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『お花見IN桜ノ杜神社〜おとしまえ編!?〜』
九尾・桐伯0332)&藤咲・愛(0830)

 触らぬ神に祟りなし。雉も鳴かずばうたれまい。
 昔の人はよく言ったもので、世の中には下手に係わり合いにならないほうが良い相手、そして余計な一言を言って怒らせたりしない方が良い相手があるものである。
「さっきはよくもやってくれたな、オッサン。それからそっちのオバサン」
 だらしなく履き潰した靴を履き、引きずるような特攻服と呼ばれるラメの入った服を着た、金髪やら、茶髪やら、マーブルやらの見るからに暴走族、もしくはヤンキーな少年達が精一杯格好をつけ、睨みを利かせて立ちはだかっていた。
 しかし、彼らはこの瞬間、決して踏んではいけない地雷を二つ同時にしっかり踏み抜いてしまった事に気がついていなかった。
 ──……否、これからそれを嫌という程思い知る事になるのだが。
「……私は、騒々しいのが嫌いなんですけれどね」
 そう言って酒を注いだグラスをことんと置く。緩やかにウェーブを描いた髪を一くくりにした青年の名は九尾桐伯。人形めいた整った面差しには一見、にこやかな笑みが浮かんでいるがその瞳はちっとも笑っていないのに少年達は気がついたのだろうか。
「……おばさん?」
 九尾の差し向かいの席で、聞き取れぬ程、小さな呟きを艶めいた紅い唇に乗せた紅の髪の美女は、藤咲愛。座った目を目の前の酒の入ったグラスに注いでいるため、表情こそ見れないが、彼女のあたり一面の空気の温度が心なし下がったような気配があり、不快と思っているのは確かだった。
 九尾と愛によって、お仕置きショーのまさに舞台となる運命にあるここは、桜ノ杜神社境内。
 季節といえば、一面の桜が咲き乱れる、春のことである。
 彼らは友人である、この神社の巫女に花見に誘われ、ここへとやってきたのだ。
 珍しい酒に手作りの美味しい料理。そして月明かりに幻想的に映える美しい桜の木々。
 ほろ酔い気分で宴もたけなわという所で、響き渡ったエンジン音。見れば、普段街の至る所でパトカーと深夜のカーチェイスを繰り広げている暴走族の皆さんが、花見でもしようというのか集まってきていた。
 当然、九尾や愛は彼らと同席する気など無く。先制攻撃と称してこれまた、ともに花見をしに来ていた一人の特殊能力を使って頭上から水をぶっかけたのである。
 やれやれと静かになった境内で花見の再開をしたわけなのだが、未成年&老年のお花見メンバー達が家屋の方へと入って行き、残った仕事柄思いっきり夜型人間の二人が酒を酌み交わして世間話などしていた時だった。
 こりずに長い石階段を登って、少年達は九尾たちに抗議すべく姿をあらわしたのである。
 中には濡れていない少年も居るところを見れば、ご丁寧に仲間を呼んだようだった。
「おっさん、命が惜しかったら金置いてきな」
 ぱちん、とジャックナイフの刃を出すと少年が凄む。しかし、九尾は動じる事は無く、すっと右手を懐に忍ばせるとその手を一閃する。
「……過ぎたる刃は身を滅ぼすというものですよ」
 直後硬い音がして、少年達の手の中にあったナイフが、宙に弧を描いて弾き飛ばされた。
「くそっ…!」
 悔しげに睨む少年達に涼しい顔をして対峙する九尾の手の中には、彼の愛用の武器である鋼糸が握られていた。
 彼はこの鋼の糸を意思を持った蛇のように自在に操る事ができるのだ。
「さて、青少年の健全な育成は大人の義務ですけれどね……どうやらそれは私の役目では無さそうです」
「なっ…」
 あっさりと戦線離脱とも言えるような言葉を吐いて、九尾がもう一度指先を宙に滑らせば、鈍い音を立てて少年達が何かに躓いたように無様に地面に転がる。
 見れば足首にしっかりと鋼の糸が巻き付いて、這いずるしか動く術がなくなっていた。
「離せ、このクソ親父っ!」
 じたばたと暴れ、聞くに堪えないような罵詈雑言を九尾に投げつける少年達を全く相手にした様子でなく、九尾は酔っているとは思えないような足取りですたすたと境内を抜け、長い石階段を下りていく。
「なめやがって、おい、早くこれを取れよっ!」
 足首だけを拘束されただけの格好なので、手は動く。ならば、お互いに巻きついた鋼糸を取ればいい、そうやって少年達が石畳の境内を這いずりながら身を寄せたそのときだった。
 カッ…ツン。
 石畳の上に硬質な音が響いた。何事かと視線を向ける少年達の目に飛び込んできたのは紅いハイヒール。そして白い素肌。艶かしい曲線を描いた肢体。
 下から見上げる格好になった少年達には、刺激的過ぎる眺めがそこにあった。自然、ごくりと喉をならした彼らに魅惑の主──愛はにこり、と笑みを浮かべる。
「うふふふ……ふふふ。あは、あははは……」
 心底楽しげな笑い声は段々大きくなっていく。常の彼女を知るなら、何事だと思うほど、大きな笑い声。
「おーっほっほっほっほ!ぼうやたち、たっぷり可愛がってあげるわ」
 突然の高笑いをし始めた彼女の目は既に正気ではない。先ほどの『オバサン』発言は、高い度数の酒の摂取により、ギリギリの小康状態だった理性の堤防を決壊させるのに充分な効力を持っていた。
 白い肌は酔いと興奮で紅く染まり、潤んだ瞳と艶やかな紅い唇が淫らに歪めば、少年達の五感をも狂わせていく。
 歌舞伎町の知る人ぞしるSMクラブの女王様という彼女の商売道具が、戒めを放たれ少年達へと振り下ろされれば乾いた音が響く。
「さぁ、歌いなさい。あたしの為に、最高の快楽のメロディーを!」
 神社の境内という神聖な場所で、繰り広げる淫靡な行為。それすらも愛の興奮を高めるスパイスでしかなかった。
 鞭を振り下ろされる少年達にとって不幸だったのは、唯一彼女を止める事が出来るかもしれない者達が既に幸せな夢の中にいたという事だった。



「派手にやっていますね…」
 一方、長い石階段を降りきった所で、九尾は聞えてくる鞭と高笑いとあわれな下僕達の歌声の三重奏に楽しげな笑みを浮かべる。
 物静かで穏やかで理知的──表面だけしか知らない善良な一般市民にとっての九尾の印象はまず、こんな所であろうが、根底の所での性質は非常に攻撃的なのである。
 自分が『悪人』と判断した相手には、情け容赦等は一切しない。しかも、その微笑の裏では、いかに少数の労力で相手に効果的なダメージを与えるかなどと冷静に計算をしていたりする。
 味方にすれば非常に心強いが、反対に敵に回せばこの上なく厄介で、恐ろしい相手だろう。
「うぜーんだよ、オッサン」
 ふらりと階段を下りてやってきた九尾を迎えたのは、これまた脱色した髪と派手な化粧の大人の一歩手前のような顔立ちの少女たちであった。
 若者特有の無鉄砲さで暴言を吐いているが、当然、微笑みを浮かべている九尾がそんな無法を許すはずが無く。
「……ここは桜の木が無いので、遠慮は要りませんね」
 暴走族の少年少女達が乗ってきたらしい、バイクと改造車がずらりと並んだ、駐車場と化している広場を見渡して、九尾がぼそりと呟くと鋼糸を一閃する。
 きゅぃ…んッ。
 高い音が空を引き裂くと、そこいらに止めてあったバイクのあたりから火花が散る。
「うわぁっ!」
 少女達の口から悲鳴が上がる。九尾が放った鋼糸は一瞬にして、数人の少女達を緊縛したのだ。
「ああ、あまりもがくと、支えにしているそれが倒れて怪我をするかもしれませんね」
 口汚く九尾を罵りながら少女たちが締め上げられた体を動かして、鋼のくびきから逃れようともがくのを楽しそうに見やりながら九尾はあっさりと告げる。
 ご丁寧にバイクを支点にして鋼糸を張り巡らし、一方が逃れようともがけばもう一方の少女がバイクの下敷きになるような絶妙なバランスで緊縛しているのだ。
 蜘蛛の巣のように張り巡らされた鋼糸に、なすすべもなく絡まる少女達を前に九尾が酷薄な笑みを浮かべる。
「さぁ、王手詰みですよ、お嬢さん?」
「くぅ……」
 悔しげに睨みつける少女を涼しい顔で見返すと、九尾は改造車の方へと歩みを進める。
「さわんじゃねぇよ、オヤジっ!」
「…なに、暇つぶしですよ。貴女たちがあまりにあっけないのでね」
 くすくすと笑いながら、九尾は毒々しくペイントされた銀色の車に鋼糸を絡ませる。
「やだ、なんかアイツ、いかれてるよ…」
 緊縛された少女の一人が、リーダー格の少女に怯えたような声で九尾の危うさを訴える。キリキリという金属質の音が響けば、部品の一つ一つがポロポロと改造車から剥がれ落ちていくのだ。
「……猶予をあげようと言っているんです。この車達を分解し終えるまでに逃げおおせれば、あなた方の勝ちですよ」
 絶対無理、という無言の圧力をかけながら九尾は実に楽しそうに三台の改造車を分解しにかかる。
 バチン!と鋭い音が響けば、鋼糸によってくびり切られたネジの頭部が火花を散らして弾け飛んでいった。
「ふふ、ふはは…、いい音ですね」
 その一連の動作がいたくお気に召したらしい、九尾は次々にネジを鋼糸で絡め取ると続けざまにバチン、バチンと頭部をくびり切る。
「ひっ……」
 飛び散ったネジの頭部が緊縛されたままの少女の前に転がり、否応なくその姿が自分の末路を想像させ恐怖心をあおった。
「あ、あ……」
「大人しく、普通の道を歩んでいたら私に出くわす事も無かったでしょうにね」
 残念だ、と哀れむような口調で言う九尾は、少女達にとっては恐怖の対象でしかなく。一際気の強そうな顔立ちをしていたリーダー格の少女ですら、ガタガタと震えながらいやいやをするように首を振るだけだった。
「いやぁーっ!!」
 一人の少女の悲鳴を皮切りに、女だてらにバイクを乗り回し反社会的な活動をしていた少女達の集団は口々に悲鳴を上げ、この場から逃れ様と暴れはじめる。
 多少の怪我よりも、ここに留まる方の恐怖が上回ったのだろう。
 だが、そんな恐慌状態を更にあおるように、石階段をごろごろと転がり落ちてくるものがあった。
「…終わりましたか」
 リーダー格の少女が転がり落ちてきたソレに向かって声をかけるのを尻目に、九尾が階段を振り返る。
 コツコツと一定のリズムで石階段を降りて来て、艶然と微笑みを浮かべるのは先ほどまで神社の境内で女王様モードでお仕置きショーを繰り広げた愛である。
 その愛の足元には彼女によって階段落ちをさせられたらしい少年達が恍惚とした表情で横たわっていた。
 通常なら激痛が走るであろうその状況も、愛の特殊能力──五感を狂わせ、痛みを快楽と感じさせる──によって少年達にこの上も無い快楽を与えていたのだ。
「人の言いなりになるのも、たまには気持ち良いでしょ?大人になったらまたお相手してあげるわ、お店で、ね」 
 くすくす、と思いっきり鞭を振りかざし『運動』をした事で幾分酔いが醒めたのだろう、からかうような笑みを浮かべ、最後に少年をハイヒールで踏みつける。
 すっかり調教済みのようで、少年の口からは幸せそうな女王様を称える言葉があがるが、そんな光景は九尾の与える恐怖で萎縮していた少女達にとっては何の気休めになるわけでもなく。
「い、いやぁぁぁー!!!!」
 頃合と見た九尾によって緊縛を解かれていた少女達は、一斉に悲鳴を上げて九尾達から逃げ出したのだ。
「お仲間をちゃんと引き取ってくださいよ。神社の人が迷惑しますから」
 そう九尾が追い討ちをかけるが、遠ざかって行く少女達は振り向きもしない。
「……どうしようかしら、この子たち」
 未だ幸せそうな表情で転がっている少年たちを指して愛が小首を傾げて見せるのに、九尾は分解し終えた改造車から鋼糸を引き抜くとにこやかに応じた。
「そのうち、迎えにいらっしゃるのではないですか?彼らの足も置いたままですしね…」
 ずらりと放置されたバイクをちら、と視界に納めてから、九尾は愛の方へと歩み寄りながら一つの提案をする。
「……それより、静かになりましたし、飲みなおしませんか?」
「いいわね、それ」
 実に爽やかな笑顔で、最強もとい最凶の組み合わせの二人は酒盛りをすべく石階段を上っていった。



 その後、付近でも性質が悪いと評判だった暴走族とレディースがいつのまにか壊滅した事で警察は大喜びだったという。
 また、この二人のお仕置きの日を境に桜ノ杜神社に関する新たな噂がまことしやかにネットの掲示板で流れたという。

……──S神社に桜の咲く時期に現れる黒い悪魔と紅い魔女に会うと、体を粉々にされて死ぬらしい。

 真実を知る二人は、ただ謎めいた笑みを浮かべるだけであった。


<お花見IN桜ノ杜神社〜おとしまえ編!?〜 完>
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東京怪談
2003年06月16日

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