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『想いを、エアメールに載せて 』
結城・二三矢1247

「Buongiorno. Desidera? (こんにちは、何かお探しでしょうか?)」
 不意にかけられた異国の言葉に、思わずびくりと、肩が震えてしまう。
 どうやら、この店の女性店員の目に、自分の姿が、留まってしまったらしかった。
 予想だにしていなかった事態に、一瞬の沈黙の後、
「え……、えぇっと……す、Sto solo guardando... Grazie. (見ているだけです。どうもすみません)」
 少年は――結城 二三矢(ゆうき ふみや)は、覚えたばかりの現地言葉を紡ぎ出していた。
 ……するとすぐに、踵を返してしまった彼女をそっと、見送って。
「……高くて、買えないよなぁ……これじゃあ、さ」
 もう1度、ガラスケースの中を、じっと、食い入るように覗き込む。
 ガラスケースの、その向こう。
 届きそうで、届かないこの距離の向こう。
 そこでは、彼女に似合いそうな様々なアクセサリーが、美しくきららに輝いていた。



 3月7日、母国での??ホワイトデー?≠煖゚づき始めた、平日の真昼。
 1人の日本人青年が、遠くの彼女へのプレゼントを探し求めて、イタリアの街路を歩いていた。
 ……母国に、会いたい彼女がいるからといっても、親の都合でヨーロッパを渡り歩く、この身では。
 ホワイトデーだからといって、そう簡単に、日本に帰れるはずもない。
 帰りたくとも、帰れない。
 会いたくとも、決して会うことができない。
 そんな自分に、もどかしささえ、感じてしまって。
 ――バレンタインデーの時も、そうだったよな。
 少年は、賑わう街路にふ、と、そんなことを思い出していた。
 あれはまだ、自分がフランスにいた頃の話。
 彼女から……ちーからエアメールで、小さな、けれども甘い、甘いチョコレートと、心のこもった手紙とが送られてきたのは、まだまだ記憶に新しい出来事であった。
 ――あの日は。
 小雪の降る中、石畳の街路を1人、ゆっくりと歩いていた。
 日本とは文化の違うフランスでも、それなりにバレンタイン、という日は、大切な日であったらしい。恋人達が道を行き交う街路の中、ふ、と。
 ……ふ、と、彼女の事を思い出し、今、この場所にいる自分を、やはり、もどかしく思っていたものだった。
 一緒に、いられたらな。
 隣にちーが、いたのなら――
 ちーと一緒にこの古き良き街路を、いいや、ここでなくとも構わない。日本の都市デパートを、車のうるさい歩道の上を、一緒に歩く事が、できたのならば。
 どんなに、嬉しい、事だろう。
 手を、繋いでさ。暖かいマフラーに、コートなんかも着込んで。弾ませるのが、白い息でも構わない。
 ……ちーが、隣に、いるだけで。
 月並みな台詞だけれど、本当に、暖かいんだから――。
 白い溜息と共に、重たい鞄を持ち変える。
 だが、その瞬間――ふ、と、不意に。
 恋人に、何かを買ってもらったのだろうか。
 出店の前で、1人の女性が、隣の男に、微笑みかけているその姿が、目に留まってしまった。
 ……それが。
『今日は、楽しかったね』
 それがどうしても、微笑むちーの姿に重なってしまって。
 今頃日本にいたら、こうして一緒に、買い物なんかを楽しむ事が、できたのかな――と。
 少年は、立ち止まった、そのままで。
 思うだけ、考えるだけ、どうしようもなくなる気持ちを、必死に押さえつけていたのだった――。

 ホワイトデーも近づく今日も、それは変わらぬ事だった。
 だが、あの時と決定的に違うのは、欧州にはホワイトデー、という日が、存在しない事。
 バレンタインの頃は、プレゼントだなんだで賑わっていたデパートも、今はその姿を、普段のものへと戻してしまっていた。
『White Day (ホワイトデー)』
 そんな文字は、どこにも見受けられない。
 飾り気の無い、平日の、今日。
 この遠く異国の街路を行き交うのは、知らない国の、けれども俗に言う??おばさん?£Bばかりであった。
 宝石屋は駄目、デパートも却下。さて、どうしようかと悩んでいた時にたどり着いた街路の賑わいを遠く聞きながら、少年はもう1度、思考をめぐらせる。
 ……何が、良いんだろう。
 俯き、顔を出し始めた石畳と、じっと睨めっこをする。
 ちーの喜びそうな物を考え、色々な店を、回ってきては、いたものの。
 一向に、良さそうな物が見つかろうとは、しなかった。
 彼女の好みを、知らないわけではない。
 だが――
 ピンと来るものが、無いんだよなぁ……。
「なんっか、良いものがあれば良いんだけど」
 顔を上げ、街路を挟む出店を、又、見回す。
 魚屋さんから雑貨屋さんまで、店の種類は多種多様であった。
 威勢の良いおやじの叫び声、行き交うおばちゃん方の、話し声。
 出店は花々で彩られ、空には教会の鐘が、凛、と鳴り響く。
 活気付いた、春の街並み。
「……ん、」
 ――そんな中で、少年の目に。
 ふ、と。
 黄色いミモザの花に包まれて、愛らしく佇まう、1件の出店が、留まっていた。
 とりわけで、目立つわけではない。だが、なぜか妙に、目に留まる店。
「――……」
 一瞬だけ、足を止めた後。
 少年は、迷わずその店に向かって、駆け出していた。

 そこでは。
 とりどりの、愛らしい小物が、モミザに包まれ、売りに出されていた――。



 購入したのは、小さな箱と、包みの可愛い、キャンディーとマシュマロ。
 そうして――青い輝き(シラー)が美しい、青月長石(ブルームーンストーン)のペンダントトップ。
 たまたま見つけたあの店で、プレゼントは全て、決まってしまっていた。
 ラッキー、だよなぁ。
 思いながらも少年は、買い物袋を部屋の隅に、颯爽と、机に向かってペンを取っていた。
『イタリアは、大分暖かくなってきたよ。
 もう東京も、桜前線がどうだとか、そういう時期だと思うけど……。
 ちーは、元気ですか?
 俺は、こっちに来てからも相変わらずです――』
 書きたい事は、沢山あった。
 他愛のない事も含めて、これは伝えなくちゃな、という事まで。
 ……離れている時間が、長すぎて。
 日本には、自分の知らないちーが、沢山いるはずだった。
 だが、その代わりに。ヨーロッパには、ちーの知らない自分が、沢山いる。
 ――そんな時間を、少しでも埋めるかのように。
 メールでは伝えきれないから、と、ちーがあの日、長い手紙で自分に自分を教えてくれたかのように、と。
 少年は急ぎ、ペンを走らせてゆく。
『来週からは、日本人学校にも行かなくちゃあいけないし――』
 そう、ちーがバレンタインの日に、そうしてくれたように。
 ……俺もちーに。
 精一杯の想いと、ついでに今日は、特別な日だから、
 安物の、けれども精一杯に選んだプレゼントを添えて。
『4月には帰れると思うから、絶対に会いに行くよ』
 少年は、大事な一文と、最後にもう一文だけ添えて、手紙にサインを施し。
 桜色の封筒に、想いと共に、手紙を大事にしまいこんだ。
 買ってきたばかりの箱に、まずはマシュマロと、キャンディーを入れて、その上に手紙を――
「……やっぱり、やめた」
 置かずに、まずは箱の底に手紙を入れてから、その上に、マシュマロとキャンディーをちりばめる。
「ずるいじゃないか」
 手紙の方が、先にちーに会えるだなんて。
 俺はこーしてヨーロッパにいるっていうのに、手紙の方が、先にちーとご対面、なんてさ。
「馬鹿みたいだろうけど」
 ――手紙にまでやきもちを妬いている自分が可笑しくて。
 思わず、小さく笑い声を洩らしてしまう。
 最後にふわりと、可愛く包んだ青月長石のペンダントトップを添えて。
 1つ頷き、小さな箱に、封印を施し始める。
 一回りだけ大きなダンボールに、プレゼントをそっと入れ、慣れた手つきでダンボールを梱包してゆく。
 ガムテープと包装紙、紐と鉛の紐止めで、丁寧に丁寧にプレゼントを包み込み、梱包方法に間違いが無いかどうか、きちんと確認をすれば。
「これで、良しっと」
 日本の彼女だけが、この箱を開く事ができるようになる。
 果して彼女は、届いた箱を、開いてくれた時に。
 ……喜んで、くれるのだろうか。
「まぁ、そこら辺は、4月になったら聞いてみるかな」
 彼女の顔が、鮮明に思い浮かぶかのようで。
 少年は、包み終えたばかりの小さなダンボールを抱えると、颯爽と、郵便局へ向かって部屋を出た。
 ……日差しの降り注ぐ、暖かな部屋から。
 少年の足音が、徐々に、徐々に、遠くなり――

 そうしてぱたんっ、と、玄関の扉の閉まる音が、小さく部屋の中に、響き渡った。
 少年の、姿を消した、部屋の中。
 散らばったままの梱包道具。そうして、机の上の、ボールペン。
 その、後ろでは。
 美しいフレームに包まれて、ガラス越しに、1人の少女が微笑んでいた。
 まるで年下の大切な人を、優しく、見守るかの如くに――。

『ちー、大好きだよ』
 少年は、小さな箱を、胸に抱(だ)き。
 春の街路を、1人行く。
 駆け出して、空に向かって、希(こいねが)う。
 ――来(きた)る4月の、春の日に。
 この言葉をどうか、同じ空の下(もと)で。
 彼女に向かって、伝えられますように、と――。


Finis



☆ Dalla scrivente  ☆ ゜。。°† ゜。。°☆ ゜。。°† ゜。。°☆

 こんばんは、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。こちらでは、お初にお目にかかります。今回お話の方を書かせていただきました、海月でございます。
 今回はご指名の方、本当にありがとうございました。
 ヨーロッパの渡り鳥、との事でしたので、勝手ながら、イタリアを舞台に書かせていただきました(と申しますか、イタリアしかわからな――/以下省略)。本当は、日本に帰って直接――というのが一番良かったのだとは思いますが、えぇ、遠距離恋愛もまた素敵かと思いまして……(す、すみません/汗)
 ついで、になってしまいますが、ブルームーンストーンですね。本当に輝きが綺麗な石なんです。白くて、角度によって青い輝きを見せてくれます。お相手の方は、お嬢様学校の方ですので、キーホールにでもして下さったら嬉しいかな、と思いまして……。キャンディーにマシュマロは……まさか、ダイエット中なんて事がない事を祈りつつ、でございましたが(汗)
 ともあれ、今回はお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。又機会がありましたら、宜しくお願い致します。
 では、乱文にて失礼致します。
 2人が又、無事に再会できますことを祈りつつ――。

17 marzo 2003
Lina Umizuki
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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2003年03月17日

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