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『温泉宿に忍び寄る黒い影〜ゴーレムは見た。眼鏡の探偵と秘書(?)の怪しい関係〜 』
ファルナ・新宮0158)&シュライン・エマ(0086)

●古宿の温泉
 窓際に女性の霊が映り、部屋の中を覗きこむ。
 その部屋の客達はそろってそう口にしては、皆部屋を変えてくれと一様に言うのだという。
「うーん」
 ホテル側から泣きつかれ、「俺は怪奇探偵じゃない」と言い飽きた台詞もほどほどに、草間壮介探偵はその宿にいた。
 古い宿である。修学旅行生の宿泊や会社の研修には定番だが、新婚旅行にはむかない感じ。
 草間は部屋のあちこちを指で叩いたり、窓から外をのぞいたりしていたが、ふと、窓からの景色に目を留めた。
「ああ、なるほど」
「どうしましたかっ」
 ホテルの主人は草間に待ってました、とばかりに声をかける。
「‥‥これなら夜を待たなくても解けそうだ。ほら、あれを見てください」
 草間は主人と共に窓から外を見て、上の方を見上げた。
「お向かいのビルのあの白い窓。あれが反射してるんですよ。‥‥多分、女性霊の正体はあれだな」
 隣のオフィスビルの下には、マリア像がたてられている。とても大事にされているらしく、回りには花壇すら作ってある。
 オフィスビルとホテルの間には国道が走り、交通量も多い。車のライトに照らし出されたマリア像の影が、オフィスビルのガラスに反射して、この窓にチラチラと見えるのだろう。
「そんな‥‥まさか」
 驚くホテルの主人に、「以前にもそういうことがあったので」
 と草間は苦笑して笑う。
 人間というのは想像心逞しいものである。人の影と思ったら、もうそれにしか見えない。それがもう「睨んでいた」だの「笑っていた」だのに変化するのだから面白いことこのうえなく。
「まあ、また夜になったら見てみましょう」
 草間は苦笑すると、その部屋を出た。

 草間が部屋の下見に行ってる間、彼と共に仕事の為に訪れていた女性達は、他にも怪異がおきるという温泉大浴場にやってきていた。
 お客達がまだ入浴していない午後三時。
「特に‥‥怪しいところはないみたいだけど‥‥」
 長い黒髪を結い上げたクールな美人、シュライン・エマは呟いた。胸にはバスタオル。手には湯桶。
 調査スタイルに見えないのは、「今なら貸切ですぜ」と笑った、温泉番頭の軽口が原因でもある。
「‥‥そうですねぇ」
 その隣で可愛く首をかしげる金髪の少女は、ファルナ・新宮(−・しんぐう)。その隣に立つのはメイド姿のゴーレム・ファルファも揃っている。
 彼女もまた白いバスタオルで身を包んだ、入る気まんまんの温泉姿。
「‥‥とりあえず行ってみましょうか?」
「そうね」
 ファルナの誘いに、シュラインも頷き、広い湯殿に足を踏み入れた。
 
「‥‥あのぉ‥‥シュラインさん、一つ質問していいですか?」
「なにかしら?」
 岩風呂につかりながら、ファルナはおずおずと上目使いでシュラインを見つめる。
 その視線の先が‥‥シュラインの豊かな胸の辺りに向けられているのが解り、シュラインはつられるように頬を赤らめた。
「ど、どうしたの?」
「‥‥シュラインさんみたいな大人でかっこいい女性って、どうすればなれるのでしょうか。‥‥ほぅ」
 そう言うファルナもスタイルは、16歳という年齢を感じさせないほどのナイスバディである。多分、胸の大きさのことではないのだろうなぁ、とシュラインは苦笑して思い、そうねぇ、と続けた。
「‥‥私も、そんなに自分が大人とは思ってないけど‥‥」
「そんなことないですよ。素敵だし、かっこいいし、草間さんみたいなかっこいい彼氏もいるし」
「‥‥かっこいいって」
 彼氏を否定するべき? かっこいいを否定するべき? 
 少し答えに窮して、シュラインはどちらも否定せず、湯船に肩まで浸かって息をついた。
「ファルナさんは今でも十分素敵よ。‥‥若くて可愛くて、肌もぴちぴちだし」
「ぴちぴち‥‥ですか」
 自分の二の腕のあたりをつつきながらファルナがきょとんとした。
「ええ」
 シュラインは微笑む。‥‥十代の少女の肌の生き生きさは、失ってから、ああ、あのときはよかった、と思い返すものなのだ。今のファルナには理解できないものかもしれないが。 
 ‥‥あまり誉めると寂しくなるからやめておこう。
 
 岩風呂の湯は滑らかで柔らかく、のぼせない程度の温かさ。ついつい長話に花が咲き、すっかり長湯になってしまった。
「‥‥それにしても何もおきないわね」
 天井に描かれた見事な富士を見上げながら、シュラインは思い出したように笑った。
 今回の事件、草間はあまり乗り気じゃなかった。「多分ほとんど、十中八九、ガセ」と決め付けていたからだ。 
 古いホテルに呼ばれる依頼は多いのだ。そしてほとんどが原因は霊以外にあったりする。客商売で敏感な彼等は、部屋が一つ使えなくなることを極端に嫌う。
 といっても、そんな風に客に言われた部屋を自分で確認するのも気持ちが悪い。お払いをすると目につきすぎるし、怪奇探偵が背広でやってきてウロウロ見てくれたら、それは願ってもないことなのだ。
「まあこれでお金がもらえるんだし、私達は温泉に浸かれるんだし」
「悪いことは無しですよね」
 女性達はにこにこと微笑みあった。
 その時。

 きゃああああああっっ!!

 高らかに響く女性の悲鳴。
 ふたりは咄嗟にざばりと音をたてて湯から立ち上がると、脱衣所に走った。
「どうか、どうかされましたか?」
「そ‥、そ、そこ‥‥」
 床に崩れてしりもちをついた旅館の中居らしい女性は、真っ直ぐに床を指差した。
 そこには巨大な‥‥。
「きゃあああああああっっ!!」
 新たな絶叫が走る。
「‥‥あー」
 ファルナは中居さんと一緒に脱衣棚の裏に隠れてしまったシュラインを振り返った。
「シュラインさん、ただのゴキブリですよ〜」
「ただの、ってことはないでしょ!! ただのって!」
 わめくように怒鳴るシュライン。ファルナは首を軽くかしげて、背後にいたゴーレム・ファルフアを振り返る。
「ファルファさん、このゴキブリさんを退治してもらえますか?」
「ロケットパンチはだめよ!」
 棚の向こうから聞こえる突っ込み(?)。残念。とファルナは口元に手をおいた。
 すると。

 ブゥゥゥゥゥン。

 空を舞う一羽の黒い影。
 そう、彼は羽根をも持っていたのである。

 絶叫は、大絶叫に変化した。

「どうしたどうした?」
 女性達の悲鳴に、階段を駆け下り、駆けつける草間探偵。
 中では二人の女性の絶叫が響いている。顔色を変えて、彼は力を入れて、女湯の扉を開けた。
 
 ぺち。

 額に張り付く黒い虫。

「きゃあああああっっ!!」

「なんだなんだ」
 はがそうと額に手をやると、再びそれは宙に舞う。
 そして草間は見てしまった。バスタオルで白い柔肌を隠してはいるものの、生まれたままの姿でいる女性達。
「うわああああっっっ!!」
 次に叫んだのは草間だった。
 
●犯人は黒虫!(違

「え、えーと‥‥」
 女湯のガラス戸を勢いよく閉めて、その戸に背中を当てながら草間はパニックになった脳裏の整理を始めた。
 色々とショッキングな事実はあったが、多分、そんなに自分は悪くない。‥‥そんな気がする。
「草間さん!草間さん!!」
 ダンダンとガラス戸を叩く音が聞こえる。ファルナの声だ。
「開けてください!ここから出して!!」
「着替えたのか!?」
「それどころじゃないです! ゴキブリさんが‥‥いっぱい‥‥」
「先に着替えろっっ!!」
「無理です! 助けてっっ」
 草間は戸を必死で閉めたまま固まっていた。また覗き扱いされるのは‥‥。
「壮介さん!! あけて!!」
 シュラインの声も響く。
「‥‥うう。開けていいといったのはそっちだからなっっ!!」
 草間は抑えていたドアを手放した。勢いよくドアが開き、シュラインが前のめりに倒れてくる。
 意地でも抑えてあるドアを、意地でも開こうと両方で力比べをしていたのである。突然あいた扉に重力の拠点を失い、彼女は前方に倒れこんだ。
「うわあっっ」
「きゃああああっっ」
 振動音が後に続く。
 その後ろから十数匹の黒虫たちが、外に飛び出しては、ロビーの方向へと飛び去っていった。

「シュラインさん大丈夫ですか!!」
 ほうきとモップで応戦の構えをとっていたファルナはシュラインが倒れこんだのを見て、駆け寄った。
 すると。
 体を隠す白いバスタオルははらりと床に落ち、硬直する男の上に崩れ、もたれているラインの細い女性の姿。
 ぴくぴくと震える受け止めて下敷きとなった方の男の腕は、宙をつかんでもがいてるように見えた。
「‥‥だ、大丈夫‥‥ですか?」
「え‥‥」
 閉じ込められた上に、数十匹の空飛ぶゴキブリたちとの死闘(見てただけ)に疲れきっていたシュラインは、一瞬のことに気を遠くしていたらしい。
 はっと気付き、ファルナを振り返り、自分のバスタオルが落ちていることに気がついた。
「きゃっ!! え、あ、うん‥‥平気よ‥‥」
 力なく微笑み、手元を振り返る。妙な柔らかくて温かいところによくも倒れこんだものだ。
 そう思いつつみおろすと、そこには顔面硬直した男の姿。
 四度目の悲鳴が高らかに響き。さらには、乾いた音が数発、パンパンと鳴り響いた。‥‥銃声ではない。念の為。


「俺が‥‥何したって言うんだ」
 頬に大きな紅葉をもらって、小さく嘆息をつく草間探偵。
 ホテル側の好意で、一泊朝食夕食つきのコースを用意してもらっていたのだが、布団が隣部屋なのはよいとしても、食事も別、朝食もテーブルは別などの冷たい仕打ちを受け、すっかりいじけている様子。
「‥‥助けてやろうとしたのに」
「閉じ込められました」
 きっ。瞳からほとばしるレーザー光線。
 バリバリと焦がされ、草間は「いや、それは、また違う事情で」と頭をかく。
 ホテルの霊現象自体はどれもありふれた原因の追究できるものばかりだった。ただ、ロビーに飛び出した黒い連星たちは、その後到着客の体にはりつき、大変な騒ぎを起こしてしまったらしいが、ソレは彼等の責任ではない。‥‥多分。
 非常に気まずい空気と、飛び散る火花の様子を、ファルナだけはにこにこと嬉しそうに見つめていた。
「‥‥本当に仲がよくて羨ましいですよね、ファルファさん」
 後ろに控えたゴーレムに呼びかけて。ファルナはいつか私も素敵な彼氏が出来るといいなぁ、と幸福な想像に胸を膨らませるのであった。


                                          終わり。

ライターより:‥‥ご、ごめんなさい(汗)
 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
鈴 隼人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年06月03日

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