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『   白の主 』
桐守・凛子0615

 桐守凛子の主は物静かな青年だった。白い髪と肌。それに光の加減で色の変わる瞳を持ち、降り積もった雪のように穏やかな立ち居振る舞いをする。
 凛子の家は、この次期当主である青年からみて、分家の血筋にあたった。青年は能楽師であり、言霊使いでもあった。凛子は代々彼の家に仕える結界師の家系だったのだ。
 彼の身の回りの世話や、裏稼業での補佐を、凛子は担っていた。もし彼に危険が迫る事があれば、凛子はその命さえ平気で投げ出したであろう。それほどまでに凛子は彼に惚れ込んでいた。
 彼の為ならば──
 そう。
 彼の為ならば、例え財布が風邪を引いても我慢が出来る。
 凛子は微笑を浮かべて家路を急いだ。

 行き過ぎる人は首を縮め、恋人達は腰を抱き合う。そんな吹く風の冷たい昼時の事だった。
 お茶屋には和服がよく似合う。
 桐守凛子は着物の裾をはためかせ、通い付けのお茶屋の暖簾を潜った。明るい店内には茶の他、海苔や湯飲み、急須などの茶道具が並んでいる。ちょっとした茶請けの飴や煎餅の小袋などと言ったお菓子も置いてあった。
 移動で揺れた髪に手を添え整えると、凛子は店番の主人に笑いかけた。主人もニコリと笑い返してくる。
「『いつもの』ありますでしょうか」
 凛子が問うと、主人はアルミの袋を手に取り、「ええ、もちろん」と言って頷いた。
 包装の間、凛子はショーケースを覗き込んでいた。そこには緑鮮やかな茶葉が収まっている。いつも買うお茶の葉は二種類。一つは六百円の煎茶と、もう一つは五千円の玉露だ。どちらも同じ百グラムである。
 普通に飲むには高すぎる品だが、贈答用でも何でも無い。主が飲む為のお茶だった。と、言っても、彼がそれを望んだわけでは無かった。第一、彼はお茶の値段など気にして飲んではいないだろう。もっとも味でばれているかもしれないが。
 自腹──つまりそれは凛子の好意であった。茶葉さえ食べて美味しいと言う玉露が、主には似合っていたからだ。
「まだまだ寒いですねえ」
 声をかけながら主人は、計量器の上に袋を乗せた。微調整をし、封をする。その動作を二回。凛子は包みを受け取ると、会釈して店を出た。
 外には陽射しが溢れている。その中を凛子は足早に過ぎた。パン屋、花屋、和菓子屋。昼時のせいか人が多い。お茶を買い足すだけの外出だ。主には何も言わずに出てきてしまった。凛子は先を急いだ。その足がふと、洋品店の前で止まった。
 男女二つのマネキンが、ショーウィンドーの中ではしゃいでいる。首には揃いの白いマフラーを巻き付けていた。とても暖かそうに見える。凛子は主を思いだした。
 凛子同様、和装で居る主はいつも涼やかな襟元をしている。剥き出しの繊細そうな首筋は、時として寒そうだ。
 何か対処を。凛子は常々そう思っていた。それが今、おあつらえ向きの物を見つけたのだ。
 純白のマフラー。ウールだろうか、ラムだろうか。和装にも良くあいそうだ。残念ながらここからでは値札が見えない。凛子は店内へ回った。 
 ショーウィンドーの裏手、壁に面した棚に、それは直ぐ目についた。丁寧に一つ一つ折り畳まれて陳列してある。白、アイボリー、黒、茶と色々あるが、凛子は迷わず白を手に取った。これ以外、主には考えられなかったのだ。
 マフラーはしなやかで柔らかく、邪魔にならない程に軽かった。首に巻けばさぞかし暖かで心地良いだろう。それに主によく似合いそうだった。
 凛子はさり気なく値札を裏返した。
 たかがマフラーだと言うのに、そこに表示されている金額には目を見張るものがある。玉露を買い求めた後での自腹出費には、かなりの大打撃だ。
 凛子は溜息をつき、それを棚に戻した。しばらく無言で立ち尽くす。
 じき、春が来ればこんな物も必要ないのだが、それまでは寒い日が続くだろう。
「御主様がお風邪を召される事に比べれば、お財布が風邪を引くくらい可愛いものですわ」
 凛子はもう一度、マフラーを手に取った。大きな紙幣が一枚と少し、財布から消えた。だが、包みを受け取る凛子の顔は明るかった。
「どうやら相当『雪男』がお気に入りのようですわね、私は」
 一体どんな顔でこれを受け取ってくれるのだろう。
 白いマフラーをその首に巻いた主の姿を想像しながら、凛子は微笑を浮かべて家路を急ぐのであった。

                        終わり
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紺野ふずき クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年03月25日

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