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『始まりは、黄昏時の言の葉 』
月見里・千里0165

 ――気の、せいなのかも、しれないけれど。
 君の瞳は、とても優しくて。
『一目ぼれで、好きになりましたっ!』
 叫ぶなり、あっという間に踵を返して。
 道の向こうへと、消えていってしまった君。
 ――名前も、聞いていなかったよね。
 けれどももう、思った時には、既に時遅しで。
『あ、ねぇ、ちょっと――?!』
 文化祭の後片付け。先に帰った友人の事なんかをぼっと考えながら、歩いていた千里にとって。
 いつものように、校門を出たその先で、突然起こった出来事は、あまりにも驚きに値するものであった。
 ――夕闇の中、ふと気がつけば、校門の壁に寄りかかり、1人の少年が立っていた。
 何となしに、不意に、目があって。
 それから突然の、彼からの、告白文句。
 ただ覚えているのは、ふわりと風に遊ばれる、彼の茶色の髪の色と。
 ……そうして、
 一瞬見つめあった瞬間に見た、黒い瞳の奥の、優しい、光。
 ……深い、深い、優しさの色だった。
 暖かな、陽だまりのような、光だった。
 なぜ、だろうか。
 その上、自然と鼓動が、高鳴るのを感じてしまって、
『――いやあたしったら……どうか、してるのかな』
 突然の出来事に、少女は半ば呆然と、その場にじっと、立ち尽くしてしまった。
 少年が駆けて行った、見慣れた道の、その向こう側を見つめながら――。



■ 黄昏色の章

 文化祭の、余韻に浸る、校舎内。
 今日もいつもの、授業を終えて。
 部活の友人に、さようならを告げたばかりの1人の少女は――月見里 千里(やまなし ちさと)は、ゆっくりと、校門をくぐり抜けていた。
 ふ、と、重い鞄を持ち替えて、風の揺れる街角へ向かって、歩き出す。
 沈みゆく、太陽の紅(あか)が、世界を綺麗に、染めあげる時間帯に、
『ちー、あんた最近、どうしたの?』
 友達と別れ、初めて、繰り返し、繰り返し問われたそんな言葉を、思い出しつつ。
 そうして、ようやく見え始めた人波に、千里は少しだけ、歩む速度を弛めていた。
 道行くその先で、冬支度を始めた木々達の下に舞う、様々な色の落ち葉達。
 空から降り注ぐ枯葉の雨だれに、からりからりと風に乗り、コンクリートを流れる葉の音(ね)が響き渡る。
 ゆるり、ゆるりと、歩みを進めながら、
 ――ああ、やっぱりあたし、なんか変だ……。
 思う千里の心には、様々な想いが、去来していた。
 あの日から。
 ずっと続く、心の応酬。
 思い出される、あの少年の姿。
 そうして、もう1つ。
『ちー、なんか変だよ?』
 不意に蘇る、友人の心配そうな表情。
 ――そう。
 明らかに最近の自分はおかしいと、周りは勿論、自分自身も良く、わかっては、いた。
 だが、それでも気になるのは、やはりあの日の、あの邂逅の事のようで。
 ……あんな、ものは。
 本当は、だってあんなの、ただのナンパの一種じゃない? って、いつものように、跳ね除けてしまえば良いはずなのに。
『一目ぼれで、好きになりましたっ!』
 ……それなのに。
 どうしてか、気になるあの瞳。
『一目ぼれだとかナンパとか。そんなもの、信用しても良いはずないじゃない! 全く、馬鹿みたいよね! ちーは可愛いから、狙われやすいし……! わかってんのっ?!』
 千里とて、男に声をかけられた経験が、これが初めて、という訳では、ない。
 街中で男に声をかけられるその度に、いつもの友人から貰う、??忠告?≠フ言葉。
 ……確かに、その通りだと、思う節もある。
 人を一目見て、何がわかるんだろうかと、問いたくなる気持ちも、無いわけでは、ない。
 ――だが。
 あの子は、
 いつものナンパ男とは、ちょっと違った、気がしたんだ。
 どこか真剣な、その声。どうしてだろうか、優し気だった、あの瞳。
 見つめられて一瞬、正直どきりと、心を突かれたかの、ようだった。
 ただの、ナンパもどきで。
 そんな事思っちゃうだなんて、そんなの変だって、わかっては、いるんだけど。
 ……けど。
 気にしなくとも、気に、なってしまう。
 思い出すだけで、又悩み始めてしまう。
 真っ直ぐで……優しくて。
 気のせいかもしれないけど、一瞬本当に、そう、思ってしまったんだよね――
 思いながらも、何となく、はらり、と降り注ぐ枯葉の音色に、思わず千里は、振り返ってしまっていた、
 そういえば少年が校門の前に立っていたのも、このような、夕暮れ時だっただろうか。
 あの時から1度も、目の前に、姿を現そうとはしない、??君?=B
 今頃あの子、どうしてるのかなぁ……。
 ――と、
 千里が思っていた、その、刹那の、出来事であった。
「――……あ――」
 枯葉の音色に、振り返った先の、横断歩道。
 不意に1つの風景が、意識に強く、飛び込んできていた。
「……あれは」
 枯葉舞う視界の先に、1人の少年を見つける。
 ――黄昏色の世界、赤信号の横断歩道の上を、ゆっくり、ゆっくりと歩む、制服姿の少年の姿を。
 その手には、学生鞄と、重たそうな買い物袋とを握り、その背には、小さな老婆を力強く、背負っていた。
 どこかで見た事のある、少年の、その、姿。
 そう、
 ……その先にいたのは、
 間違いなく、君の姿だった。
 ――どこか、優し気な、あの瞳の奥の、光。
 少女の黒い瞳が、自然とゆるく、細まっゆく。
 やっぱり、
 ……やっぱりあたし、間違ってなんか、いなかったのかな。
 君の瞳は、優しくて。
 暖かいって、あの時本当に、そう、思ったんだ。
「名前、聞いておけば良かった……か、な?」
 告白以来、1度も姿を、見せてくれないあの少年。
 けれどももし、
 もし、今度会えたなら――
 少女の思う間に、少年と老婆は、横断歩道から消え去ってしまっていた。
 ようやく車の流れ始めた車の向こうに微笑んで、千里は静かに、踵を返す。
 もう1度、重たい鞄を持ち替えて、少しだけ軽くなった足取りに、あの時の事を思い出す。
『一目ぼれで、好きになりましたっ!』
 真っ赤になって、俯いて。
 ようやく喋ったと思ったら、叫ぶように、これなんだもの。
 ……確かに。
 あたしはまだ、君の事を良く知らない。
 だけど、不思議よね、だって、会ったのはたった、1度だけなのに――もうこんなに、君の事が、気になって気になって仕方がない。
 ――だから、ね、
 突然恋人ってーのは、無理かもしれないけど、
 正直、もう1度、会ってみたいから。
「だから……また来てよね」
 やっぱり、あの時の直感は、間違ってなんか、いなかったんだと思う。
 君の瞳は、優しくて――
 そう、だから……。



■ そうして、始まりの章

「字、書くのも早いけど、あの先生、筆圧も強いよね……黒板消すの、一苦労よっ! あーあ、今日日直だとか、災難だったなぁ……」
 友人と、他愛のない会話を交わしながら、千里はドアを引き、学校を出る。
 笑顔全開、彼女特有の明るさに、その声も良く良く、周囲へと響き渡っていた。
 校内とは違う、外の香りが、ふわりと暖かく――そうして、優しく、流れ、過ぎ去ってゆく。
「ってゆーか、もうすぐテストだよね〜。いや、あたし、ほんっとうにヤバくてさぁ……数学とかさっぱり勉強してなくて!」
 なぜか照れたように頭を掻く千里は、だが、その瞬間、ふ、と、押し黙ってしまっていた。
 ――夕暮れの時間に、校門を、くぐる。
 ただ、それだけの事に。
 ??君?≠ニすれ違ったあの日から、毎日毎日、どうしても気を、使ってしまっている。
 そう、それは。
 文化祭のあの日、出会った少年に、もう1度、会いたかったから。
 あの日以来。
 余計に気になり始めた君に、もう1度、会いたくて――
 ――と、
「――……あ、」
「ん、ちー、どうしたの?」
 だが。
 千里は、後ろで疑問の声をあげる友人をも無視して、突如として、駆け出していた。
 ちー、ちー?! と、後ろから叫ぶ声が、聞こえてくる。
 ……それでも。
 今の千里には、どんな言葉が届くはずもない。
 千里の心に、言葉にはできない不思議な感情が、ゆっくりと、広まっていった。
 自然と心が、嬉しくなってくる。
「あ、あのっ……!」
「こっちっ! うちの学校、こーいうの厳しいのっ!! バレたらヤバイんだから!! 走って!」
 校門の、前に。
 立ち尽くす、あの時と同じ、少年のその姿。
 千里は走りながら、何かを言おうとした彼の手を、素早く握り締めていた。
 ああ、やっと会えたんだね――!
 ぱしんっ、という軽い音と共に。
 少年が戸惑う、声が聞こえる。
 それでも、
「いーから走るっ! 生活指導の先生、そろそろ帰る時間だしっ! それにあたしの友達、からかいはじめるとこれまた止まらないの!」
 後ろから響き渡る友人の怒りの叫びにも、千里は、走るその足を弛めない。
 その場の雰囲気だけで少年を一緒に走らせると、いつものあの道へと向かい、2人一緒に、駆けて行く。
 遠慮なく手を引かれ、声をあげる少年に、どこへ行くのかと問われると、
「その辺っ! 落ち着いて話せる所希望っ!」
 千里はふと、少年の方を見やった。
 ……やっぱり。
 その瞳の奥には、優し気な光が、宿っているような気がして。
 あの時の自分の感覚に、狂いは無かったのだと、実感させられるかのようだった。
 ――さてそれじゃあ、あたしは何て、返事を返そうかな。
 折角あれだけ、勇気を振り絞って、告白してもらったんだし――ね。
 あ、でもまず、その前に、自己紹介しなくっちゃ!
「あたしは千里っ! 月見里 千里っ! ――君はっ?!」
 ――そうしてその時。
 はじめて聞いた、??君?≠フ名前に。
「うっし、それじゃあ二三矢ちゃんっ!」
 満面の笑みで、元気に声をあげると。
「まずはとりあえず、そこの喫茶店にでも逃げ込む、という事でっ!」

『……ありがとうね、また来てくれて』
 道すがら、そんな言葉を呟いて。
 赤くなる二三矢を、颯爽とからかった千里。
 そんな、2人が。
 ――この後、2人が。
 お互いを、かげがえの無い存在だと感じ始めるのは、そう遠くは無い、未来の事で。
 それから数日後、2人は、3度目の邂逅を果たす事となる。
 ……それは初めて、偶然によるものでは、なく。
 お互いの、必然的な、約束の上に成り立つ、邂逅であった――。


Finis



☆ Dalla scrivente  ☆ ゜。。°† ゜。。°☆ ゜。。°† ゜。。°☆

 こんばんは、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
 今回はご指名の方、本当にありがとうございました。
 まずはじめに、し、締め切りギリギリの納品となってしまいまして申し訳ございませんでした。と、これを書いている時点では、実はもう1本の方はまだ途中なのでございます。本当にすみませんっ(汗)月曜日には間に合うように頑張りますので、どうか今はそっとしておいて下さりますと幸いでございます(滝汗)
 告白に対する葛藤、との事でしたが、あたし、実はあまりと言いますか、殆ど無に等しいほどそういった経験が無いものですから、結果……やたらと長くなってしまいました。技量不足の前に経験不足でございます。ほんっとうに申し訳ございませんでした(号泣)
 足りない部分は、これから二三矢君編で解き明かされる??予定?≠ナございます。まずはこちらで、お楽しみいただけますと、幸いなのでございますが……。
 ともあれ、今回はお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。色々とヘマばかりやらかしてしまいまして、申し訳ございません。(実は千里編の方が二三矢君編より難しかったのです/汗)
 では、乱文にて失礼致します。
 次回は二三矢君編にて――。

28 marzo 2003 / 29 marzo 2003
Lina Umizuki
PCシチュエーションノベル(シングル) -
海月 里奈 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年03月29日

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