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『stand with one's back to...? 』
久我・直親0095

 ひとつ、ふたつ。
 人混みに紛れさせたつもりでも、その独特の腐臭のような気配は鼻を突く。
「来たか」
呟きに、くわえた煙草が揺れる。
 落ちかけた灰を肺から吐き出す紫煙で器用に吹き飛ばし、久我直親は体重を預けていた壁から背を浮かせた。
 何気ない風で、雑踏に長身を滑り込ませる。
 向けた背に慣れた皮膚感覚に感じる…殺意。
「そんな熱い視線で見つめられるとな」
く、と小さく笑い、直親は指で煙草を車道に弾き飛ばし、横道に足を踏み入れる。
 車通りの多い道こそ、整然と区画整理されているが、人の為の道、とさえ言えない入り組んだ路地、店舗やビルの裏口が集まるような小路は、昼でも暗さばかりが目立って人の姿はない…繁華街の裏などは特にそれが顕著だ。
 直親は、大きな歩幅にゆっくりと、建築法に果たして則っているのか疑問を覚えてまちまちに、そして徒に影を作るビルの間を抜ける。
 そして、入り組んだ狭さから意外な唐突さで、多少開けた場へと出た。
「ここらでいいか」
独言に似ていて、それは間違いなく…背へ向かっての呼び掛け。
 応じてか、複数の影が直親が通ってきた道筋から出てくる…四人。
 一人は中年のサラリーマン、一人は派手な柄シャツに髪の色を抜いた成年、制服に高校生と思しきが一人、買い物袋を下げた主婦。
 姿形から、彼等の目的と関係とを推察するのは難しい。
 ただ共通するのは、その底からの光にぎらつく目、ばかりか。
 声もなく、ただ直親に殺意ばかりをぶつけて来る複数人をざっと睥睨し、直親は鼻を鳴らした。
「ふん……そうだな、鈍っていた所だから丁度いいかもな」
口許に笑み、直親は重心を落とした。
「お相手願おうか?」
茶化す口調を合図に、その人々は…鬼、に憑かれた一般人は一斉に直親に向かって躍り掛かった。


 胴を狙って突き出された手は半身に避け、身体と脇の間に挟み込んで肘を関節に叩き込めば、ごきりと嫌な音がする。
「……やる気はあるのか?貴様等」
思わず直親は歎息混じりの言を吐いた。
 突然に湧き上がる悪心に制動の効かない衝動を、魔が差す、と言う。
 近辺で放火事件が多発している。
 小火程度の被害で収まってはいるが、どれも容疑者がその場で捕まっている…そして一同に、その気はなかった、なんとなく火をつけただけだったとどれも動機がはっきりとしない。
 まさしく魔が差した、としか言い様がなく。
 原因究明と事態の収拾の依頼が舞い込んだのは先週、最近は地鎮や方角見ばかり、接待のきらいの強いお偉方相手にあきあきしていた直親は、他の仕事を蹴ってまで来たというのに…。
「この程度か」
ぼやきつつ、また一人地に沈める。
 少し距離のある火伏せの稲荷が取り壊されて後の事件、という調べは容易についた。
 路地にぽつりとあった其処を祀る者は絶えたか、元々にないのか、それでも近隣の老人が備え物をし、学校帰りの子供がちぎってきた野の花を捧げるなど、人の暮らしに近い場所にあったという。
 それが区画整理で場所を移されてからというから、意味なく場にあったのではないだろう…導き出される答えは、封じ。
「だが大した力もなさそうだがな」
憑代の意識を奪ってしまえば、もう動かす事も出来ない。
 人に憑いて悪さをする、いわゆる憑鬼。
 直親は一帯の火の気を結界で封じ…周辺のガスやライターの点きが悪いだろうが、しばし辛抱して貰うとして…存在する火気は、自分の煙草に点されたただひとつのみ。
 人の憑いて流れて来たであろう鬼の気配は形を潜めて…というよりも元々に強くはない、そんな感触であったのだが、それを囮にまんまと標的を誘き出すのに成功したはいい。
 残す所は後一人。
「……呆気無い」
楽しみさえも出来なかった、そんな思いに苦笑も出てこず、直親は渋面のまま…そして倒れた人々から、薄黒い靄が立ち上るのに気付くと、何を思ってか黙ってそれを見守った。
 三人分、の靄は残っていた主婦に収束するように吸い込まれると、そのマニキュアの剥がれかけた爪がぎらりと鋭利な質感を帯びる。
「最初からそうしてかかって来い」
複数人に憑っていた…それは元々に個なのか多なのかは知らないが、一つに因る事でそれなり、な感がようやく出てくるのに、直親は軽く片眉を上げてそう文句をつけた。
 応じて動きも段違いに、肉を裂くが目的で繰り出される爪…だが、陰陽術と共に武術にも長ける直親にとっては、一般人の…しかも、家事以外に身体を使っていない、少々お肉のつき過ぎた中年女性の動きは無駄が多すぎる。
 距離を詰めるに頬を掠める鋭い爪は紙一重の距離、その位置までの侵入を許した直親は、今度は腹を抉るように突き出された手が身に届く寸前に腕で払い避けた。
 腕を使っての攻撃は自然と重心が前に移る。
 それを横に流されて大きく均衡を崩しかけた憑代を、憑鬼はことさら大振りな腕の動きで止めようとした…が、直親がその機を無駄にする筈もなく。
 膝が鳩尾に叩き込まれ、くの字に前にのめって見せるに後頭部…首筋の急所を晒した其処に手刀を叩き込んだ。
「…………弱いな」
仮に現場を目撃されたら、今度は直親が通り魔事件の重要参考人となるだろう事は間違いない。
 倒れ伏す…心に隙があった、其処に付け入られただけで多分、罪はなかったであろう人々。
 結界以外の術は欠片も使わず、身ひとつで憑鬼を屈服せしめるなど、術力に特化した者にありがちにそれのみに頼る、事をしない柔軟さはある意味異質とも言えようか。
 だが、魂の深部に踏み込まれた者から無理矢理に憑鬼のみを引き剥がせば、どんな後遺が残るか知れない…それを配慮した為だ。
 容易に自由を空け渡した自我のない目、それは果たして鬼に憑かれたからか、それとも元々なのだろうか…益体もない思考は、直親にふと、相反して強い瞳を思い出させた。
 清く、浄く。ひたすらに高みを目指す意志に、運命でさえ屈させる事は出来ないであろう、矜持。
 時に脆さを感じさせるほどに、真っ直ぐな、その瞳。
 直親は、自分が無意識に笑んでいたのに気付くと、片手で口許を押さえた。
 人間的にも実戦にも、実力を存分に発揮するには絶対的な経験が足りない…まだ守り役に護られている感の強い、ひよっこ。
 初めて見たときに感じた印象から今もまだ毛が生えた程度、であるが、その瞳の強さは変わらず…否、更に光を増すかのよう。
「……早くここまで来い」
直親は、押さえた掌の下で…この場に居ない、その存在に向けて呟く。密やかに。
 まだこの背を追っている。だが、必ず自分と同じ位置に辿り着く、それまでと思えばこの退屈も我慢出来る…その確信に直親はその場を後にした。
 また退屈と、それを紛らせる為の努力とに満ちた、日常へと。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年05月31日

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