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『家族旅行にて 』
シェーシャ・ハテン0064)&アーウィン・ランディール(0826)
●旅の空の下
 澄み渡った青い空の下、仲睦まじいカップルの姿があった。といっても、見ている方が恥ずかしくなるくらいにべたついている、いわゆるバカップルではない。傍から見ていて、『ああ、いいカップルだなあ』と思える雰囲気が漂うカップルである。
 カップルの男の方は黒髪で背が高く、青い瞳で凛々しい顔立ちをしていた。見た目には20代後半、もう少し行って30歳前後といった感じだろうか。
 カップルの女の方は、黒く長い髪に緑の瞳で、やや気の強そうな顔立ちであった。見た目20代半ば、男より背丈は低いがそれでも普通並み。女は男の腕に自らの腕を絡め、そっと寄り添っていた。
 さて、そんな2人の装いだが、周囲の似たようなカップルとは決定的な違いがあった。不思議なことに、中世ヨーロッパから抜け出てきたかのような格好だったのだ。
「アーウィン」
 女がぽつりと男の名を呼んだ。呼ばれた男――アーウィン・ランディールは、ふっと女の方に顔を向ける。
「何だい、シェーシャ」
 アーウィンは何だろうといった表情を浮かべ、女――シェーシャ・ハテンに話しかけた。
「いい景色だな」
 シェーシャがにっこりと笑って、嬉しそうにアーウィンに言った。2人の眼下には、市街地が広がっている。つまり、少し高台になっている場所に2人は居る訳である。
「ああ。私も初めてだけれども、これは来てよかった」
 小さく頷くアーウィン。どうやらこの2人、他所からの旅行者のようだ。そういえば着ている物も、どちらかと言えば他所行きの綺麗で立派な格好である。
 しかし、中世ヨーロッパ風の装いに身を包み旅行にやってくる者が、今の地球に居るだろうか。
 答えは、居る。より正確に言うなら、数年前まではまず居なかったが、という言葉がつくのだけれども。異世界アトランティスから、バの国が侵略してくるまでは。
 今は西暦2006年5月。そう、ニューヨーク上空に浮かんでいたフロートキャッスル・ボルグスが攻略され、すでに数カ月が経過しようとしていた頃だ。
 ボルグス攻略後もアトランティスとの繋がりは保たれ、地球は新たな時代を歩み始めていた。2人はそのアトランティスにあるエの国から旅行にやってきていたのだ。
 もっともアーウィンは、地球――天界に来るのはこれが初めてではない。つい先頃までは、エの国の鎧騎士として天界に従軍し、ブラジルに滞在していたのだから。
 その間、何だかんだで約1年近く。アーウィンはシェーシャたち家族を、エ本国に放置する形になっていた。まあ仕事ゆえに仕方ないことではあったのだが。
 けれども福利厚生の幹部候補生であるシェーシャから見れば、そのアーウィンの様子はろくでなし以外の何者でもなかった。
 そこでシェーシャは、戦乱も終わってようやく落ち着いてきた時期に、アーウィンに家族サービスの要求を突き付けたのである。アーウィンがこれを拒否出来るはずもなかった。
 かくして――アーウィンは、シェーシャを始め家族を連れて天界に家族旅行へやってきたのだった。

●ここに居る理由
 それでは、天界のどこに旅行へ来たのか。
 エの国と繋がりあるブラジルだろうか? いいや、違う。が、ブラジルとは縁深い国ではある。
 ならポルトガル? いやいや、そっちではない。アーウィンたちがやってきたのは、日本だ。
 一口に日本といっても行き先は多い。まあ、東京は問題外だが。
 結論から言うと、訪れたのは北陸は金沢だ。そして2人が立っているのは、金沢の中心部にある金沢城公園であった。高台になっているここからは、目の前の市街地が見下ろせるのである。
「でもアーウィン、1つ質問あるんだけど」
 市街地を見下ろしたまま、シェーシャが口を動かした。
「どうして金沢なんだい?」
 首を傾げ、シェーシャがアーウィンに問いかけてきた。何故に金沢かと問われると難しい。アーウィンの頭の中に、ふっと浮かんできた地名だったのだから。
「……何となく、かな」
 とだけ答えるアーウィン。恐らくは、ブラジルに滞在している時に現地の人間より話を聞いて、それが頭に残っていたと思われる。でなければ、そうそう金沢が浮かんでくるはずがない。
「ま、いいけどな。アーウィンが連れてきてくれるんなら、どこだろうと嬉しいぜ」
 これはシェーシャの素直な気持ちだった。どこへ連れてゆくかは別に重要な問題ではない。その行為そのものが重要であるのだから。
 嬉しそうなシェーシャの笑顔を見て、アーウィンも笑みを浮かべた。愛する妻が喜んでくれている姿は、理由などなく嬉しいものだ。
 ちなみに仲睦まじいこの2人が結ばれてから、約10年ほどが経つ。そのなれそめを某有名海外コメディドラマのオープニングナレーション風に説明すると、次のようになるだろう。
『奥様の名前はシェーシャ。旦那様の名前はアーウィン。ごく普通(?)の2人は、ごく普通(?)の結婚をしました。ただ1つ違っていたのは、奥様はナーガだったのです』
 そう、どこからどう見ても人と変わりない姿をしているが、それは変身した姿。シェーシャは竜の末裔と言われる誇り高き種族、ナーガだったのだ。つまり、異種族結婚である。
 結婚当初はさすがに偏見や迫害もあった。しかしそれらを乗り越え、幸せな夫婦生活を営んでいるのだから、たいしたものである。
「……と、いつまでもここに居る場合じゃない。見る場所を見ておかないと、落ち合う時間になりそうだ」
 ふと思い出したかのようにアーウィンが言った。市街地の眺めだけではない、公園内にも見るべき場所は色々とある。ぼやぼやしていると、別行動している母親と子供――戦災孤児を養子に引き取ったのだ――と合流する時間がすぐやってきてしまう。
「だな。そういや、あっちに何か面白い建物があったぜ。見に行ってみようぜ、アーウィン」
 くいっと、アーウィンの衣服の袖を引っ張るシェーシャ。
「ああ。せっかく来たんだし、見に行こうか」
 とアーウィンは答え、2人で『五十間長屋』と呼ばれる建物のある方へ歩いていった。

●夫婦善哉
 その日の夜――宿に入ったアーウィンは、貸切にしてもらった風呂の湯舟の中で、ややぐったりとしていた。
 すぐそば、同じく湯舟の中に居たシェーシャが、そんなアーウィンを不思議そうに見つめていた。もちろん湯舟の中だから、2人とも何も身につけてはいない。
「どうしたんだい、妙に疲れてるみたいだけど。あれっぽっちで疲れるほど、やわな身体じゃないだろ?」
 シェーシャが悪戯っぽい笑みを浮かべ、手を伸ばしてアーウィンの肩を軽くぐいと押した。苦笑して頭を振るアーウィン。
「いや、少し頑張り過ぎたかな……」
 何を頑張り過ぎたかは後で触れるとして、貸切の風呂に裸で2人きり。とくれば、していたことは決まっている。もちろん――旅の疲れを癒していたのだ。
 アーウィンが頑張り過ぎたと言うのは、家族サービスのことだった。結局今日は金沢城公園を見学した後、忍者寺だとか諸々の場所を回ってきていたのである。
 無論、シェーシャが言うようにそのくらいで疲れるようなやわな身体ではない。でなければ、鎧騎士など長く務めていられるはずもない。
 が、何しろ久々の家族サービスということもあって、ちょっと気疲れしてしまったのだと思われる。明日以降になれば、そういった気疲れもなくなってくるだろう。
「同じ『城』って言うけどさ、アトランティスのそれとは全く違うんだな。驚いたぜ」
 今日の感想を口にするシェーシャ。その造りの違いが、シェーシャの興味をひいたようだ。
「サンの国があんなのだって話は聞いてるけど、実物はああなのか。本当に来てよかったな、アーウィン」
「ああ。やっぱり来てよかったよ」
 シェーシャの言葉に、アーウィンが深く頷いた。
「それに、喜んでもらえたようだし」
「そりゃあ……」
 一瞬言葉を止め、照れたような笑みを浮かべるシェーシャ。そして、昼間と似たような言葉を発した。
「アーウィンが連れてきてくれた所だからな」
 繰り返しになるが、場所うんぬんではなく、その行為自体が重要なのだ。今日シェーシャが見ていた限りでは、アーウィンは立派に家族サービスをしてくれていたように感じた。ゆえに、この言葉が出た訳だ。
「けど……だからって、明日から手を抜いちゃダメだぜ。今まで放置してた分、キリキリ家族サービスしてもらうんだからな」
 そうシェーシャは言ってから、アーウィンの肩を軽くつねった。悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「痛っ!」
 アーウィンは一瞬だけ顔を歪めたが、すぐにくすっと笑みを浮かべた。
「分かってるよ」
 アーウィンは静かに答えると、シェーシャの肩にそっと自らの手を回した。
「……これからもよろしく」
「こっちこそ」
 アーウィンのつぶやきに、シェーシャがウィンクした。本当に仲睦まじい夫婦の姿がそこにあった――。

【おしまい】
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聖獣界ソーン
2003年06月04日

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