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『stand in the rain 』
雨宮・薫0112)&雨宮・隼人(0331)

 細い針が注ぐが如く、冷たさを伴った雨が降る。
 初夏にも関わらず秋雨を思わせて暗い雨が肩に、髪に落ちかかるに任せ、雨宮薫は天を仰いだ。
 霧の細かさで頬を打つ、その感触が伴う既視感が足を止める。
−ああ、そういえば−
あの日も、冷たい雨が降っていたか。
 立ち働く人々の姿も声も、雨の紗に覆われて遠かった。
 弔いの準備に邸内には焚きしめられた香が強く、水に混じりもせずにたゆたうのを不思議に思って見ていたのを、よく覚えている。
 両親の亡骸を見る事は許されず、手伝いの女性だったかそれとも血族だったか…があまりに泣くのが困った事や、祖母の凛と張った黒留め袖の後ろ姿、などが曖昧な断片で…そして屋内であったろう筈が、降りしきる雨越しに見ていたようなイメージで蘇った。
 想起された思い出に誘われたかの如くに勢いを増した雨音だけが世界を満たし、濡れた木々も路面も重く含んだ水に、白い羅を介して輪郭を滲ませる影絵のように風景を鈍らせる。
 その、色を失って霞む視界に不意に、明確な輪郭で人の姿が弾き出された。
 薫の前で立ち止まった…小さな子供、は雨に打たれる花のように、緩く頭を垂れて佇む。
「お前は……?」
呼び掛けに応じるように、上げた顔。
 水に濡れてまだ丸みを帯びた頬の線に張り付く黒髪も、逸らす事をしない瞳も…幼い頃の自分の酷似した…否、あの雨の日の彼自身そのものだった。
 薫は一瞬、息を呑んだ。
 ……そして、微笑う。
「あまり昔と変わらないな」
眼前の現象が唐突な程…ましてやそれが怪異であれば、動じてやる道理はない。
 幼さに丸みはあるものの、彼の姿を映した、と思しき少年は線の細さや見据える眼差しが、薫の認識する己自身と差違が感じられない。あるとすれば、眼鏡の有無、と加齢しているか否かぐらいか。
 薫は視界を歪ませる程に、レンズに水滴の付着した眼鏡を引き抜いて折り畳み、弦を胸ポケットに差し入れた。
「丁度、ゴーストネットでそんな噂を聞いたばかりだが……」
応えを期待しない、半ば独言に似た台詞の胸の前に印を組んだ。
 雨の黄昏時、昔の自分の姿を見る事があるという。それは悲しい思い出を持って行ってくれるというのが専らの噂、であるのだが。
「悲しみを抱いた想い出を……喰う、か」
僅かに眇めた…陰陽師としての眼差しで、人の精神に巣くう魔魅の類であると判じる。
 幼い薫は、瞬きすらせず、ただ薫を見上げる。
「悲しくなければ、人間は幸せなんでしょう?」
変声期前の声は高い。
 そして口調が違う為か、容貌も手伝って少女を思わせる、幼い薫は首を傾げた。
「無くしても誰も困らない、そんなモノなら食べてもいいでしょう?」
「餌の都合にまで気を払うとは奇特だな」
「長生きする為の処世術、というヤツよ」
其処は多分、薫のを映したのではない…妖自身の言葉であろう、外見年齢にそぐわぬ仕草で肩を竦めてみせる。
「ですが望む、望まないに関わらずに奪うのはどうかと思いますよ」
雨の幕を静かに割って、その声は背から響いた。
 薫は振り向きさえせず、口元に僅か笑みを刷く。
 放つ霊気に、眼前の妖は呆気なく千々に砕けて水となり、崩れて広がる。
「隼人」
「心得ております」
名を呼ぶ、それだけで伝わる意。
 再び形を得ようと、今度は四方から立ち上がった人影が雨の幕内から姿を表すよりも先に術は行使されていた。
 中心で薫が放つ気を分散させずに、外からの力場で囲まれた内に満てる破魔の力…声、と呼べる声もなかった。
 ただ水音もなく崩れて消える…それが個であったのか、多であったのかすら判然としないまま、雨に人の記憶を映して喰らう、奇妙な妖は退散した。
「隼人、アレに名はあるのか?」
見知らぬ、そして過去の記録に見た覚えのない妖の正体を確としようと、彼よりも遥かに知識を蓄えている、守人へ問う。
 古くからあるのか、今の世に新しく生まれたものか…判じようとするが、守人…雨宮隼人はそれよりも彼の主の方が重要事だった。
「風邪をひかれますよ」
まるで何事もなかったかのように、隼人は穏やかに笑んだ。
「お迎えにあがりました」
年長の忠義な守人は、薫の頭上に差しだした傘で注ぐ雨粒を遮る。
 最も、薫は既に手遅れな程に濡れそぼっているのだが。
 師範としての彼は厳として容赦がないが、妙にずれた場所で過保護である…まだ小学生の頃だったか。
 同じように夕立に振り込められ、帰れずに居た薫を出先から迎えに来たはいいのだが、自身も傘を持たずにいて、二人して濡れて帰った事もある。
「相変わらずだな」
傘を受け取る動きにシャツが肌に張り付く…雨水が体温を奪ったせいか、少し覚えた寒気にひとつ、くしゃみをした。
「早く戻って、暖かい飲み物を頂きましょう」
隼人は、さり気に背広の上着を脱いで薫の肩にかける。
「……隼人?」
「はい」
見上げてくる主の眼差しを受け止め、隼人は返じる。
「どうして、傘が一本だけなんだ?」
「相合い傘です。ご存知なかったですか?」
男同士で薄ら寒く。
 嘘だ、絶対に慌てて忘れただけなんだ…とは思いつつも、敢えて突っ込まずに素直に聞いてやる薫は、隼人の育て方がよかったのだろうか。
「……帰るぞ」
雨の遮に人目に…特に、知人の目につかない内に。
 低く籠もる暗い雲が雨足を強め始め、傘を打つ。
 葉を打ち、路面を叩き、でたらめに、けれど音楽めいて調和した雨音の心地よさに耳を傾ける。
 雨に想起されるのは、哀しい記憶ばかりではない…薫はふと雲間の明るさを増した白映えに、光を含んだ雨を見上げた。
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東京怪談
2003年06月26日

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