▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『polite to ladies 』
湖影・虎之助0689

 最上級のミンクファーが頬を擽る。
 湖影虎之助は背側から長い髪の一房をすくって口付け、掲げた位置に掌を傾けると光に透ける金が肩にかかってさらりと流れた。
 それを追うように背から回した手、慣れた仕草でコートの前を外していくのを諌めはせず、彼女はくすくすと笑ってしなやかに細い腕を虎之助の首に回した。
 コートの下に身に着けたワインレッドのスリットドレスは胸や腰の添って忠実にその扇情的にラインに添い、左の肩を抜く動きに裏地の絹が滑らかに肩から重たいコートを落として、誘うように僅か傾けられた首筋を軽く啄む…。
「そこで目線、こっち!」
言われて両者は真っ直ぐに力のある眼差しだけを正面に向けるに、フラッシュが弾けた。
「お疲れさまでーす、15分休憩、入りまーす」
「暑い!」
声の途端に両者は、爆ぜ栗の勢いで互いの距離を取った。
 寸前まで情熱の炎に身を焦がして肉感的な関係を演じていた…のが嘘のように、というよりも間違いなく嘘であるモデルの両者は絶え間ないフラッシュとライトに晒され続けた苦を影に求めて撮影所の片隅へ移動する。
「暑いぃ…なんで夏の最中に毛皮なのぉ…」
腰までに長い金髪を両手でひとつに纏めて背に籠もりそうな熱を逃がし、生国がフランスだという彼女は大きなグリーンの瞳を瞬かせた。
「それは俺も同感だね」
 大学生という本業が知識と才能の糧となるならば、モデルの副業は生活と経験の糧、普段着れないような代物が着られるのは楽しいけれど、季節感を無視した撮影コンセプトには時折辟易する。
 ちなみに今日の仕事は、来冬に発表される毛皮を主にしたデザイナーズブランド…”獣性(ケモノ)を纏え”を惹句にした渾身のシリーズである、という。
 最も、今日はまだ屋内での撮影だが、これが浜辺などでなくて良かったと心底思う…直射日光の下に毛皮で立っても額に汗すら許されない、モデルはある意味過酷な職業だ。
さり気なく、彼女のコートを受け取る…とても手が出るような値ではないという事だけははっきりしている為に、敢えて価格を問いたくもないような豪奢なミンクを、撮影スタッフがハンガー片手に恐る恐るの呈でブラシをかけている。
「トラノスケも脱いだら?」
虎之助が扇風機の前にパイプ椅子を据えるに、エスコートに慣れた様子で彼女は腰掛ける。
「脱いでもいいのかな?」
わざと乱した髪が額にかかるのを掻き上げるのに、丈の短いジャケット…あろう事か、その毛皮は雪豹だ…の裾が上がり、長い足を包んで黒の型押しのレザーパンツとの間にほどよく鍛えられた腹筋が見える=下には何も着ていない。
「アラ、いーわよ♪」
「よくないですぅッ!」
ペットボトルと紙コップを取り落としそうに真っ赤になったのは、夏期休暇を利用した高校生のアルバイトスタッフだ。
「生トラノスケの裸なんてそう見れるモンじゃないんだから眼福と思ってよく見てきなさいよ」
なまじの日本人より達者に言語を操って彼女が笑うに、ぶんぶんと少女は首を横に振る。
「女性に請われて惜しむような肌ではないけれど、あなたを困らせるのは本意じゃないな」
頭を振りすぎてふらふらになっているアルバイトを自分の椅子に座らせた上、お茶と紙コップとを取り上げ、片手に二つ、器用に支えて高所から注いだ。
「女性に労をかけるのは心苦しいからね」
どうぞ、と笑みかけて差し出すコップに、「ありがと」と動じずに受け取ったモデルは「困ります〜」とひたすら恥じ入るアルバイトに釘を差す。
「トラノスケが優しいからってカンチガイしたらダメよ?レディファーストを通り越してもう病気なんだから」
幾度が現場を共にしているだけにしたり顔…だが、悪い気もしないのも真実だ。
「そんなの知ってます、有名だから特別な好意じゃないのは分かってます〜」
それでもちらりと見上げるに虎之助の位置が近く、真っ赤になってアルバイトは縮こまった。
「病気とは心外だな」
腕を組んで立つ、その様だけで絵になる虎之助が軽く息を吐く。
「俺をそうさせてしまうのはあなた達でしょう?その柔らかな曲線の内に神秘を宿した存在こそを掲げずに居られない…女性は大切に」
柔らかな微笑みを浮かべた虎之助の背後で、男性スタッフが声を上げる。
「ちょっとちょっと。虎之助さんに何させてんの」
「野郎は死ね」
振り返り様に剣呑な眼差しを叩き付けられて思わず怯むスタッフ。
「非道いですよ、虎之助さん!」
たじるスタッフに、現場に入って日の浅いスタッフがガーンとポーズをつける。
「女の子ばっかり優しくして…俺達だって虎之助さんにお茶貰ったり」
「マッサージして貰ったり」
「将棋さしたりして欲しいのに!」
何処かカンチガイした代物も混じっているが、全員が声を揃える。
「男女差別だッ」
「……死ね」
その主張を一言で却下した虎之助だが、ふと思いついた風で腕を解き、カツカツと手近な一人に歩み寄った。
「どうしてもというなら……優しく逝かせてやるぜ?全員な」
スタッフの肩に置いた腕に体重をかけ、耳元の囁きに不敵な笑みる女性と相対する折に甘いバリトンを誇る声は、男の凄味に深みからぞくりと背筋に響く…に、男性スタッフが凍り付いた。
「あ、涼しくなったわネ」
空調が効いているとはいえ、常にライトや電気機器がが稼働している上に大多数のスタッフが動き回って撮影所は熱気に満ちる。
 その、スタッフの大多数…の男性を凍り付かせるに体感温度を2度は下げる事を成功した虎之助は、一転爽やかな笑みを女性陣に向けた。
「過ごしやすくなりましたね……後少しです。頑張りましょう」
女はその身の幸運を、男は己が不幸を。
 考えずに居られない、そんな一日だった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年05月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.