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『導くものたちの巡り逢い 』
綾和泉・汐耶1449

朗らかな昼下がり。今日は月に二度目の都立図書館の館内整理の日だ。
 司書達はそれぞれの持ち場を中心に書庫の整理や、閲覧者の一覧の書き換えなどを行っていく。見た目は地味かもしれないが、非常に重要な仕事だ。
 午前中に担当場所の整理を手早く終わらせて、昼食の休憩を挟んだ後、綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)はもうひとつの持ち場である、要申請特別閲覧図書の保管室へと向かっていった。
 館内整理日ではあるが、一般の閲覧図書の整理は午前中に終わるため休館日にはしていない。
 だが、平日の昼間とあって図書館に人は殆どおらず、遠くからわずかに聞こえる子供達のかけ声が、よりいっそうこの場が離れた空間だということを意識させた。
 カチャリと扉を開き、暗い部屋に明かりを灯す。蛍光灯の無機質な輝きと違い、この部屋を照らす白熱電灯の淡い橙色の輝きがどことなく落ち着きを感じさせられた。
 一般の客を立ち入り禁止にしているこの部屋は読む利便さより本の保存を考え、採光はほとんどしておらず、天井につけられた換気用の窓から細い光が差し込まれて来るだけだ。照明も蛍光灯ではなく白熱電灯にしてあるのも、紫外線を少しでも当てないようにするためだろう。
 新しくこの部屋の住民となる書物達を整理しながら、汐耶はひとつひとつ本達に声をかけてやる。この保管室に納められる本達は全て自らの意思を持つ何かが宿っているからだ。
 丁重に取り扱い、機嫌を損ねないようにしないと取り返しのつかない事態におちいることもある。
 何時だったか、うっかり本の取り扱いを間違えて宿主をひどく怒らせてしまった時には、部屋中の本棚が全て倒れて、被害を受けた本達の修復に二日を費やしてしまった。
 修復作業の手間もあるが、何より他の本達に刺激を与えてしまうことが一番の恐れだった。もし、連鎖的に力を解放させられてはこの図書館を崩壊させてしまう危険が高い。そうなっては自分一人で処理しきれないのは目に見えている。
 もっとも、強い結界をはりめぐらせているし、そうそう彼らの機嫌をそこねることはないので危険におちいることは殆どない。
「……そう、お疲れさま。大変だったのね。傷は私が治してあげるからおやすみなさい」
 器用に本のほころびを直し、本の種別を確認したうえで適当な棚に納めていく。
 ふと、一冊の本を手に取り、汐耶は首をかしげる。金の装飾が縁取られたシンプルな装丁の本だ。
 どこかで見たことがあるような……
 と、汐耶は数多く並ぶ棚から一冊の本を取り出した。外見は非情に良く似ており、こちらは金の代わりに銀で装飾されていた。ぱらぱらとお互いをめくり、中身を確認しあう。書かれている書体は同じだが、内容が少し違ってきている。写本のたぐいではないが、同じ著者の作品なのだろう。
 と、互いの本が鈴のような音を響かせて、互いに共鳴しあった。出会えたことへの喜びの声を確認し、汐耶は満足げにひとつ息を吐いた。
「なるほど。ここにキミが来たのは偶然じゃないようね」
 汐耶は本を手に取り、二人仲良く並べて棚におさめてやった。
 すると、鈴の音が一層高く鳴り、図書館の中に響き渡る。音に反応したのか、眠っていたはずの本に宿る者達が次々と目を覚まし、音に合わせて声を震わせた。共鳴を受けた本のひとつの力なのだろう、どこからともなく桜の花びらが舞い始める。
「……綺麗……」
 汐耶は作業の手を休めて、その幻想的な世界に汐耶はしばし酔いしれることにした。
 細く差し込む太陽の光の中舞い散る桜の花びら。その舞にあわせるかのように奏でられる鈴の調べ。離れ離れになった二人が再び出会えた喜びとその祝福の宴はしばらくの間続けられた。

 不意にパリンと何かが割れるような音がした。それと同時に一瞬にして鈴の音は掻き消え、図書室にいつも通りの静けさが戻ってきていた。
「なに……?」
 汐耶は眉根を寄せて立ち上がり、先ほど収めた二冊の書物を取り出した。
「文字が、消えてる?」
 両方とも何もない真っ白なページだけでつづられたただの本と成り果てていた。本に宿っていた物はどこかへいってしまったのか、気配すら感じ取れない。
「ちょっと旅にでも出て行ったのね。久しぶりのデートというところかな」
 汐耶はそっと本をしまい、再び作業にとりかかった。声をかけられ、再び汐耶は作業の手を少し休めた。
「え? 二人がどこに行ったか気にならないかって? そうね……気にならないというのは嘘になるけれど、人の恋路を邪魔しちゃ暖炉の火にくべられてしまうわよ?」
 くすりと笑みをもらしながら、本に宿るもの達の雑談に言葉を返す。こうしていられるときが何よりの至福だ。

◇◆◇ 

 ぼーん……と閉館時間である五時を告げる鐘がなった。
「いけない。もうこんな時間だったのね」
 今日の午後からはアルバイト員ばかりで、館内の施錠が自分に任されていたのをすっかり忘れていたのだ。汐耶は残りの本に手早く処理を施して棚にしまうと、汐耶は急いで扉の門を閉めに向かった。

 部屋を出る途中、彼らに挨拶をするのを忘れずに。
 
おわり

(著作:谷口舞)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2003年05月14日

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