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『今夜も乾杯 』
バルバディオス・ラミディン0046

夜の帳が下り、ベルファ通りに歓楽街の賑わいが目覚めてきた。
ここ、黒山羊亭にも酒と女を求める男たちや物腰柔らかく、しなを作る女の姿がある。
そんな中、バルバディオス・ラミディンは壁際のテーブルで珍しく物憂い顔をして座っていた。
目の前に置かれたライ麦パン一つと、スープにサラダ。それとグラスに注がれたビールというささやかな夕食をフォークで突付きながら、バルバディオスは懐から硬貨の入った袋を取り出した。
ぺちゃんこに萎んだ皮袋が今の彼の全財産。
中には質素倹約して生活すればあと二、三日は過ごせる額のお金が入っている。
別に働いて無い訳ではないのだが、最近の依頼はどうも実入りが少ない割りに出費の多い内容ばかり。
金儲けの為にこの仕事をしている訳ではないが、せめて毎日仕事終わりの一杯くらいは金を気にせず飲みたいものだとバルバディオスはため息を吐いた。
「……はぁ。酒が飲みてぇな〜」
そうぼやき、チビチビとビールを飲みながら、見るとは無しに店内を眺めた。
皆楽しそうに酒を呷っている。
カウンターの一席では、この店の踊り子エスメラルダもジョッキを片手に客の一人らしき男と話をしていた。
どうやら、男がエスメラルダを酒の席に誘っているらしい。
だが、エスメラルダはまったく相手にしていない。
「なぁ、どうだい?俺と一杯やろうぜ」
「あら、一杯だけなの?私と飲みたいならせめて酒樽の一つは用意して貰わないと困るわ」
「そうだぜ。エスメラルダちゃんはそこいらの女とは訳が違うからな〜」
二人のやり取りを聞いていた別の客が野次を飛ばす。
それににっこりと微笑んだエスメラルダは誘ってきた男の胸にジョッキを軽く当てると妖艶な笑みを浮かべた。
「次のお誘いを待ってるわね」
苦笑交じりに戻っていく男を見ながら、バルバディオスはある事を思いついた。
成功すればタダで、しかも腹いっぱい酒が飲める方法を。
グラスのビールを飲み干すと、バルバディオスは席を立った。

「よ。エスメラルダちゃん!」
「あら、バリィ」
片手を挙げて笑むバルバディオスにエスメラルダは軽く頭を傾け微笑んだ。
「なぁ、エスメラルダちゃん。俺と勝負しないか?」
「勝負?一体、何の勝負なの?」
不思議な顔をするエスメラルダに、にっと歯を見せた笑顔でバルバディオスは言った。
「飲み勝負さっ!誰が最後まで立ってられるか。いっちょ白黒はっきりさせたいと思ってさ」
「まぁ……いいわよ」
驚きで目を見開いたのも一瞬。すぐに妖艶な笑みを浮かべたエスメラルダは立ち上がった。
「そうこないとな♪負けた奴が酒代を持つってのはどうだ?」
「いいじゃない。あと、負けた方は何でも言う事を聞くってのはどう?」
「良し。乗った!」
ふふふ……と火花を散らす二人に、店内の客たちの視線が集まり、良い酒の肴だと、さっそく二人の勝負の舞台を用意し始めた。
店内の真ん中の席を開け、店の奥からワインボトルの入ったケース二箱を運んでくると、移動してきた二人の前のジョッキになみなみと液体を注ぎいれた。
バルバディオスは内心上機嫌である。
上手くエスメラルダが乗ってくれ、こうして酒にありつける。
バルバディオスは舌なめずりをすると、一気に喉を鳴らして飲み干した。
「…ぷっは〜美味い!」
「さすがね」
そう言うエスメラルダも一気にジョッキを飲み干した。
歓声をあげる観衆たちによって、ジョッキにはまた液体が注がれていく。
「さっ!どんどん注いでくれよ」
勝負は序盤からハイペースに進んでいった。

……八本……
九本……十本……

一ダース空にした二人だが、ちっとも変わらない。
「やるわね、バリィ」
「そういうエスメラルダちゃんだって、流石だな」
余裕の笑みを浮かべる二人に観衆たちもどんどん野次を飛ばし、盛り上がる。

十六本……十七本……
……二十本……二一本……

ついにニダース分が黒山羊亭の裏へと運ばれて行った。
二人の顔にも微かに朱が差し、目が据わって来ている。
観衆は半分呆れ、半分感心し、事の成り行きを見守っていた。
「ふふふ……そろそろギブアップしたら?」
「なーにを言う。まだまだ勝負はこれからさ。そういうエスメラルダちゃんこそ、大丈夫かい?」
「あら。余計な心配は無用よ。これくらい、ほろ酔いのうちにも入らないわ」
相手を牽制しつつ、バルバディオスは半分残っていたワインを飲み干した。
確実に飲むペースが落ちてきているが、それを悟らせては負けだ。と、バルバディオスは分かっていた。
にっとエスメラルダに笑みを向け、ジョッキを高く突き出して次の酒を求める。
負けじとエスメラルダもそれに続く。
今度は酒樽が運び込まれ、二人のジョッキで直に酒を酌んでの勝負が始まった。

観客も一人減り、二人減り、最初頃の半分にまで減った時にはもう二人の目は完全に据わっていた。
残っていた客たちも呆れ返って見ている。
「……一体、あの身体のどこにあんだけ入るんだ?恐ろしい女だ」
男がぼそりと呟いた独り言だったのだが、しっかりエスメラルダは聞いていた。
「そこぉ!今、何てった?!」
振り返りざま、空ジョッキを持った手で男を指差したエスメラルダの目は虚ろに据わり、頬は朱に染まっている。
「まったく、こんな良い女を捕まえて恐ろしいですって?」
「そうだ。そうだ。エスメラルダちゃんみたいな良い女は滅多にいねーぜ」
棒読み口調で合いの手を入れるバリィにエスメラルダの鬱憤が零れ出す。
「……そうだわ。私みたいな良い女が目の前にいるってのに、最近の男は手を出そうともしない。腑抜けてるわ!!」
「まったく、ここの男どもは節穴だらけだなー!」
ダンっとジョッキをテーブルに乱暴に置きながら、バルバディオスは酔った顔をエスメラルダに向けた。
「心配するな、エスメラルダちゃん!貰い手がいなかったら俺がお嫁にもらってやるよ!!」
突然のプロポーズに観衆がざわめく。
が、言われた当の本人は一瞬動きが止まり、そして……
「ふざけるなー!!」
持っていたジョッキを思いっきりバルバディオスに投げつけた。
驚愕する観衆の見ている中で、バルバディオスが避けたジョッキは派手な音を立てて壁に当たり転がった。
「それじゃ何?!私が売れ残るとでも言うわけ?!」
「売れ残るんじゃなくて、買い手がいないから貰ってやろうってんだ!」
売り言葉に買い言葉というのか……酔った二人は頭に血が上ってる為、怒りも顕に立ち上がると激しい火花を散らす。
「あんた、ムカツク。私のような高値の華には高貴な身分の買い手がいるのよ!!へっぽこ冒険者には髪の一房だって高すぎるわ!」
「なんだと〜?!高貴な身分の買い手って誰だよ!ぶよぶよに太った脂ぎったオヤジか?!オヤジ……うがぁー!!」
髪を掻き毟り、イスを蹴り上げるバルバディオス。
どうやら、自分で言って自分で想像した図がかなり癪に障ったらしい。
もう、二人とも最悪な酔っ払いである。
「おい、二人を止めろ!」
だが、エスメラルダを落ち着かせようとした男は張り手を喰らい、何故か説教をされ、バルバディオスを止めようものならその鍛えられた二の腕が降って来るのだった。
「お、俺の店が……っ!」
マスターの憐れに右往左往する姿が喧騒に飲まれて行った。

「……ん、ぅん……」
差し込む朝の光の眩しさにバルバディオスは目を覚ました。
「っつぅ…!」
体を起すと、頭が割れるように痛い。
痛みを堪えてると、近くで別の声がした。
「んっ……ったぁ〜」
ゆっくり目を開け、声の方へ顔を向けると、同じく額に手を当て辛そうに眉を寄せるエスメラルダの姿と、無残に破壊され散らかる床。
ガンガンと痛む頭でバルバディオスは昨日の事を思い出そうとしたが、なかなか上手くいかない。
それはエスメラルダも同じらしく、荒れ放題の店の中を緩慢な動きで見渡していた。
そこへ声が降って来た。
「……起きたかい」
「マスター……」
木箱を持つマスターは店の中を横切りながら、二人に言った。
「昨日は久しぶりにやってくれたね……」
「昨日って…もしかして…」
「そっ。見事にいろいろ壊してくれたね。弁償、してもらうよ」
にっこりと爽やかな笑顔を向けるが、目が笑っていないマスターにバルバディオスとエスメラルダはお互い顔を見合わせ、力なく笑うとすぐに二日酔いの痛みにうずくまった。

かくして、バルバディオスの企みは失敗に終わり、勝負は引き分け。
エスメラルダはしばらくほとんどタダ働きをしなければならず、バルバディオスは二日酔いのふらつく頭ですぐに次の依頼に励まなければならないのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
壬生ナギサ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2003年04月21日

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