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『路地裏の葬送曲 −血の呪縛− 』
御崎・月斗0778)&御崎・光夜(1270)

 飛ぶように軽い靴音が、狭い路地を駆け抜けた。
 それに続くように、もうひとつ別の靴音が続く。
 こちらは先のそれよりも、さらに軽い。
「遅れるなよ、光夜!」
「わかってるって、月兄ぃ!」
 よく似た声が、互いを気遣いあう。
 
 御崎の家の三つ子の上ふたり、月斗と光夜は、とある組織から受けた依頼をこなすため、ある繁華街へとやってきていた。
 その依頼とは、悪魔召喚に失敗した能力者の抹殺。
 その男の所属するギルドからの依頼だ。
 嫌な仕事だとは思う――だが、選んでいるわけにはいかなかった。
 月斗は、兄弟たちが生きていくためだけに、忌々しい能力を使っているのだから。
   
 しばらくすると、路地の奥に汚い倉庫が見えてきた。
 情報によると、そこにターゲットが潜伏しているらしい。
「……ったく。なんでついてきたんだ?」
 物陰に身をひそめて、月斗は弟に尋ねた。
 顔も体つきも全く同じ――違うのは、後ろで束ねた髪の一房が金か銀か。ただそれだけだ。
 叔父と末弟なら見分けがつくだろうが、それ以外にはおそらく判断できまい。
「いいじゃん?」
 壁にもたれて呆れ顔で腕組みする月斗に、光夜はニッと不敵な笑顔を見せる。 
「たまには月兄ぃを手伝いたくてってさ」
「あのなぁ……」
 やれやれと首を振って、月斗は嘆息した。
 なんのために、小学生ながら陰陽師として働いているのか、わかっているのだろうか?
 それは、弟たちを守るためである。
 陰陽道の名門である生家を飛び出したのも、望みもしない能力を使うのも、すべて――。
「怪我したって知らないぞ?」
「わかってる。邪魔もしないし、危なくなったらちゃんと逃げるからさ」
 光夜は、月斗にとって、自分の存在こそが弱点になりうると知っている。
 さすがは生まれたときから一緒の三つ子だ。
「じゃあ、ここで結界を張っててくれ。頼むぞ」
 光夜と固く頷きあってから、月斗は静かに身を翻した。
 
 倉庫の中は、暗くてホコリ臭い。
 気配を殺して、月斗は静かに侵入した。
 排気口らしきものが動く音がする以外は、物音ひとつしない。
 本当にここにターゲットがいるのだろうか?という疑問が、月斗の脳裏をかすめた。
(なに弱気になってるんだ、俺――) 
 珍しく光夜が一緒だからだろうか。普段なら考えもしないことが、次々に頭に浮かぶ。
 実家からの追っ手が、跡取りである月斗を連れ戻し、光夜たち不要な弟たちを殺そうとしているのではないか――
(だからあいつらを守るために、俺はこの力を捨てなかったんじゃないか……ビビるな!) 
 自分で自分を叱咤して、月斗は顔をあげた。
 物陰からそっと、倉庫内をうかがう。しかし、そこには誰もいなかった。
 そして、なにげなく首をめぐらせると――

 ガガッ!!

 横殴りの衝撃が、月斗を強襲した。
 とっさに体をひねり、受け身をとる。だが、こともあろうに軽々と5メートルくらい吹き飛ばされていた。
 すぐさま身を起こし、構える。
 そして、自分を殴り飛ばしたのがとんでもない怪物だということを知った。
「オ前――ぎるどノ追ッ手カ」 
 声帯がおかしくなっているのだろう、人間の声とは思えない怪音を発するそれは、グズグスに崩れ落ちた肉片を体中にまとわりつかせた化け物だ。
 召喚した悪魔に体を乗っ取られた、元人間。
 強打された頬に張り付いた肉片をぬぐい取り、月斗は眉を跳ね上げた。
「大人しく退治されろ、屑野郎」 
 高らかに言い放つと同時に、地を蹴る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
 早九字を切り、力一杯符を投げつけた。
 本来、薄い紙であるはずのそれは、裂くように宙を疾り、怪物に到達する。
「縛!!」
 裂帛の気合いとともに月斗が気を放つと、電撃が怪物を襲った。
「グガッ!」
 体をのけぞらせる怪物に、さらに月斗は追いすがる。
 だが、怪物は意外にも身軽な身のこなしで、倉庫からの脱出を謀った。
「ちいっ!」 
 外に出れば、光夜に危険が及ぶ可能性が出てくる。 
 なんとしても、この中で仕留めなくてはならない。
「ナウマク・サンマンダ・バザラダン……」
 いちばん得意な十二支の式神を召喚すべく、月斗は逸る気持ちを抑えてその場で立ち止まった。
 複雑な印を結びながら、真言を唱える。
「センダ・マカロシャダ・ソハタヤ……」
 あと一息で真言が完成する。
 しかし――外に向かっていると思っていた怪物は、そこで急に進路をかえた。
 手近にあった鉄パイプを振りかざし、月斗に再び襲いかかってくる。
「――ッ!」
 とっさに反応が遅れた。
 目の前が暗くなり、鉄パイプが空を切る音がする。
 だが、いつまでも衝撃は襲ってこなかった。そのかわりに、別の所から鈍い音が聞こえてくる。
「つき、にぃ……?」
 外で待っていたはずの光夜が、頭から血を流して倒れるのを、月斗は見た。
 その瞬間は、まるでスローモーションみたいだった。 
「う、あああああああああああああああっ!」
 その瞬間、月斗の理性は吹き飛んだ。
 ボロボロになるまで怪物をめった打ちにし、ありったけの術をたたき込む。
 気がつけば怪物は、腕の一本だけを残して跡形もなく消えていた。
「弟に手を出す奴は、容赦しねぇよ……」
 絞り出すように呻くその瞳は、太古の氷よりも冷徹だった。

 そのあと、月斗はすぐに病院に駆け込んだ。
 幸いにも、光夜の怪我はそれほど酷くはなかった。
 上手い具合に衝撃を逸らしたようで、血はたくさん出たが骨には異常はない。
「なんで言ったとおり、外で待ってないんだ」
 精密検査のために一日だけ入院することになった光夜を、月斗はきつく叱る。
 光夜はさすがにバツが悪いのか、表情を曇らせた。
「ごめん。でも俺がいかなかったら、月兄ぃだって」
「俺はいいんだ!だけどもしお前に何かあったら、俺はどうしたらいいんだ!?」
 光夜の肩を両手で掴み、月斗は柳眉を逆立てる。
「お前たちを守るって決めたのに……」
「でも俺だって、月兄ぃを守りたいんだよ」
「光夜……」
 真っ直ぐに見据えて言う光夜に、月斗はしばし言葉を失った。
「たった3人きりの兄弟だろ。生まれたときから一緒の三つ子だよな?俺だって、月兄ぃばっかり危険な目に遭わせるのは嫌だよ」
 光夜の言葉に、月斗は思い出した。
 月斗の影武者として、さんざん危険な目に遭ってきた弟たちを。
 だからもう二度と、彼らをそんな目に遭わせまいと思ってきた――。
「悪かった、光夜」
 きっと、ふたりとも願うことは同じなのだ。
 3人の内誰一人として欠けることなく、幸せに暮らしたい。ただ、それだけのこと。
「別にいいよ、月兄ぃ。いつもありがとう」
 微笑む光夜を置いて、月斗は病室をあとにした。
 なぜだろう――目の前が霞んでよく見えない。
 
 みんなで幸せになりたい。
 ただそれだれのことが、とても難しいことに思える。
 月斗が血の呪縛から解き放たれるのは、いったいいつになるのだろう?
(弱気になってんじゃねぇよ……)
 頬を叩いて、月斗は天井を見上げた。
 深く息を吸って、心を落ち着かせる。
(大丈夫だ、俺たちは大丈夫――)
 呪文のように何度も何度も唱え、目を閉じる。 
 3人ならきっと、どんな壁でも乗り越えていける。そう、信じて――。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
多摩仙太 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年06月16日

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