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『幸か不幸か 』
橘姫・貫太0720

 暖かい陽気に誘われるように、街には人が賑わっていた。厚手のコートが脱ぎ捨てられ、薄手の上着を羽織る季節になると、何故か人は活動的になるものだ。
 道行く人をウォッチングしつつ街へ出ていた橘姫貫太は、香辛料の専門店から出て来ると紙袋の中を覗き込んで立ち止まった。
「ローズマリーは買っただろう…セルフィーユにセージにタイムっと。……よし、全部買ったな」
 メモ片手に本日の買出し内容を確認する。どうやら買い洩れはないようだ。
 何故こんなことをしているかというと、貫太は『黒猫の寄り道』というイタリアン料理店で、住み込みで働いているからだった。
 代官山にぽつりと存在するその店は、白を基調とした店内に、窓が大きく取られたことで暖かな陽射しが降り注ぐ、シンプルかつ清潔感溢れる造りとなっていた。カウンターにはタイルがはめ込まれ、堅苦しい雰囲気というよりは、カジュアルな雰囲気を醸し出している。
 最近では若い女性客のみならず、男性客やおば様方の来店も増えていて、貫太も忙しい毎日を送っているのだ。
「あとは帰るだけだな」
 紙袋片手に、緩やかな速度で歩いて行く。ご用達の店は大通りから外れた場所にある為、小道を何度か曲がることになる。今日はいつもと違う道のりで帰ってみることにした。
 これも春の陽気のせいだよな、と一人微笑みを浮かべ、通ったことのない道へと足を向ける。
 春の風が貫太の頬を撫でるように吹き抜け、黒く柔らかそうな髪の毛がふわりと揺れた時、ふと目に止まったのは路地裏に存在する古ぼけた店。
 そこだけ時代から孤立したように佇む建物は、物語から抜け出たような雰囲気を醸し出していた。場違い、と言えばそうかもしれないが、貫太は何故か惹かれるように近寄り、ショーウィンドウを覗き込んだ。
 どうやらその店はアンティークショップらしく、飾られている色取り取りの石のかけらに貫太の心は奪われる。
 ─あの子に似合うかも…な─
 そんなことを思ったのが運のツキ。

 カラ〜ン。

 次の瞬間には貫太の手は扉へと伸び、店内へと足を踏み入れていた。
 それがこの後起こる出来事の序曲になろうとは──…この時の貫太に判るわけもないのだ。いや……恐らく十秒後には、彼も気付くことだろう。
 入るんじゃなかった、ということを──。


「…………」
 貫太は足を踏み入れた直後、恐らく十秒も掛からないで、店内の異様さに気付いてしまった。
 目の前に広がるのは、アンティークなオルゴールでも、ショーウィンドウ越しに眺めた美しい石でもない。
 水晶球の横にならんだ骸骨の数々に、外国語でおどろおどろしく書かれた小瓶各種。天井からは、「一体何に使うんだ!」と誰かに問い質したくなるような人形や、「儀式か!儀式でもするのか!!」と言いたくなるような爬虫類の黒焼きが吊るされている。
 禍々しさに支配された店内は、既に此処がアンティークショップではないことを、貫太に知らしめていた。
(……入る店を間違えたかも)
 しかもその空間に吸い寄せられたのか、店内には顔の半分が潰れた血だらけの霊はいるし、こちらを見ては隙を付いて襲い掛かってこようとする悪霊、はたまた生霊の類までウヨウヨしている。
 貫太は目眩で倒れそうになる己の体を必死に支えた。
(さっさとアレを買って帰ろう…)
 そう思った矢先、
「いらっしゃ〜い…」
「!!!!!」
 と背後から気配すら感じさせないで話し掛けられる。
 貫太は吃驚して体を震わせると、前方へと二歩三歩移動した。別に貫太が人より鈍感なわけではない。気配を完全に消していたのだ。そればかりか振り返った先に見たものは、中年のおっさんが、目の座った虚ろな表情で微笑んでる姿。
「………………」
 誰が見ても尋常でない様子の店主らしき人物に、貫太は完全に意気消沈した。
(憑かれてるし……)
 どんな霊かまでは判らないが、あまり良い霊ではないだろう。こちらを見つめる口元がニヤリと歪む。
「何をお探しかな〜お客さん」
 店主は笑みを崩すことなく、貫太に近寄ってきた。
「ショーウィンドウにあった、石の首飾りが欲しいんだけど…」
「あ〜あれですか。あれはね〜名のある職人が作った一品物なんですが、持つ者持つ者を不幸にすると言われているんですよ。欲しいですか〜?」
「………」
 そんなことを言われて、「はい、買います」という人間がいるのだろうか。いや、いないだろう。そもそも店主が口にすべき言葉ではない。となればこの言葉を言っているのは、誰であろう店主に取り憑いている霊に他ならない、ということになる。それもあの首飾りに因縁のある者。
「あれを是非に、というのであれば……是非ともこちらの願いも叶えてもらわないと」
 薄笑いを浮かべる店主に、貫太は無言で一度溜息を付いた。そして上着の内ポケットに手を差し込み、いつも持ち歩いている符を指先に挟む。
 恐らく次に発せられる言葉は、貫太の予想通りに違いないからだ。
 案の定、店主はクックック、と咽を鳴らしたかと思うと、一気に間合いを詰めて貫太の体を拘束した。
 ぐっ、と咽を詰まらせる貫太に、店主は形相を完全に変えてこちらを見やる。
「貴方、霊とか見える体質のようですね。しかも力がある……そういう体に入った方が、私も動きやすいというものだ…くっくっく」
 咽を締め上げる力は人のものとは違う。この店主に出せる力ではなく、操られた…というよりは霊に支配された力。
 このままでは意識を落とされた隙に、体に入られてしまうかもしれない。
「くっ……仕方ないな」
 そうさせるわけにもいかないし、させるわけもないのだが、貫太は指先に挟んでいた呪符を目の前の店主へと差し向けた。
 瞬間呪符の効果が発動し、青白い光が店主を反対側の壁へと跳ね除ける。ぐはっという声が聞こえたが、それは無視することにした。今苦しいのは霊であって、店主ではないのだ。
 残念ながら貫太には、人の体を乗っ取るつもりのヤツ相手に心配してあげる程、お人好しな感情は持ち合わせていない。
 例え『天然』で、その上に『超』という冠が付いていたとしても──…。
「貴様……」
 起き上がる店主は、何が起こったのか理解したのだろう。そこに存在する男が、自分ではどうすることも出来ない力の持ち主であるということを。だからと言って引き下がることも出来ない今、行動は形振り構っていられないということになる。

《勝負は素早く、コンパクトに》

「悪いけど俺の体を手に入れることは出来ないよ。店主さん……というより、あの首飾りに取り憑いている悪霊さん」
 にこりと笑った貫太が店主へと手を翳し、小声で詠唱を始めると、途端に店内に渦巻く空気─霊的気配─がざわめき出した。
「悪いけど、掃除させてもらうよ」

─出でよ。式鬼・冥刹皇!!─

 言葉と共に貫太の手の平から異形の鬼が顔を覗かせ、その尖った爪と牙を唸り声と共に現す。誰も勝てるやつなどいない、そう冥刹皇は言うように、ギロリと目を動かせば、威圧感に押され係わり合いになるのを避けるように、次から次へと店を飛び出して行った。
 そうして残されたのは、店主に取り憑いていた悪霊と、数体の浮遊霊だけ。
「早いとこ済まして、買い物しないとな」
「貴様ァァァァァァァァ!!!!」
 そう言って悪霊は店主から抜け出すと、貫太目掛けて飛び掛ってきた。勿論貫太の前には召喚された冥刹皇が大きく口を開いて待っている。
「在るべき場所に帰れ。此処はお前達が立ち止まる場所じゃない」

 うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 悪霊は耳に残りそうな断末魔と共に消え去った。
 残されたのは意識のない店主と、掃除の終わった貫太。そして悪霊の呪縛から開放された、美しい首飾りの存在だった。


「…せん…すみません…」
「ん……あれ?お客さん??」
 揺り動かされ瞼を開けた店主は、自分を覗き込む涼しげな顔立ちの貫太と、手にしている一つの首飾りが目に入る。何が起こったのかよくは判らないが体が軽い気がした。

「すみませんけど、これを頂けますか?あ、そこの名前彫るオプション…ていうのも一緒に」
「あっ。あぁ、いいよ。なんだかスッキリした気分だから、サービスしてあげるよ。名前はなんて入れようか?」
「サービス?ラッキーかも。名前は……そうだな……」
 にこりと微笑む貫太の心に、一人の女性の姿が浮かび上がる。
 それは秘めた恋心と共にある存在。

──本名…教えよう、俺の想いと一緒に──

「…悠より、美由姫へ」

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
浅水陽人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年04月01日

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