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『純情可憐? 青い春 』
桐谷・龍央0857

 世間一般で言う「帰宅部」所属の学生は大人たちが思うより意外と早く学校という檻から開放される。
 例に漏れず桐谷・龍央(きりたに・るおう)もその一人だった。
 ただ龍央をそんじょそこらの帰宅部員と一緒にしてもらっては困る。青い春真っ盛りの17歳、その有り余る体力を龍央は毎日朝夕のジョギングに費やしているのだ。
そうやって鍛えられた足腰はむしろ、下手な運動部員よりもしっかりしている―――となると必竟、更に帰宅は早くなる。
そんなわけで、今日もまだまだ日が高いうちの帰宅となった。
閑静な新興住宅街の一角で龍央はその足を止め、いつものように靴を脱ぎながら
「ただいまー」
と、この時間なら居間あたりでいつものように真っ昼間からホラー映画鑑賞を楽しんでいるであろう母親へ帰宅を知らせるように声をあげた。
 案の定、微かに居間からもれ聞こえる若い女性の悲鳴のような声に被って、
「おかりなさい」
という母の声が聞こえた。
 それだけなら良かったというのにそれと同時に2階にある龍央の部屋からも、もうひとつ、少年の声が龍央の耳に届いた。
「おかえりー」
と。
そして、その台詞の後すぐに、
「…あっ、ヤベッ」
と、続いた。
 不本意にも聞こえてしまった声に龍央は靴を玄関先に放り投げ、慌てて階段を駆け上がる。それこそ、鍛えた脚力に物を言わせたすばらしいスピードで。
 声が聞こえてから靴を放置し階段を駆け上がり自室の扉を開くという、一連の動作にかかった所要時間はきっと30秒にも満たないだろう。
 ドアを開け放ち視界に飛び込んできたのは装飾らしい装飾もない、モノクロで統一された、良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景且つ生活感があまりない―――だがある意味、これほど無趣味な男子高校生の自室を表すものはないだろうという模範的な室内だった。
 腐っても自室とは自分の城だ。普通、本1冊でも位置が変わっていれば違和感に気付く。
 テレビ、コンポといったAV機器、ゲーム機にパソコン。漫画や雑誌は本棚に。
 今朝、学校へ行く前に見たのと同じいつもの自分の部屋。
 但し、たったひとつ、決定的に今朝とは違うことがあった。
 龍央が部屋を空けて目の当たりにしたのは、部屋の中央、ラグの上にあからさま過ぎるほどの違和感を放つ人の抜け殻のような、すっぽりと綺麗に人型のまま脱ぎ捨てられている服一式だった。
 しかし、先ほどの声の主の姿はなく、代わりに見えるのは服の中に必死で隠れようともぞもぞと動く小さな影と服からはみ出している縞々の尻尾。
 龍央は抜け殻に手を突っ込み、そこから首根っこを掴みあげ、
「ったく……何やってんだよ、お前」
と、服の中から救出した虎縞柄の猫の顔を自分の顔の真正面まで持ち上げ、翡翠色をした眼をじっと覗き込みながら呆れたように問い掛けた。

           *

 ウチの飼い猫は普通の猫とはちょっと違う。
 それは、自称リアリストである龍央が最近、必死で目をそらそうとしている事のひとつだった。
 先ほどの抜け殻、服一式は自分のものだったが、龍央にはそんな風に脱ぎ捨てた記憶はない。
 だが、問題はその服が龍央のもであるということではなく、普通ではないその脱ぎ捨てられ方だった。普通の人間であれば、下のパンツだけならまだしも上まで綺麗に人型のまま脱ぐなんて芸当は絶対不可能だ。
 そういう脱ぎ捨て方を可能にするには、その服よりもひとまわりもふたまわりどころか大人と子供くらいに体格の差がなければ決して出来ないことだ。
 たとえば、龍央が突出して人並み以上の体格をしているならばまだしも、多少大きめではあるが規格外という程でもない龍央のサイズの服だ。さっき声くらいの少年では少なくとも無理な脱ぎ方だった。
 声は聞こえて来たのに誰もいない部屋。
 普通の人間には出来ないような脱ぎ方をしてある、抜け殻状態の服。
 そして、その抜け殻の中から出てきた猫が1匹。
 やはりそこから導き出される答えは1つ。
―――認めたくはない。認めたくはないけど……でも……

 やっぱりウチのペットは人間に変身するらしい。多分…きっと……本当に。
 
 それだけでもリアリストの龍央には認めたくない事実であるのに、何の因果なのか、その変身後の姿形がものすごく、ものすごぉく龍央の好みそのままなのだ。
 少し生意気そうにも見える黒めがちな大きな目。
 柔らかそうなお日さま色の髪は少し長めでゆるく首の後ろでひとつに結わえられている。
 その後ろ髪がかかる白く細い項。
 ほっそりとした首筋は細い肢体に続いている。
 女なら理想そのものの姿に違いないのに、悲しいかな間違いなくその性別は男だった。
 その認めたくない事実―――飼い猫が人間の男に変身するという事、そしてその変身した姿が自分の好みそのままであるという事実―――を知って以来、龍央は今までのようにてらいもなくペットをかわいがるということが出来なくなってしまった。
 じゃれついてくる猫の姿がいつのまにか頭の中で、あの理想の権化に摩り替わってしまうのだ。それは、青少年にとって見れば拷問以外のなにものでもないだろう。
―――俺が、見つけて拾ってきてやったのになぁ……
 不意に3年前ひどい雨の中、傷だらけでいた姿を思い出す。あまりにもぐったりした様子が気になって思わずそのまま連れ帰ってしまったのだ。
 幸いなことに、龍央の家族――とはいっても両親だけだが――はみんな猫好きだったためそのままその猫は桐谷家の一員になることになった。
 そんなことを思い出して、龍央は大きなため息をつきながら首根っこを捕まえたままだった猫をゆっくりとベッドの上に降ろしてやった。
 小さな咽喉を人差し指で優しく撫でてやるとくすぐったいのか気持ち良いのか、なんともいえない嬉しそうな顔で、
「ニャン」
と、鳴く。
 その声を聞いた途端、またしても、龍央の頭の中では勝手に変身後の姿でニャンと鳴く姿に変換された。
 自分の顔が一瞬にして真っ赤になるのがわかり、
―――おい、なんで赤くなる俺! 相手猫だぞっ!
と、ひとり激しく突っ込みを入れる。

 とりあえず、精神衛生上、さっきから視界の端に入っている例の服の抜け殻はさっさと片付けた方が良さそうだった。


Fin
PCシチュエーションノベル(シングル) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年03月19日

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