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『ミッドナイトシングル 』
黒澄・龍1535)&灯藤・かぐや(1536)

空と地上が一つに溶け込む時。都会が眠りに着く闇の時間。黒澄・龍(くずみ・りゅう)は愛車を転がし、夜の闇に一本のテールランプの光を流していく。
 生温い潮風を身に受けて走る港は人影も見えず、自分の好きなように思いきり走れるのが心地よい。
 遠くに見えるのは横浜の港町だろう。高くそびえるビル群と、観覧車の赤いランプが星の見えない都会の空にまたたき輝いている。
「空に光る赤い星……か」
 龍はポケットに入れていたコーヒーのプルタブを上げて、温くなったコーヒーを注ぎ込む。渋い苦味のブラックが龍の乾いた心には丁度よい。東京湾の外れのこの場所は龍のお気に入りの場所だ。ここならば、誰にも邪魔をされることなく独りを満喫できる。煩い(うるさい)大人達もいない、しつこく追いかけてくる奴もいない……
 不意に込み上げてきた思いを龍はぐっと唇を噛み締めてこらえる。独りでいるのはもう慣れた。だが、自分を慕う同じ孤児達がいまも孤独に耐えてしいたげられていることは、自分がそうであった頃を思い出させ、龍の心を今も締めつける。
「りゅーちゃん、みーっけっ!」
 背後から急に抱きつかれ、龍は思わず手に持っていた缶を地面にほうり出してしまった。コーヒーを地面にまきながら、缶は暗い海へと転がり落ちていく。首に巻かれた腕をほどき、龍は抱きついてきた娘、灯藤・かぐや(びとう・かぐや)をじろりと睨みつける。
「おい、危ないだろうが。いきなりとびかかってくるんじゃないっ」
「えへへ。やっと見つけたよぉ、ずーっと探したんだからっ」
「……何の用だ」
「んとね、龍ちゃんのためにお弁当作ってきたのー。とっておきの最新作だよっ」
 そういってかぐやは肩にさげていたかばんから小さな風呂敷づつみを取り出した。龍はちらりと横目でみるものの、すぐに視線を戻して遠くを眺めるそぶりをさせる。
「このぐるぐるはちみつかけパイン包み玉子焼は自信作なんだよっ。ほら、お口あーんさせて☆」
「今はものを食べる気分じゃない」
「そんなこといわないでっ。一生懸命作ったから、疲れなんてすぐにふっとんじゃうくらい美味しいよ。ほらっ」
 かぐやは満面の笑顔で弁当の中身を見せるが、それをうっとうしそうに龍ははらいのけた。
 カン、カラン……
 当たり所が良かったのか悪かったのか。
 弁当箱はかぐやの手から飛び出し、漆黒の闇へと身を投げ出していった。一息おいて、ぽちゃん……とはねる水音がやけに大きく二人の耳に響き渡る。
「……」
「……」
 気まずい沈黙がその場に流れる。背に走る冷たいものを痛いほどに感じながら、龍はじっとかぐやを見つめた。
「……お弁当……せっかく、作ったのに……」
 かぐやの瞳にじんわりと涙があふれだす。返す言葉もなく、龍はただ彼女を見守るだけしかできない。波間にぼんやりとみえる弁当の残骸達を眺めて、かぐやは小刻みに肩を震わせた。ゆっくりと瞳をとじ、役目を果たせず魚達のえさになってしまった食べ物達を想っているのだろうか。
「……りゅ、う……ちゃん……」
 かぐやの言葉に龍ははっと体を強ばらせる。次の瞬間、突然かぐやの背後にドリアンが出現し、龍の顔めがけて飛んできた。
 超至近距離からの攻撃に避ける暇も無く、顔面に直撃させて、異臭を放つ液を全身に浴びてしまう。
「食い物は大切にしろと言われなかったか! このクソジャリが!」
「く、果物を爆弾みたいにつかうかぐやが言える言葉じゃないだろう!」
「いいわけなんぞ聞きとうないわっ! そのクサレ根性叩き直してやるわっ!」
 かぐやの言葉が終わる前に、龍はきびすを返して駆け出した。今の彼女に何を言ってもたぶん無駄だ。とにかく今は命がおしければ逃げるしかない。
「エイダ!」
 時間稼ぎのため、龍は愛豹の黒淦豹をかぐやに向かわせる。豹は次々と放たれるフルーツの雨を機敏に避けてかぐやの首元に襲いかかった。
「はんっ! わたしにそんな攻撃が通じると思ったか!」
 せまりくる牙に動じることなく、かぐやはすっと手を頭上にあげた。途端、巨大なマスクメロンが出現して豹を押しつぶす。
「エ、エイダーッ!」
 駆け寄ろうとする龍にむかってiメロンはゆっくりと転がり、徐々に速度をあげてせまりくる。
「うわぁああっ!」
 間一髪のところでなんとか避けられたものの、メロンは背後にあった倉庫に直撃し、微塵に崩れおちる。大量の液と果実が龍に襲い掛かり体中にフルーツの香りがしみこむという、最悪の結果を導いてしまった。
「く……っ、こ……このっ」
 ここまでされては、尻尾を巻いて逃げ出す龍ではない。フルーツまみれになった上着を脱ぎ捨て、龍はなんとかかぐやの気を収めようととりあえず彼女に立ち向かった。
 だが、それは判断ミスだったのかもしれない。立ち向かおうとしたとき、かぐやから放たれた顔面に広がる果実の山に龍はそう思わずにいられなかった。
「粗末に扱われた弁当達の気持ちをあじわえぇっ!」
 フルーツの雪崩れに飲み込まれ、龍もまた深い海へと身を放りだされていった。

◇◆◇

 気が付くと龍はかぐやの膝枕を頭に寝かされていた。
「よかった気が付いたー。……大丈夫?」
 かぐやは安堵の息をもらし、いつもの愛らしい笑みで微笑みかける。
「あ、ああ……」
 かぐやの髪がしっとりと濡れ、いつもよりずっと、笑みに色っぽさが感じられた。
「いきなり海に飛び込んでいっちゃってびっくりしたよー」
「……それはかぐやのせいだろう……?」
「え?そうだっけ」
 かぐやはちょっと舌をだして悪戯っぽく小さな笑みを浮かべる。仕方ないといった様子でかぐやにばれぬよう、龍は小さく息をはいた。
「せっかく作ってくれた弁当、無駄にしちまったな。すまない」
「お弁当はまた作ればいいのっ。今度はちゃんと残さず食べてね☆」
 その笑顔が恐怖に感じられたのは気のせいだろうか。もちろんかぐやにそんな意思があるとは思えない。豹変さえしなければごく普通の可愛い女の子なのだから。
「ね、早く帰ろう。みんな待ってるよ」
「あ。ああ……」
 かぐやの手にひかれ、龍はゆっくりと立ち上がる。そういえばそろそろ集会の始まる時間だ。ずぶぬれではあるが、バイクを飛ばしてやればそのうち乾くだろう。
「でも夜景をもうちょっと楽しんでいってもいいかな。ここ、とっても綺麗だし……」
 かぐやの視線につられ龍も海を眺める。二人は遠くに見える繁華街のまたたきと時折遠くを過ぎる船の明かりをしばらくの間みつめていた。

「もう、さびしくないよね?」
 不意にかぐやがそう告げる。見透かされたような気持ちになり、龍は一瞬言葉を失いじっとかぐやの顔を見つめてしまう。
「……んなこと誰も思ってないよ」
 長い沈黙のあと。
 龍は視線をそらしてそっと呟いた。
 
 おわり
 
 文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2003年06月23日

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