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『lovebird 』
結城・二三矢1247

 出会いは一度、ただ一度。
 同じ制服の群に埋没しする事なく、柔らかそうな茶色の髪が歩みに揺れるに目が離せず、自分の不躾な眼差しを、少し垂れ気味に優しく黒い瞳が受けてニコリと微笑む。
 意に反して跳ね上がった鼓動を持て余して立ち尽くした。
 身体中が心臓になったみたいで目が眩む。
 頬が火照って熱く、出来の悪い操り人形のようにぎくしゃくと、快い声に笑いさざめいて空気を震わせる背を見送るしか出来ず。
 廊下をすれ違うに、眼差しが交差したそれだけで…残像が写真のように脳裏に焼き付く一瞬があるなんて…。
 結城二三矢、14歳。
 秋の最中に訪れた春である。


「どうしよう…」
二三矢は中庭のベンチに座り込み、高鳴りっぱなしの心臓の部分を押さえて同行していた友人に重々しく告げた。
「俺、重病かもしんない…」
「あー、病気だな。医者でも温泉でも完治は無理だな」
あぐあぐと焼き鳥を頬張り、気がなさそうに友人は答える。
「俺が不治の病でも…友達で居てくれる?」
不安に揺らぐ二三矢に、友人は鼻の頭に皺を寄せた。
「お前…海外飛び回って何年も戻らねーよーな坊ちゃんの親友勤めて13年だぜ?愚かな問いはヤメナサイ…っても、惚気やがったらすぐに縁を切る。すっぱりずっぱり」
切り裂く動作に容赦のない友人の台詞が理解出来ずに、二三矢は首を傾げた。
「…惚気?」
「そりゃお前、惚れたんだろ?恋だよ恋。しっかしそんな可愛いお姉さん居たかねー?」
ちょんちょんと、跳ねるように片足で池まで跳ねてく台詞の後半は二三矢の耳に入っていない。
「これが…」
二三矢は呆然と呟いて己が両手を見る。
「恋♪それが恋♪きっと恋♪これは鯉♪」
「♪」の度に手拍子を打って、池の鯉を呼び集めて友人は、家庭科部の出店で買い込んできたクッキーを砕いている。
「来ーい来い鯉、たんと食ってでっかくなれよー」
池の端にしゃがみ込んで、ビチビチと両生類に進化しそうな勢いの魚類に友人はクッキーを投げ与えながら言う。
「そしたらお前等食って俺がでっかく育つからなー」
おいコラ。
 人が悩んでいる横でなんとも呑気な様子に、二三矢が顔を上げるに、中学生の平均身長に及ばぬ…有り体に言えばチビな為か、人一倍食に関心のある…正直に言えば食い意地の張った同級生は両手を打ち合わせてクッキーの粉を払うに、ベンチに腰掛けたままの二三矢の元に戻るとそのまま見下ろした。
「いー加減他んトコも見て回ろーぜ、折角の休日が無駄になっちまう」
先に買い込んでいた食糧のあらかた食べ尽くしたのか、今度は天体観測部でパンフレットとセット売りだった金平糖をポリポリ囓る。
 流石、都内有数のお嬢様高校だけあってなんだか色々と女の子っぽい。
 本来なら中学生といえども他校の男子生徒が校内に入るなど以ての他、である此処の門戸が一般に開放されるのは数える程で、今日はその貴重な一日、文化祭である。
 だが、誰もが入れるでなく、在校生が一人につき三枚有するチケット、お二人様連れまで有効…のレアチケットを友人が従兄弟の兄の嫁の妹からという遠いような近いような伝手で入手したのである。
 其処で、彼女に出会ったのだ。
 名前は分からない…けれど、お嬢様高校に在籍していて、年上だという二点ははっきりしている。
 きっと清楚でたおやかで、落ち着いた大人の女性なのだろう、と想いを巡らせ−中学生の高校生の認識はそんなものだ−二三矢は、はっとある点に思いが及んだ。
「…彼女、年下はダメかな?」
「知らねーよ」
「背も高かったし…自分より小さい男ってどう思う?」
「てめ、それは俺に対する挑戦か?」
怒気を噴出させる友人を尻目に、二三矢はベンチの背に懐く。
「…俺、一体どうしたら…ッ!」
「どーもしねーでいーよ」
怒りの青筋を浮かべたまま、友人は猫掴みの二三矢の襟を持つ。
「俺は付き合ってらんねーからお前が付き合え。ロスした時間の分ガシガシ回るぞ!」
せっかちさんな性格に、二三矢の踵を地面に擦ったまま校内に走り込む彼は、背丈に反して力持ちさんだった。


 園芸部のオススメ商品『恋によく効くハーブバス』を食い入るように見つめる二三矢に、友達甲斐のない友人は、
「ヤツは今病に冒されてるんです。そっとしといてやって下さい」
と売り子のお姉さんに告げるにおまけをせしめつつ、自分もそっとしておいていた。
 それなりに気を使ってやっている。
 だが、今の二三矢にそんな友の気遣いにまで気が回る余裕があるでなく、深い深い溜息にお肌がキレイになる成分を主としたハーブに後ろ髪を引かれる思いで置いて…ふと、教室の片隅の鳥籠が目についた。
 中には、鮮やかな色彩の小鳥が二羽、睦まじく寄り添って止まり木に止まっている。
「ボタンインコか」
もぐもぐと何かを口に入れながら友人が一緒に覗き込む。
「詳しいね」
「あたりきよ。俺は食えないモンに注ぐ愛は惜しまない男だぜ」
指を舐め、ついでとばかりに蘊蓄を傾ける。
「別名、ラヴバードっつって。一生を一番いで添い遂げるんで有名だぜ」
一生涯の愛を貫く、恋人達。
「…どうやって?」
二三矢に問われるに、「へ?」と首を傾げる。
「どうやって相手を見つけるんだろ」
「…飼われてるヤツなんかは既成事実で済し崩しじゃねーの?」
おいコラ中学生。
「そっか…いいなぁ」
よくないだろう、中学生。
 ちょっと半眼になってしまった友人の視線に、二三矢は苦笑するとコン、と鳥籠の角に額をあてた。
「だって彼女と二人っきりだったらさ…選んで貰えるかもだろ」
「馬鹿になったな、二三矢君?」
はん、と両手のを肩の位置に上げて。
「選択の余地がないのと、選んで貰えるのとは雲泥の差だよ?大体、何だねキミは。さっきからグズグズと。自分だけで盛り上がっててどうするのさ。相手が居る事なら尚更、さっさと…」
芝居めいた口上は、
「グギャ、ゲギャギャギャ!」
との愛らしい小鳥のけたたましい声に遮られた…その至近で鼓膜をやぶらんばかりの大声もまた有名なボタンインコであった。


 決して、ボタンインコに脳髄を揺さぶられたが原因ではないが。
 二三矢は唐突に度胸を決めると、薄暮に沈みかけた校舎を校門から見上げた。
 既に来場者は校内から追い出されて、後かたづけに日常へと戻ろうとする生徒達のざわめきが届く…理屈や不安はどうでもいい。
 持て余す気持ちの遣り場…心は頭よりも単純で、そして明解だ。
 ただ会いたいと。
 願う気持ちに抗えず、友人が呆れて先に帰ってしまったけれど。
 人が溢れ始めた玄関口に二三矢は目を凝らす…見失わない、見間違えない。
 遠目に見ただけで心臓が踊り出すのに、二三矢は深呼吸をすると、その永遠に思える一瞬を、待った。
 彼女がゆっくりと歩いてくる、こちらに向かって。
 息を大きく吸って、吐く。なんと言って話しかけようか、待っている間に考え続けていた台詞をもう一度胸の内に繰り返し…立ちはだかるように、彼女の前に出る。
 彼女がきょとんと首を傾げて…二三矢を見た。
 それだけで頭にカッと血が上り、何が何だかわからなくなる。
「あ、あのッ!」
それでもただ一度の出会いを偶然に止めない為、確かな縁とする為に。
 二三矢は声と勇気とを振り絞った。
 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年04月28日

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