の事だよね?」
「そうです! 無くなっちゃったんですよう! 謎の紙切れを残して!」

 2、発端

 御影達がやってきたのは、都内山の手の、とある豪邸だった。砂利敷きの広い庭には、綺麗に刈り込まれた植木が、青々と枝を伸ばしており、庭石で囲まれた池に、金や紅白の錦鯉が悠々と泳いでいる。懐の豊かさを表す、まさに『道楽の庭』を抜け、二人はその家の応接室で、主と対面していた。
 癖の無い初老の男で、恵比寿か布袋か、そんな顔をしている。
 依頼人は『八百万(やおよろず)』系の、古美術珍品コレクターだった。ガラクタからレア珍品まで、目に止まった物は全て手に入れてきたらしい。
 中でも白大理石で出来た三十センチほどの、『日子穂穂手見の像』は、世間の話題を呼んでいた。その手に握られた二つの玉、『塩盈珠』と『塩乾珠』が、実に素晴らしかったのである。時価数千万。直径三センチのルビーと、五センチのサファイアが、そこに埋め込まれていたのだ。
 像は、下から見上げるような独特のアングルで、紅玉を高く突き上げ、青玉を胸に抱いていた。依頼人のコレクションの中で、最も高価な逸品である。書斎の本棚に飾っていたと言うが、全くの無防備極まりない。そして、それが盗まれてしまったのだ。
 気がついた時には、宝石だけが抜き取られており、何か先の鋭いもので、掻き出したような跡が残っていた。
 像の向こうで依頼人は、悲しそうな顔をした。
「珠を取り戻さなければ、海幸彦に攻め入られてしまう」
「そう言う問題ですかあ!?」
 三下は驚いて声を上げたが、御影は目を輝かせた。
「大変だ。それじゃ、話が変わってしまう。弟は、その珠で兄を溺れさせ、そして助けなければいけないんだ。そもそもこれは、兄の心の狭さから始まった事なんだし、これ以上海幸彦の横暴を許してはいけないよ」
 依頼人の目も輝いた。
 マニアとは、子供に等しい。
 年を越え、初対面と言う壁を越え、まるで長年の親友のごとき盛り上がり方で、二人は神話伝承について語り尽くした。
 三下はその間、不定期なタイミングで相づちを打っていた。眠かったのである。
 そして、意気投合した御影の為に、依頼人は妻に『ひよ子』を買ってこさせた。
 そして、現在に至っている。
 が──
 そもそも御影は、趣味の話をしに来たわけではない。御影の隠れた明快推理ぶりを、いつかどこかで記憶に留めていた三下に、事件を解決して欲しいと、連れ出されたのだ。
 失せ物探しのこの件は、すでに警察の手に渡っている。
 が、進展を見せていない。
 と、言うのも、家の中に誰かが入った形跡が無いのである。
 依頼人の家族構成は、妻一人、娘一人、それに九十四歳になる実父がいる。娘はすでに嫁いでいて、信州の空の下だ。事件の当日も、その周辺も地元を離れていないと言う。
 一緒に暮らしている家族は、依頼人の趣味には干渉しない。何故なら言っても聞かないからだ。だが、物の扱いについては、実父が少し懸念していたようだ。「そんな所に置いといて、盗まれたらどうするんだ」と、何度か依頼人を説教した事があると、妻は言った。
 依頼人も、その時は金庫へとしまうのだが、いつも眺めておける場所へと、直ぐに出してしまうらしい。
 実父の心配は、現実になってしまった。白昼堂々の犯行である。
「お願いしますよう、大角さぁん」
「お頼み申し上げますぞ、大角さん。これが、唯一現場に残されていた手がかりです」
 そう言って依頼人が出してきたのは、A4サイズの紙であった。たった四文字『塩土老翁』と記されている。
「警察が来るまで時間がありましたのでな。書き写しておきました。本物は持っていかれてしまいましたが、この内容に間違いはありません」
「何ですか? これ……。この人が犯人なんでしょうか」
 首を傾げる三下に、御影は細い目を一層細めた。
「あはは、かもしれないね。『シオツチノカミ』と言えば、山幸彦に珠を授けた人物。誰かが名を騙っているのか。それとも別の意味があるのか」
「実在の人では無いんですね」
 二人に頷きながら、依頼人は眉を潜めた。
「警察は、大角さんが最初に言った線で、捜査を進めているようです。でも私は、もしかしたらと思って、家の中にあるシオツチノカミを、全部調べて見たんですよ」
 そこで依頼人は言葉を切った。御影と三下を交互に見やる。唇を一回、ペロリと舐めた。
「しかし、何も出ては来ませんでした。シオツチノカミに関する物は、書籍以外に像が一つしか無いんですが、どんなに見ても何の細工も見られません」
 依頼人はそう言って席を立ち、三十センチほどの古びた木像を持ってきた。
「これがそうです」
 と、御影に手渡す。
 御影はそれを手の中でひねった。指でコツコツと叩くと、固く詰まった音がした。異変は感じられない。
「……つなぎ目も無いし、音もしっかりしてるなあ。いじったようには見えない」
「ええ」
「シオツチノカミ……。航海と塩の神か……。そこに関連した物を示すのかな」
 御影は「ううん」と言って、考え込んだ。再び依頼人が席を立つ。しばらくして戻った彼の手には、一升瓶とグラスがぶら下がっていた。
「大角君はいける口ですかな?」
 言いながら依頼人は、キュポンと栓を引き抜いた。グラスの半分にそれを注いで、御影に差し出す。裏ラベルには『大吟醸』とあった。
「これは、気に入った方にしか出さない、私の寝酒なんです。警察は──全く話になりませんでした。『八百万』の事になど、耳を貸しません。君と話していると、とても楽しい」
 依頼人の顔には微笑が広がっていた。失せ物を探しに来た御影に酒を勧めるとは、よっぽど嬉しかったのだろう。
 御影はにこやかにグラスを受け取った。三下は一人慌てている。
「ののの、飲むつもりじゃないですよね? あの、これは一応、事件解決を前提とした取材で──」
「まぁ、そう言わず。せっかく頂いたんだし」
「えええ? ちょ、ちょっと待って下さいよう! 終わったらいくらでもって、あああぁ!」
 クイと、御影はグラスを傾けた。三下が止める間も無く、全ての液体が御影の口元に消える。御影はニッコリ笑って言った。
「うん。これは美味しい。甘くないし、辛くも無い。スッキリしてるし、飲んだ後の香りが良いですね。何てお酒ですか?」
 依頼人は嬉しそうに瓶を回転させ、表ラベルが見えるようにして、テーブルに置いた。『山幸彦』と書いてある。御影と三下は顔を見合わせた。
「私も行こう。珠は、海幸彦が攻めてくる前に、戻れば良い!」
「よ、良くないですううぅ!」
 どこか呑気な御影と富豪に、三下だけが倒れそうだった。

3、推理
 
 トヨタマビメ。ホホデミ、ウガヤフキアヘズ、ホノニニギ、コノハナノサクヤビメ。
 一升瓶はすでに空になっているが、話は底を尽きぬらしい。
 三下は速記を止めていた。疲れてしまったのだ。
 御影と依頼人は、伝承の話しで盛り上がり続けている。止めど無く流れる難解名は、三下の頭をショートさせた。
「あのお……。それで、事件は……」
「ハッハッハ! まあ、良いではありませんか!」
 切り出した三下の肩を、依頼人は力一杯引っぱたいた。酒も入り、元来大きな気が、さらに大きくなっているようだ。テーブルが揺れ、グラスが躊躇いながら倒れた。指二本分入っていた液体が、ジワジワと広がって行く。御影は慌てて『証拠』を拾い上げた。
「っと……いかんな。また家内に『ドジ』だと言われてしまう」
 言って桶依頼人は、ハタと止まった。御影の顔をジーッと見つめている。
「……そうだ。ドジで思い出しました。今回の事件の犯人も、相当ドジですよ」
 御影は依頼人を見上げた。目を細めて話の先を促す。
「ああ、大した事は無いんです。ただ、この紙が上下逆さまに貼られていましてね?」
「逆さ?」
 突然、御影の考えが走り出した。『塩土老爺』をキーワードに、忙しなく脳内の回転が始まる。
 果たして、それは単なる『手違い』なのだろうか。
 恐るべき知力の持ち主が、その結論へ辿り着くまでに、そう時間はかからなかった。
「もしかしたら、それこそが重大なヒントなのかもしれない。例えば、『塩土老爺』は、山幸彦の伝承の中で、『海神』となって現れている」
 御影は、さきほど依頼人が持ってきた木像を見つめた。老人は穏やかな笑みを浮かべている。
「海の逆さ。つまり、対の物。それは山だ。『山神』を示すとしたら、調べるべき対象は──『大山積神』、『天目一箇神』、『木花咲耶姫神』、『大山咋神』、『天石門別神』に、なってくる!」
「そうか! となると、家の中にあるのは……『木花咲耶姫神の像』!」
 言うや否や、依頼人は走り出した。三下もそれに続く。
 部屋を出て、廊下を走った。階段を駆け上がり、長い通路の先突き当たりに立つ銅像に近づく。
 山幸彦の母でもある女は、柔らかな微笑を浮かべ、胸に子を抱いていた。見た目に異常は感じられない。
「違うみたいですねえ」
 三下の肩が残念そうに下がった。だが、依頼人は諦めていない。
「待って下さい。この銅像は中が空洞なんです。そう重いものでは無いので、ちょっと傾けるのを手伝って頂けますか?」
「分かりました!」
 三下は銅像を抱え、自分側に倒した。足下が浮き、隠れていた床が露出する。依頼人は這って、中を覗き込んだ。
 そして──
「ありました! ありましたよ、三下さん! 二つとも無事です!」
 依頼人は歓声を上げて、立ちあがった。
 手には二つの宝玉が握られている。赤と青。それは埃にまみれながらも、燦然と輝いていた。
「やりましたねえ! さすが、大角さんですうう! これで良い記事が書け……って、アレ? 大角さん?」
「本当だ、どうしたんでしょう」
 三下は銅像を抱えたまま、階下へと降りていく依頼人を見送った。

 4、犯人は誰か
 
 宝玉は無事、山幸彦の手に戻った。
 依頼人は、『海幸彦に攻められずに済む』と手を叩いた。数千万円と言う価値観には、一切触れない。頓着が無いようだ。三下の顔に縦縞が下りた。
 さて、犯人は一体何者だったのか。
 外からの侵入が無い以上、やはり身内が怪しい。
 それまでとぼけていた依頼人の実父が、失せ物出現と同時に、口を割った。
 保管場所にもっと注意をしろと言う、忠告のつもりだったようだが、あまりにも事が重大になってしまった為に、言い出せなくなってしまったらしい。
 騒がせてすまなかった、と頭を下げた。
 依頼人宅は騒然となった。警察は、三下を含めて説教を喰らわせた。
 その間、御影は何をしていたのかと言うと、ソファーの上で一心に眠りこけていた。
 酒に、急激なアクションが加わったせいで酔いが回ったのだ。
 それから丸半日。
 朝になり三下が迎えに来るまで、御影は一度も起きなかった。
 『八百万の宝玉、無事返る! 犯人はコノハナノサクヤビメだった!』
 記事に載ったヒーローインタビューは、「覚えてないよ」の一言だった。
 御影らしい。
 三下の報告を聞いた、月刊アトラスの編集長は、そう笑ったと言う。




PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺野ふずき クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年07月01日

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