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『二つの影絵 』
風道・朱理0024)&サード・レオ(0311)

 光の中に浮かび上がる、すすけたコンクリートの建物。湿気の無い暑さの中で、白っぽい砂が舞い踊る。
 壁には影絵のように二つの人物が浮かび上がっている。視線を少し動かすと、砂地の上にその二人がいた。
 一人は、まだ若い少年。自分よりも年上であろう男に覆いかぶさり、左手で相手の胸の辺りを押さえつけていた。右手の、喉元に押し付けたナイフが角度を変えるたびにまぶしい光を反射している。
 少年は小さく微笑んだ。ほっそりとした体と、中性的な面立ちがその微笑を妖艶なものへと変える。少年は名を風道・朱理といい、人を殺める事を生業としている。
「私の為に死んでいただけますか」
 太陽光に背中から照らされ、女性のような白い肌が透けて見えるようだ。見下ろす顔にさらさらと黒髪が落ち、相手を誘うかのように、にじんだ汗と絡んで頬にまとわり付く。真紅の瞳は真っすぐに目の前の獲物を捕らえていた。
「死んで、頂けますか」
 それは問いかけ、というより宣言に近かった。朱理の下で男は、つばを飲み込む。まるで覚悟を決めるかのように。言葉を発することすら出来ず、朱理の顔と、ナイフの間に視線を行き来させていた。
 ――と、朱理がしばらく目を伏せた。そのままゆっくりと後ろを振り返る。
「何用でしょう」
 真紅の目を開きながら、朱理は優しく問いかけた。目の前には黒い塊が座り込んでいた。シューと空気の漏れるような音が何度もそこから聞こえている。
「私を殺したい、屠りたい。あなたの気配からひしひしと伝わってきます。……いいでしょう。あなたとの方がずっと面白そうですから」
 朱理は掴んでいた男の服から、払うようにして手を放すと、黒い塊と向かい合って立ち、ナイフを構え直した。朱理の恐怖から開放された男が、訳の分からないことをわめきながら砂をならして走り去る。朱理はそれに軽く視線を送ってから、黒い塊へと視線を戻した。
「あなたとは楽しめそうですね」
 自分より大きな黒い塊、全身を装甲に覆われたハーフサイバーを見つめる。その表情が自然と笑みになるのが分かった。人の形をした黒い装甲の中から、朱理と同じ真紅の瞳が見下ろしている。漆黒の装甲にはまだ古くない紅い点が、ところどころ散らばっているのが分かった。指にも、どす黒い赤に染まった布の切れ端が張り付いている。
 朱理は構えたナイフを視線の高さまで持ち上げた。左手をナイフの背に添えてナイフの上に相手の首から上を乗せるかのように。
 感覚を研ぎ澄ませていていくと、ハーフセイバーの息遣いが朱理の耳元まで伝わってきた。そして伝わる血の匂い。求めているものが朱理もそのハーフセイバーも同じだった。
 聞いたことがある。死肉をあさるハーフセイバーの話を。
「レオ。サード・レオですね、あなたは」
 失敗作、と言われたハーフセイバー。しかし獲物を屠ることに関しては少しも失敗作なんかではない。むしろ完成された、無駄のない「黒い獣」。
 名前を呼ばれてレオは唸るような声を上げた。
「レ……オ……」
 唸りの中に自らの名前を乗せる。ひとしきり唸るとレオはゆっくりと立ち上がった。そびえ立つような姿勢のまま、朱理の真紅の瞳を見下ろしている。
 朱理は向かってくるのかとナイフを握る手に力を込めた。レオの動きをじっと見つめている。しかしレオは動くことも無く、じっと朱理を見下ろしていた。血肉を求める心の叫びをその黒い装甲にまとわり付かせながら、「黒い獣」はただただ朱理を見下ろしているだけ。
「あなたから来ないというのなら、私から行きましょうか」
 朱理は挑発するようにレオに嘲りに似た笑みを投げた。返ってくるのは暑そうな装甲から漏れ出る息遣いのみ。
 朱理は小さく鼻で息をつくと、疲労を感じ始めた右腕に力を込め直した。反射する装甲が小さく揺れる。朱理は砂を踏みしめて右足をゆっくりと前に出していった。同時に少しばかりしゃがむ。ゆっくりと吸い込んだ息を一瞬止めた。
「はっ」
 掛け声と共に朱理は相手の懐の中に踏み込んで行った。スピード、反射神経、そのどちらにも自信がある。なのに――。
 レオは朱理の攻撃を、最小限の動きでかわしていく。朱理はかすかににじんだ額の汗を左手でぬぐうと、ナイフを逆手に握りなおした。
「あなたとはぎりぎりのところまでコロシアエル……」
 朱理は少しばかり目を細めて微笑む。レオはそんな朱理から視線をそらすことなく見つめている。その動きを観察していると言うより、むしろ目を奪われてそらせない、という感がある。
 ナイフを腰の辺りで構えると、朱理は再びレオの方へ走り寄る。右手を振り上げるとレオは図ったかのようにその手を下から叩き上げた。朱理の握っていたナイフがはじけ飛んで少し先の砂の上で何度か回転した。
 一瞬弾かれたナイフに気を取られ、硬い手で右手をひねり上げられる。息遣いが耳元で聞こえていた。強靭なあのあごで、噛み砕かれてしまうというのか。朱理はそんな自分の姿を想像して自嘲の笑みを浮かべた。
 しかし一向に痛みも襲ってこない。ただ一定のリズムを刻む音が耳元で繰り返されているだけだ。朱理は少しだけ視線を動かしてレオを見る。レオは変わらず朱理の方に視線を注いでいた。
「なぜあなたは私を殺そうとしないのですか……。あなたはそんなに飢えているのに……」
 確かに朱理の言うように、レオは今にも朱理を食わんと大きなあごを半開きにしている。そこから熱いくらいのレオの息が発されていた。
「綺……麗……だ」
 手を放されると、朱理は崩れるように砂の上に手をついた。息に乗って届く言葉に、朱理は不思議そうにレオを振り返る。
「慈悲だと言うのなら……」
 殺しますよ。そう言いかけて言葉が止まった。血肉を求める獣の紅い瞳の奥に、確かに何かの意思が動いているのが垣間見えた。人を屠っていくだけの、ただの「殺人機」そう思っていた朱理の心に、レオの紅い瞳が植えつけられたかのように収まる。
「慈悲なんかでは無いようですね……」
 朱理がナイフを拾うのを、レオはじっと見守っていた。軽く服で拭いてから、所定の位置に収納する。朱理はほんの少しレオを振り返ってから、汚れた衣服をはたいて彼に背を向ける。歩き始めると、後ろで動き出す気配を感じた。肩越しにもう一度振り返る。黒く屈強なレオの体が、のしかかるように後ろの方からついてきている。朱理が見ているのに気がつくと、その場に立ち止まった。
 彼が殺人人形、だと言うのなら、自分もまたそうだから。人を殺める本能に突き動かされる人形。
「ついて来たいのですか」
 朱理は細い手を差し出した。レオは考えるかのようにしばらくその間にたたずんでいたかと思うと、差し出された手に向かって滑らかな動作で近寄っていく。
 歩みを進めるたびに乾いた砂が舞い上がった。
 角度を変えた太陽の光が、二人の影を壁に映し出す。それらは一定の距離を保ったままゆっくりと進んで行った。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 司 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年06月18日

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