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『はじめてのおつかい 』
白雪・珠緒0234)&小日向・星弥(0375)
●2人で大冒険♪
「大船に乗ったつもりで、この珠緒姐さんに任せるのにゃっ。じゃあ、行ってくるにゃ!」
 ぽんっと胸を叩き、白雪珠緒は目の前の女性2人に向かって自信たっぷりに言い放った。
「じゃあ、行ってくるの〜☆」
 珠緒の隣に居た小日向星弥はにこぱーと微笑むと、すでに駆け出していた珠緒の後をとてとてと追い始めた。
「あ〜ん、タマちゃん待って〜」
「せーにゃ、遅いと置いてゆくにゃっ」
「タマちゃんのいじわるぅ〜」
 そんなやり取りを聞きながら、女性2人は心配そうな眼差しを珠緒と星弥の後姿に向けていた。さてさて、これはいったい何の騒ぎなのだろうか。
 実は、珠緒と星弥は女性2人から買い物を頼まれたのだった。いつもお菓子やら猫缶やらを出してくれる2人からの頼み、珠緒と星弥は快くそれを引き受けていた。で、今さっきのやり取りがあった訳だ。
 買い物の内容が書かれたメモと、少し多めに渡されたお金を握り締め、買い物という名の大冒険に出発した珠緒と星弥。2人の行く手に何が待ち受けているのか――それはまだ分からない。

●最初の試練
 2人はまず最初の買い物、豆腐屋に向かっててくてくと歩いていた。このまままっすぐしばらく歩けば豆腐屋の近くに出るといった所で、不意に星弥が角を曲がった。
「にゃ? せーにゃ、どこ行くのにゃ。お豆腐屋さんはまっすぐにゃ」
 すぐに呼び止める珠緒。だが星弥はにこっと笑って、こう答えた。
「こっちにもおとーふやさんあるのぉ。ここから近いんだよ、タマちゃん」
「近いのにゃ? ならそっち行くにゃ、珠緒姐さんは臨機応援にゃ!」
 違います、正しくは『臨機応変』です。
 ともあれ、近いという言葉につられた珠緒は、星弥の後をついていった。が、歩けども歩けどもそれらしい店は見当たらない。
「せーにゃ。本当にこっちなのにゃ?」
「あれ〜? おかしいのぉ」
 星弥が足を止め首を傾げた。
「しょうがない、珠緒姐さんが探してあげるから特徴を言うのにゃ」
 やれやれといった様子で言う珠緒。すると星弥がさらっと言った。
「自転車に乗ってたの〜」
「……せーにゃ、それお店じゃないにゃ」
 珠緒ががくっと肩を落とした。
「違うのぉ? ラッパ吹いて、おとーふ売ってる所、せーや見たもん!」
「自転車に乗って売り歩いてるのにゃ。とっとと戻るにゃ、せーにゃ」
 珠緒は不思議そうな星弥の手を引っ張り、元来た道を引き返していった。ちなみに、戻る途中で珠緒が道を1本間違えてしまい、30分以上も同じ場所をぐるぐると回り続けたというのは余談である。
「タマちゃん、ここさっきも通ったよ?」
「むう……これは誰かの陰謀なのにゃ!」
 いやいや、そんな訳ありません。

●冒険に付き物のアレ
 軽い迷子になってしまったものの、豆腐屋で豆腐と油揚げを無事に買い終わった2人は、次のお店に向かうことにした。
「次は……」
 メモに目を通す珠緒。
「『はっぴゃくや』に行くにゃ」
「それどこぉ?」
 聞き返す星弥に対し、珠緒が得意げな表情を浮かべて答えた。
「ふふん、まだまだにゃ、せーにゃ。『はっぴゃくや』は野菜がたぁくさん並んでるお店にゃ」
 と言って星弥にメモを見せる珠緒。次に書かれていたのは、たまねぎやにんじんといった野菜類であった。
「タマちゃん、あのね〜」
 思案顔になった星弥が、珠緒の名を呼んだ。
「何にゃ? 聞きたいことがあるなら、何でも言うにゃ。珠緒姐さんは物知りだからにゃ」
 そう言い、胸を張ってみせる珠緒。だが次の星弥の一言に、顔を強張らせることになってしまう。
「おやさい売ってるのは、やおやさんじゃないの〜?」
 たまねぎやにんじんといった単語のそばにはこうも書かれていた。『八百屋』と。
「そっ……そうとも言う、のにゃ」
 誤魔化す珠緒。すると星弥は感心したような眼差しを珠緒に向けた。
「タマちゃん、すっごいね〜。物知りなの〜☆」
「も、物知りだからにゃ」
 珠緒さん、間違いは素直に認めましょう。
「でもぉ……やおやさん、ここから遠いの〜」
 きょろきょろと辺りを見回す星弥。星弥の言うように、豆腐屋のある場所から八百屋のある場所までは少し距離があった。
「大丈夫にゃ、せーにゃ!」
 びしっと親指を立て、珠緒が言った。
「いい近道を知ってるのにゃ。こっち来るにゃ」
 珠緒はそう言って、八百屋とは反対方向に歩いていった。
「待ってぇ〜、タマちゃぁ〜ん」
 慌てて追いかける星弥。珠緒はとある路地に入り込んだ。
 路地をしばらく行くと、行き止まりにぶつかってしまった。そこにあったのは、古びた番傘が1本だけ。
「タマちゃん……行き止まりなの〜」
 星弥が心配そうに珠緒に尋ねた。そりゃそうだ、近道と言われてこんな場所に連れてこられたのだから。
「久し振りにゃ」
 けれども珠緒は、星弥のそんな心配をよそに誰かに挨拶をした。誰も居ないというのに。
 ところが――突然目の前の番傘が、ぴょんっと飛び跳ねたのである。
「ひゃぁっ!?」
 驚き珠緒にしがみつく星弥。番傘はバッと開くと、珠緒の前に降り立った。いつの間にか番傘には目玉が1つと、口が現れている。
「おう、久し振り!」
 番傘の口が動き、珠緒に挨拶を返してくる。これが何なのか、あえて説明する必要もないだろう。妖怪の一種だ。
「ここ通りたいのにゃ。大丈夫にゃ?」
「大丈夫大丈夫、すぐ開けるから待ってな!」
 そんなやり取りがあってから、番傘は路地の脇にすっと避けた。すると、行き止まりの路地がゆらゆらと揺れ出したのである。
「タマちゃぁん……これ何なのぉ?」
 星弥が珠緒の衣服の裾を引っ張った。珠緒は少し怯えている様子の星弥の頭を、そっと撫でてあげた。
「この間、たまたま知り合ったのにゃ。ここを抜けると、『はっぴゃくや』の近くに出るのにゃ」
 『はっぴゃくや』を押し通す珠緒。それはともかくとして、近道というのはこのことなのだろうか。
「聞いたら、あちこちにいい妖怪の抜け道はあるらしいのにゃ。珠緒姐さんは由緒正しい化け猫だから、使う資格があるのにゃっ!」
 えっへんと何故か威張ってみせる珠緒。気のせいか、番傘は苦笑しているように見えた。
「早く通らないと閉じちまうぜ」
 番傘が2人を急かす。
「そうだったにゃ! せーにゃ、行くにゃ! しっかりついてくるのにゃっ!」
「うんっ! 分かったの〜っ!」
 珠緒の衣服の裾を握り直す星弥。それから2人は、揺れる空間に飛び込んでいった。
「わ〜、タマちゃんのお顔がゆがんでるの〜っ」
「そう言うせーにゃの顔も、ムンクさんみたいになってるにゃ」
 抜け道を通っている間、姿はゆらゆらと揺れてしまうらしい。それゆえこんな会話が交わされることになった。なお『ムンクさん』というのは、有名な絵画の『叫び』を指している物と思われる。
 そうこうしているうちに、2人は抜け道を通り抜けていた。出てきたのは、どこかの家の庭のようだった。
「せーにゃ」
 不意に珠緒が、真顔で星弥の名を呼んだ。
「気を付けるのにゃ。悪い妖怪がここには居るのにゃ……敵にゃ」
「えっ!!」
 星弥は慌てて珠緒にしがみついた。その時だ。敵の激しい声が聞こえてきたのは。
「バウバウバウバウバウバウバウッ!!」
「せーにゃっ、逃げるにゃっ!!」
「あ〜んっ! 悪い妖怪さんいやぁ〜っ!!」
 脱兎のごとく、その場から逃げ出す珠緒と星弥。2人の後姿に向かって妖怪――ドーベルマンがなおも吠え続けていた。
 まあ、猫からすれば犬は妖怪のような物かもしれないが……普通の犬である、念のため。

●ふりだしにもどる
 近道をして八百屋で野菜を買い、それから肉屋でソーセージ、魚屋であじの開きを買ってきた2人。これでメモに書かれた物は全て買い終わっていた。
 後はもうこれらを持って帰るだけ……だったのだが、珠緒がふとあることを思い出した。
「そうにゃ。お金が余ったら、好きな物買っていいって言ってたのにゃ」
「うん、そうだね〜」
 星弥がにこぱーっと微笑んだ。その拍子に、狐の耳がぴょこんと飛び出てしまう。好きな物という言葉に、どうやら反応したようだった。
「せーやね〜、チョコレートがいいの〜」
 耳を引っ込めながら、言う星弥。それに対し、珠緒も笑顔で答える。
「あたしは猫缶買い占めるのにゃ!」
 そりゃあ無理ってもんでしょう、珠緒さん。
 2人は同時に好きな物を買うべく、豊富な種類の物を置いているスーパーへと向かった。スーパーに行くには、長い石段を降りてゆかなければならなかった。
 先に駆け出してゆく星弥。ところが石段の前に来た所で、星弥はつまずいてしまったのである。
「あぁ〜んっ!」
「せーにゃっ、危ないにゃっ!!」
 荷物をその場に投げ出して、大きく飛んでゆく珠緒。ぎりぎり星弥の身体を捕まえたものの、勢い余って2人して石段を転げ落ちていった。
 悲鳴を上げながら転がり続ける2人。その様子はまるで『池田屋』の階段落ちか、それとも某映画みたいに意識が入れ替わってしまうのかと思うほどであった。
 結局一番下まで転がってしまった所で2人は止まった。
「あたた……せーにゃ、大丈夫にゃ?」
「うん……タマちゃんはぁ?」
「化け猫は丈夫だから大丈夫にゃ」
 立ち上がり、砂を払う2人。特に傷などもなく一安心だ。
「んっと……ところでせーにゃ。何してたんだっけにゃ?」
「……何だっけ〜?」
 おや、2人の様子がどこかおかしい。
「そうにゃ! 買い物にゃ! まだ何にも買ってないのにゃ!」
「あ〜っ! タマちゃん、急がないと〜!」
 ……あれれ? これはいったい?
 慌てて駆け出してゆく2人。石段の上には、先程買い揃えた荷物をそのまま放り出して。どうも今の衝撃で、買い物の記憶がすっぱりと抜け落ちてしまったようだ。
 結局――2人がそれを思い出すのは、再度全部買い揃えた後のことだった。2倍の荷物を持って帰った時の反応は……想像にお任せする。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年06月05日

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