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『夜の都 』
斎・悠也0164)&九尾・桐伯(0332)



 宵闇が街に近づき、丘から見える景色は刻々と変化してゆく。
 明るく健康的な少女から、妖艶な美女の姿へ。
 まるで咲き狂う毒花のように男たちを誘い、籠絡する。
 甘く危険な蜜の香りと淫らで蠱惑的な獣の匂いをさせて。
 花の都パリ。
 モンマルトルの丘と呼ばれる観光地である。
「こっちの方が性に合ってますね‥‥」
 金色の瞳に街並みを映し、斎悠也が呟いた。
「悠也さんは、夜の蝶ですからね」
 穏やかな風に黒い長髪をなぶらせつつ、九尾桐伯が微笑した。
「それはお互いさまでしょう」
「私はタダのバーテンダー。ホストなどというヤクザな商売はしてませんよ」
「うそつきうそつきうそつきうそつき」
 えらく平坦な口調で斎が指摘する。
 ケイオス・シーカーという名の九尾が経営するバーが、いつも女性客でにぎわっていることを黒髪金瞳の青年は知っていた。
「すごく不本意な言われ方ですね」
 笑みを絶やすことなく反論する紅い瞳の青年。
 バーの経営者とホスト。
 夜の華ともいえる水商売のコンビだ。
 そのふたりがどうしてフランスまで遠征しているかというと、じつはたいして深くもない理由がある。
 パリ第二大学の探偵学科で講演することになった怪奇探偵に随伴してきたのだ。
 名目としてはともかく、実質は慰安旅行の風情である。
 そして、慰安旅行であるならば楽しまなくては損だ。
 幸いなことに軍資金もたっぷりある。
 持つべきものは気前の良いスポンサー。
 これは探偵だろうと水商売だろうと変わらない。
「そういえばあのブランデーどうするんですか?」
 ふと心づいて斎が訊ねた。
「もちろん自分で楽しみます」
「あ、じゃあ俺にも‥‥」
「あげません」
「けちです‥‥じゃあ‥‥」
「一口もあげません」
「うぐ‥‥」
 二手先を読んだようなこと言われ、詰まってしまう。
「だいたい。飲みたいなら悠也さんも買えば良かったじゃないですか。ずっと一緒に行動していたんですから」
「‥‥高いんですもん」
「ニッポンで買えば、もっと高いですよ」
「そうですけど‥‥」
「けど?」
「お土産も買わないといけませんし、欲しいバッグとか服とかありましたし‥‥」
「大変ですねぇ」
 いっこうに感銘を受けたようには見えない九尾だった。
 斎が拗ねたような顔をする。
「すこしは同情してくださいよぅ」
「自業自得でしょう。一人に絞らないで遊びまくってるから、そんな羽目になるんですよ」
「桐伯さんひどいですー」
 泣き真似などをしている。
 モデル顔負けの美青年が。
「良いですよー 桐伯さんがパリで夜遊びしてたってあの人に言いつけちゃいますからー」
「あの人?」
「ほら、女子アナの‥‥」
「ああ‥‥大丈夫ですよ。私は信頼されてますからね」
 さらりと答える九尾。
「ぐ‥‥」
 詰まる斎。
 まあ、役者が違うというところだろうか。
 六歳の年齢差は、男としての成熟度も左右するらしい。
「とはいえ、あることないこと吹き込まれるのも少しは困りますから。一杯だけサーヴィスしてあげましょう。東京に戻ったら、私の店にきてきださい」
 ごく自然に助け船を出す。
 このあたりの話術は慣れたものだ。
「事実しか言わないですけどね、俺は。それより、今日あけないんですか?」
「旅先で飲むにはもったいなさ過ぎる逸品ですから」
「そういうもんですかねぇ」
「はい。そういうものなんです」
「つまり今日はカヴォー・デ・ズーブリエットのお酒を飲むってことですね」
 にやりと笑う斎。
「ええ。悠也さんおすすめの監獄酒場で楽しみましょう」
 悠也さん、というところをとても強調しつつ、九尾も笑った。
「‥‥自分だって背徳は大好きだって言ったくせに‥‥」
 なにやらぼそぼそとホストが反論していたが、当然のごとくバーテンダーに無視されるのだった。


 薄暗い店内。
 怨嗟の声が染みついたような石壁。
 飾られた拷問器具や処刑道具。
 カヴォー・デ・ズーブリエット。
 中世の牢獄を改造したキャバレーである。
 オブジェのように拷問器具が置かれ、ホールに花を添えている。
 しかも本物なのだ。すべて。
 普通の人間なら、あまり楽しく食事する雰囲気ではないだろう。
 しかし、背徳が好きな水商売コンビは、
「おおぅ。これアイアンメイデンですねー あの有名な」
「こっちは貞操帯です。こういうのも拷問に使っていたんでしょうか?」
 けっこう楽しそうである。
 実際に使われているところを見れば嫌悪感をそそられるだろうが、単なる展示物を恐ろしがる必要はない。
 道具は、しょせん道具に過ぎないのだから。
 柔弱な精神の持ち主では、怪奇探偵と一緒に事件など追えない。
 生きている人間の方が、ずっとずっと怖ろしいものだ。
 だからこそ面白い、ともいえる。
「お嬢さんたち、もしよろしければこちらで一緒に飲みませんか?」
 女性グループに斎が声をかける。
 男二人で飲むというのもわびしいので、少しばかり彩りを添えようとしているのだ。
 苦笑する九尾。
 まあ、斎はどこにいっても斎である。
 とはいえ、彼のナンパが成功したのにはバーテンダーも一役かっているだろう。
 なにしろ目立つ二人だ。
 東洋人自体は珍しくもない時世だが、九尾も斎も息を飲むほどの美形なのだ。
 それに、金色の瞳と紅い瞳。
 やはり金と赤のコントラストは美しい。シルバーとブラックの取り合わせと同様に。
 数分後。
 彼らのテーブルには四名ほどの美女が同席していた。
 美しさの価値は万国共通、という解釈で良いのだろうか。
 気配り上手で話も上手い斎。
 無口(フランス語ができないだけ)だが、クールで謎めいた雰囲気を漂わせる九尾。
 パリっ娘だっていちころだ。
 ただし、他の男どもは立つ瀬も浮かぶ瀬もない。
 困ったことに。
「俺としては、甲斐性のない男に協力してあげる義理はないですからねー」
 余計なことを、わざわざフランス語でいうあたり、斎もタダモノではない。
 まあ、タダモノだった方が穏当だろうが。
 いきり立った男たちが数人、彼らのテーブルに近づいてくる。
「怒ってるみたいですが、なにか言ったんですか? 悠也さん」
「パリの女性はとても美しいですねって言っただけですよ」
「本当ですか? とてもそんな感じには見えませんでしたけど」
「気のせいです。邪推です」
 くすくすと笑った斎が席を立つ。気に入った娘の手を取って。
「踊りましょう☆」
 などと言いつつ。
 あからさまな挑発である。
「やれやれ‥‥」
 苦笑した九尾も、美女を一人確保して立ちあがった。
 どこまでも優雅に。
 こうして、カヴォー・デ・ズーブリエットは、舞踏会という名の乱闘の舞台になる。
 華麗に、力強く。
 ダンスを踊りながら、突っかかってくる男どもを蹴散らすふたり。
 圧倒的である。
 まあ、踏んだ場数が違いすぎるのだから仕方がない。
 ややあって。
 店を追い出された彼らはモンマルトルの丘に立っていた。
 ふたりきり、ではない。
 人影は四つ。
 ちゃっかりと美女を「お持ち帰り」してしまったのだ。
「それでは、ご武運を☆」
「悠也さんこそ」
 笑みをかわし合ったホストとバーテンダーが、街へと消えてゆく。
 それぞれ女性を連れて。
 夜はまだまだ終わらない。
 東洋からやってきたとんでもない男たちを、巴里の街並が呆れたように見つめていた。


  エピローグ

 翌日。搭乗再確認時間のぎりぎりになって現れたふたりを見て、怪奇探偵をはじめとした仲間たちは驚き、呆れることになった。
 彼らの顔や首筋、それに衣服にたくさんのキスマークがついていたから。
 事情を訊ねる仲間たちに、九尾も斎も笑うだけで答えてくれなかった。
 出発を促すアナウンスが、シャルル・ドゴール空港に響き渡っていた。








                         終わり

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水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年06月23日

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