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『白き日はふたりで…… 』
九尾・桐伯0332)&寒河江・深雪(0174)
●いつもの日常
 3月14日――いわゆるホワイトデーと呼ばれるこの日、あるテレビ局のアナウンサーである寒河江深雪はいつものような1日を過ごしていた。
 つまり、早朝まだ夜も明け切らぬ頃に出社して朝の情報番組でお天気レポーターを務め、それが終わったら日常業務や単発の仕事をこなして――というように。
 そうして深雪の仕事が終わるのが、だいたい午後の昼下がり。出社が早いということは、それだけ帰る時間も早まるということでもある。何しろ翌日の番組のために、早く眠る必要があるのだから。
 さて、今日の仕事を全て終えた深雪がアナウンサールームで帰り支度をしていると、同じ番組に出ている先輩の女性アナウンサーがつかつかと近付いてきた。
「ねえ寒河江さん、この後どうするの?」
「えっ? あの、帰ります……けど?」
 唐突に先輩に言われ、深雪はきょとんとして言った。
「あら、そうなのー? 寂しいわねー。あたしはこれから、彼とで・え・と♪」
 何のことはない、先輩は自慢したかっただけなのだ。深雪はつい苦笑していた。
 繰り返しになるが、今日はホワイトデー。先月14日のバレンタインデーのアンサーデーだ。今朝の番組の中でも、トーク中にしきりに言われていた。
 深雪もバレンタインデーには、本命の想い人にちゃんとチョコレートを贈っている。けれども、今日のために何か約束が取り付けられたかというと……別段ない。今まで通り、である。
 深雪は嬉しそうな先輩がその場から立ち去ってから、小さく溜息を吐いた。
(いいなあ……先輩)
 正直、先輩のことがうらやましくもある。ちゃんと約束を取り付けているのだから。
「……帰ろっと」
 そして帰り支度を終えた深雪は、アナウンサールームを出ていった。

●非日常は突然に
 正面玄関から出てきた深雪は、ふと少し先に見覚えのある青年の姿を見付けた。
「えっ……?」
 一瞬深雪は見間違いかと思った。だが青年の姿は次第に大きくなり、こちらへとどんどん近付いてきている。そのうちに、はっきりそれと分かる距離にまでなった。
「桐伯さんっ?」
「こんにちは、深雪さん」
 青年――九尾桐伯は、少し驚いた様子の深雪に対し穏やかな口調で話しかけた。
「奇遇……ですね。どうされたんですか、こんな所で。何か用事でも……?」
 尋ねる深雪。テレビ局の近くで桐伯に会うことなどまず滅多にない。ゆえに深雪の質問ももっともな物であった。
「用事と言ってしまえば、用事なのかもしれませんね」
 と答えた桐伯がくすっと笑った。話はまだ続いた。
「今日は何日ですか?」
「え? 今日は3月の14……」
 そこまで言い、深雪ははっとして桐伯の顔を見直した。すると桐伯は、すっと自らの唇の前に人指し指を当てた。
「そういうことですから。この後、少し付き合っていただけますか。ああ、何か大切な用事があるのなら、仕方ないですが……」
「ありませんっ!」
 ふるふると左右に頭を振り、深雪が即答した。そう言ってから恥ずかしくなったのだろう。顔を赤らめて、小さな声で言い直した。
「あっ……ありません」
「そうですか。では」
 桐伯は小さく頷くと、深雪の腕を取って連れ立って歩き出した。
 余談になるが、ちょうどこの場面を見ていた者たちが居た。番組のスタッフたちである。この翌日、スタッフたちから深雪は散々冷やかされることになるのだが、それはまた別の話である。

●贈り物を君に
 桐伯に連れられた深雪がやってきたのは、とある有名デパートだった。向かったのは5階、貴金属などを扱っている店舗のある階だ。
「気に入った物があれば、言ってください」
 ショーケースを前にして、桐伯が深雪に言った。ケースの中にはアクセサリー類がずらりと並んでいた。
「……いいんですか?」
 遠慮がちに聞き返す深雪。それはそうだろう、『気に入った物があれば』と言われても並んでいるのは高価な物ばかり。駄菓子屋で駄菓子を買うのとは訳が違う。
「構いませんよ」
 さらりと答える桐伯。深雪はショーケースの中に目をやった。
 これだけあると、やはり目移りしてしまう。が、最終的に深雪が選んだのは居並ぶアクセサリーの中では安い部類に入るペンダントであった。
「これでいいんですか?」
 桐伯の問いかけにこくりと頷く深雪。高い物を選ぶのは申し訳ないと思ったのかもしれないし、高価な物は似つかわしくないと思ったのかもしれない。その辺りの理由は、深雪が口にしないのでよくは分からないが。
 ともあれペンダントを購入した2人は、デパートを後にした。
「あの……今日はどうもありがとうございました。まさか桐伯さんに、こんなことしていただけるなんて……」
 深雪がそう桐伯に言った。何せ諦めていた時にこれである。驚きも嬉しさも倍増、いやそれ以上であった。
 しかし、次の桐伯の言葉はそんな深雪をさらに驚かせる物であった。
「何を言っているんですか? もう1つ贈り物があるんですよ」
「えっ?」
 ペンダントの他に、何があるというのだろう。驚き覚めやらぬ深雪が桐伯に連れられて向かったのは、貸し切り状態となっていた桐伯の営むバー『ケイオス・シーカー』だった。

●何よりの贈り物
 店内に足を踏み入れた深雪は、桐伯に促されるままカウンター席に腰を降ろした。そしてカウンターの中に入る桐伯。次の瞬間――店内の明かりが全て消えた。
(停電っ?)
 突然明かりが消え、思わず天井を見る深雪。すると別の明かりが店内に広がった。ゆらゆらと揺れる、ろうそくの明かりである。
「……綺麗……」
 ろうそくの明かりは何とも神秘的である。深雪の口から感嘆の言葉が漏れた。
「もう1つの贈り物はこれです」
 桐伯のその声に深雪が振り向くと、見覚えのあるワインクーラーが出てきた。そう、バレンタインデーに深雪が桐伯に贈ったワインクーラーだ。
「……使ってくれていたんですね」
 深雪の顔に笑みが浮かんだ。桐伯は深雪の目を見てこくっと頷くと、ワインクーラーの中からよく冷えた1本のワインを取り出した。
「貴腐ワイン『シャトー・ディケム』です」
 桐伯はそう言うと、ラベルを深雪に見せた。ろうそくの明かりに照らされたラベルには、『シャトー・ディケム』という名前はもちろんそれが作られた年も記されている。
「桐伯さん。これって……?」
 そこには深雪の生年と同じ年が記されていた。
「乾杯しましょう」
 そう言いワイングラスを2個用意すると、桐伯は『シャトー・ディケム』の栓を開けて惜し気もなくワイングラスに注いでいった。
 そして互いにワイングラスを手にし、乾杯。深雪が、桐伯が各々ワイングラスに口をつけた。
「……美味しいです、とっても」
 1口飲んでから、深雪が溜息混じりにつぶやいた。緊張もあるためどこがどう美味しいのかそこまでは上手く説明出来ないが、美味しいということは分かる。
「貴腐ワインは20年以上寝かさないと真価が分からないと言われています。……まるで似てますよね」
 と言って桐伯は、またワイングラスに口をつけた。
「桐伯さん。本当に……ありがとうございます。今日のこのワインの味……絶対に忘れませんから」
 にっこりと、満面の笑みを浮かべる深雪。言葉だけでは表現し切れないほど、深雪は嬉しく思っていた。
 ゆらゆらと揺れるろうそくの神秘的な明かりが、2人のことを照らし続けていた――。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年06月13日

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