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『ここが好きだから 』
巫・灰慈0143)&巫・聖羅(1087)




 どこの高校でもそうであるとは限らないが、二年生の終わりから三年生のはじめにかけて、進路指導というものがおこなわれる。
 大学や専門学校へ進学するのか、それとも就職するのか。
 そのあたりをはっきりさせて、それに合わせた勉強の仕方をするのだ。
 とくに後者の場合には、教師がコネクションを使ったりとか企業に挨拶に行ったりとか、いろいろと厄介なことがある。
 不景気な昨今、生徒も教師も大変だ。
「ったくぅ‥‥タルいなぁ」
 廊下を進みながら巫聖羅が呟く。
「そうだろうよ‥‥俺はもっとダルいけどな‥‥」
 疲れた口調で皮肉を漏らしたのは巫灰慈である。
 姓が同じなのは兄妹だからだ。
 望んで血縁なわけでない、とは、双方の言い分であろう。
 むろん、ただの憎まれ口だ。
「だいたいよぅ。なんで聖羅の三者面談に俺が来なきゃいけねぇんだ?」
 いまさらのように愚痴る紅い瞳の兄。
「しゃーないやん。親父もお袋も遠いんだから」
 さも当然といった風情で応える同色の瞳をもった妹。
 たしかにそれは嘘ではない。
 だが、ほとんど札幌の恋人宅に入り浸っている灰慈が、はたして両親より近い距離にいるか、かなり微妙なラインである。
 まあ、ようするに両親より、兄の方が理解があると判断されたわけだ。
 あながち間違ってはいないが、見込まれた灰慈としては迷惑な話だった。
 せっかく恋人と小旅行でもと企んでいたのに、いきなり電話で東京まで呼び戻されれば、彼でなくとも不機嫌になる。
 が、それでも灰慈が妹の頼みを引き受けたのは、彼自身にも憶えがあるからだ。
 親の希望する進路と、子供が志望する進路が異なることなど、べつに珍しい話でもない。
 たとえば報道記者になりたいといっても、認めてもらえないのだ。
 それが巫家である。
 伝統と格式は、けっこう重い鎖なのだ。
 桎梏を逃れるには、かなりの勇気と思い切りが必要になる。
 灰慈がやったように。
 あるいは、聖羅が家を出て一人暮らしをしているように。
 現在、彼女は親からの仕送りを受けていない。
 学費はおろか、生活費すら自分で稼いでいる。
 一七歳の少女に、そんなことが可能なのかという話もあるが、特殊能力のおかげでなんとかやっていける。
 反魂屋。
 それが、聖羅のもう一つの顔である。
 属性としては、兄の浄化と対局だ。
「で、真面目な話、聖羅はどうしたいんだ? これから」
 灰慈が問う。
「んと‥‥」
 口ごもる聖羅。
 話しづらいのだろう。
 すなわち、両親の期待に添って家を継ぐ、ということではないのだ。
 やがて、二人の前に進路指導室のドアプレートが姿を見せた。


 無個性なパイプ椅子と、没個性なテーブル。
 壁に設えられた書棚には、進学関係の書類が並んでいる。
 なんか懐かしいな‥‥。
 ふと、灰慈がそんなことを考えた。
 かつては自分もこんな場所で相談したものだ。あのとき、奨学金制度について教えてくれたり、悩みを聞いてくれた教師は息災でいるだろうか。
「お兄さん、ですか」
「はい。両親は遠くに住んでおりますうえに多忙でして」
 担任教師の声で現実の地平に立ち戻った灰慈が、表情を改めて返答する。
 さすがにこんな場所では、普段のくだけた口調は使えない。
 もちろんそれは、教師の側でも同じだろう。
 ギャップに、ひっそりと笑う聖羅。
 だが、その彼女もすぐに表舞台に引き出されることになる。
「じつは、まだ巫くんの進路希望は提出されてないんです」
「うぐ‥‥」
 本題を切り出した教師に、聖羅がうめく。
「そうなのか?」
「だって‥‥」
 闊達な彼女らしくもない。
 なにか思い屈しているのだろうか。
「あたし‥‥進学したいかだよね‥‥」
 ややあって、ついに聖羅が重い口を開いた。
 べつに志望としてはおかしなものではない。むしろ、今の時世、ごく普通のものであろう。
「巫くんの成績なら、六大学を充分に狙えると思います」
 教師がフォローする。
 あるいは、聖羅の志望を知っていたのかもしれない。
「ふむ‥‥」
 腕を組む灰慈。
 本人が希望する以上、彼に否やはない。
 むしろ、応援してやりたいと思う。
 だが問題は、
「親父とお袋だよね‥‥」
 考え込んだ兄に向かい、聖羅が言った。
 そうなのだ。
 灰慈の進学にすら渋面を作った両親が、女子である聖羅の大学進学を容易く承認するだろうか。
 地元に帰って、家業の神社を継げというに決まっている。
 まあ、入ってしまえばこっちのものだ、という考え方もあるが、高校と違って大学の学費は高額だ。
 聖羅一人の収入で賄えるか、はなはだ疑問であろう。
 やはり、出資者としての親の存在は無視できない。
 このあたり、彼は自分の学生時代を思い起こさずにはいられなかった。
「巫くんは、ずいぶん頑張っていましたから」
 教師が言葉を紡ぐ。
 なんだか照れたようにそっぽを向く聖羅。
 努力を褒められるというのは、随分と恥ずかしいものだ。
「一応訊いとくけど、なんだって大学にいきてぇんだ? 聖羅は」
「‥‥あたしは、東京にきて、いろんなことを勉強できたような気がする‥‥そりゃすっごい哀しいこととかもあったけど‥‥」
「ふむ‥‥」
「たぶん田舎に引っ込んでたら、こんな哀しさとも無縁だったんだろうけど。でも、あたしは世の中のことをもっと知りたいんだ‥‥」
 そのために大学に進み、四年間という時間で自分をもっと成長させたい。
 就職という道は、この際は選べない。
 高卒者、とくに女子は、親元近くに飛ばされるのが日本企業の伝統的な体質だから。
「ふむ‥‥」
「兄貴‥‥」
「判った。親父とお袋は、俺が説得してみよう。それで駄目なときは‥‥」
「ダメだったら‥‥」
 諦めるしかないだろうか。
 目を伏せる少女。
「そのときは、俺が学費を出してやる」
 きっぱりと言った。
 灰慈は、けっして裕福ではない。それどころか貧乏の部類に入る。
 だが、それでも妹の思いは叶えてやりたかった。
 こつこつ貯めてきた結婚資金が、ゼロになってしまったとしても。
「兄貴‥‥」
「んな顔すんな」
 なんだか泣きそうな顔の妹の頭を、がしがしと撫でる灰慈。
 こういうシーンは苦手だ。
「奨学金制度もありますから」
 教師がパンフレットをさしだした。
 穏やかな午後。
 遠くから、生徒たちの笑い声が聞こえていた。


  エピローグ

「ごめんね‥‥兄貴」
「ま、気にすんな」
「普通は気にするよぅ」
「親を説得できれば問題ないんだからよ」
「うん‥‥」
「大丈夫だって」
「‥‥‥‥」
「なんだよ?」
「綾さんに怒られるかも‥‥」
「できれば国立に進学してくれや。そしたら俺のなけなし貯金も、大ダメージを受けずに済む」
「うん‥‥そうだね」
「ま、頑張れや」
 妹の肩に手を置く兄。
「頑張るよ」
 妹が微笑する。
 夕映え。
 太陽は大きく西に傾き。
 たおやかな夜の姫が、眷属たちを引き連れて天上の舞台にのぼろうとしていた。
 無音の祝歌を奏でながら。














                         終わり
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年05月30日

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