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『妖しい2人 』
九尾・桐伯0332
●まずは奇妙な会話
 普段から何やかんやと騒動の持ち上がるあやかし荘ではあるが、騒動のない時はその外観に相応しい静けさが漂っている。逆に言えば、日々外観に似つかわしくない騒がしさが漂っているということになるのだが、それはまあともかくとして。
 騒がしかろうが、静かであろうが、あやかし荘の住人たちが各々普段の生活を営んでいることには変わりがない。それは例え管理人であっても例外ではない。
 さてそんな静かなあやかし荘で、九尾桐伯と嬉璃が廊下の端に居る姿が住人たちによって目撃されていた。
 2人が一緒に居るのは別におかしいことではない。近頃よく管理人室で、茶を飲んでいる姿が目撃されていたのだから。何を話しているのかまではよく分からないけれど。
 しかし妙なのは、何故に管理人室ではなく廊下の端に居るのかということだ。見ようによっては、人目を忍んでいるようにも感じられる。
 住人たちの中には物陰に隠れ、2人の会話に耳を傾ける者たちも居た。以下はその時の会話の様子だ。
「お主はなぁ……今日こそはしてくれると言っておったぢゃろ? 約束を破るつもりか?」
「そうは言いましたが、予想に反して今日は人が大勢居るようですからねえ」
 渋い顔で嬉璃が言うと、すぐに笑みを浮かべた桐伯が切り返した。桐伯の言葉はまだ続く。
「こういうことは、ばれると厄介ですから。ちょっとした騒ぎになるでしょう」
「別にばれても構わぬぞ?」
 妖し気な笑みを浮かべる嬉璃。ともすれば、妖艶さのある不敵な笑みだ。
「……そうですか、構いませんか」
「構わぬ。だからお主も約束は守るのぢゃ」
 2人の会話は言葉だけ取ってみれば、恋人同士のようにも聞こえた。いやまあ、いくら何でもそんなことはないだろうけれども。
 それはそれとして、嬉璃の言う約束とは何のことだろうか。それに桐伯の言う『ばれると厄介』とはどういうことか。
 また何か企んでいるのだろうか。多くの住人はそう解釈することにした――その時は。

●次に妖し気な会話
 それから約1時間後、事態は急変していた。ある空き部屋の前に、住人たちが大勢集まっているのである。それも一様に戸惑った様子で。
 最初に部屋の前に居た住人曰く、通り過ぎようとしたら、ふと中から妙な音が聞こえてきたということであった。
 足を止めて耳を澄ませてみると、扉越しに聞き覚えのある2人の声――桐伯と嬉璃の物と思しき会話が聞こえてきたのだという。
 集まった住人たちは、代わる代わる扉に耳を当てていた。扉越しのため声はややくぐもっていたが、2人の話す内容はきちんと聞き取れていた。
「ああ……もう少し、着物をはだけてもらわないと。そう、そのくらいで」
「ふふ、どうぢゃ? ここはつるっとしておるぢゃろう?」
「ええ、つるっとしてますね」
「これ! 急に触ったら、くすぐったいぢゃろう!」
 聞き耳を立てていた住人たちは思わず眉をひそめていた。……何ですか、この会話は?
「触らないと、気持ちいい場所が探せないじゃないですか」
「むう……それはそうぢゃろうが、怖さもあるからのう……」
「大丈夫ですよ、全て私に任せてくれれば。何、痛いのはほんの少しの間ですよ。すぐに気持ちよくなってゆきますから」
「……本当ぢゃろうなぁ?」
「信じてください」
「分かった、お主を信じるぞ……」
「では横になって……リラックスしてください。強張ってると、上手く入れられませんからね……」
「これを……入れるのぢゃな? ふむ……触ってみると、思ったより固くて太いのぉ」
「これがいいんですよ。それではそろそろ……」
「……つっ……痛い……」
 そこで突然、嬉璃の声が苦し気な物に変わった。
「お主……痛っ……」
「まだ先が入っただけじゃないですか。ここから、ゆっくりと入れてゆきますから……我慢してください」
「うむ……」
 この後、2人とも黙り込んでしまったのか、急に会話が聞こえなくなってしまった。だが2、3分経った頃だろうか。先程の苦しさはどこへやら、何とも気持ちよさそうな嬉璃の声が聞こえてきた。
「う……おお、確かにお主の言う通りぢゃ……これは気持ちがよい……」
「でしょう? これがやがて病み付きになるんです。それにどうです、身体が熱くなってきていませんか?」
「うむ……気持ちよい……何とも言えぬ心地ぢゃ……」
 ここまでずっと2人の会話を聞いていた住人たちの大半は、顔をすっかり赤らめていた。どうにも艶やかな言葉の並ぶこの会話は……まさか……ひょっとして?
 いやまあ、実年齢的には何ら問題はないのかもしれない。けれども、果たして倫理的にはどうなのだろう――などと、訳の分からないことを口に出し始める住人たち。
 聞き耳を立てている場合ではないと思ったのだろう、住人たちは扉を開けて一気に部屋へ雪崩れ込んでいった。
 いったい何をしているのかと――。

●そして、健全な会話
 しかし、目の前にあった光景は、住人たちの思い描いていたそれとは全く異なっていた。
 そこにあったのは、肩をはだけて桐伯から鍼のような物を打ってもらっている嬉璃の姿。いやはや、何とも健康的、健全な光景だった。
「何ですか?」
「どうしたのぢゃ?」
 唖然とする住人たちとは対照的に、怪訝な表情を浮かべる桐伯と嬉璃。いったいどうしたのかといった表情で、住人たちの顔を見ていた。
 混乱収まらぬまま、矢継早に2人に質問を投げかけてゆく住人たち。最初に聞いたのは、もちろんここで何をしていたのかということだ。
「以前に約束をしていました、九曜流鋼糸術内の鍼灸術をちょっと。この鋼糸を使ってですね……」
 そう言い、鋼糸を見せる桐伯。これを適当な長さで切断して鍼として使っていたようだ。もしや、固いとか太いというのは?
「ええ、鋼糸ですよ。嬉璃さんは、もっと細いと思ってたみたいで」
 じゃあ、『つるっとしてる』とは?
「何ぢゃ、分からぬのか? ほれ、お主らも見るがいい。肩がつるつるしておるぢゃろ?」 寝転がったまま、自らの肩を指差す嬉璃。鍼の刺さったそこは、確かにつるっとしていた。
「最初は痛かったのぢゃが、次第に心地よくなってきてな。ツボの効果ぢゃろなあ……身体まで熱くなってきたのぢゃ」
「私が言った通り、痛いのはほんの少しだったでしょう?」
「うむうむ、たいした腕前ぢゃ。これは病み付きになるやもしれん」
 桐伯の言葉に、嬉璃は満足げに頷いた。だとしたら『ばれると厄介』というのは?
「嬉璃さんに施しているのが分かると、他の方からもお願いされるかなと思いまして。1人や2人ならいいんですけど、このくらい大勢になるとさすがに店の開店時間に影響しますからね」
 桐伯は住人たちの顔をゆっくりと見回すと、苦笑して答えた。
「困るのはお主だけぢゃから、別にばれても構わなかったのぢゃがなあ」
 そう言い、意地悪い笑みを浮かべる嬉璃。そこまで聞いた住人たちは、その場で一斉にがっくりと座り込んでしまった。
「おや、どうしました? 何だか皆さん、どっと疲れたような顔をしてますが?」
「どうしたのぢゃ? お主たち、さっきから様子がおかしいぞ?」
 何がどうしたのか、全く分かっていない桐伯と嬉璃。つまりは住人たちの大いなる勘違いだった訳である……いやはや、何ともはや。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年04月28日

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