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『Flood Damage 』
相生・葵1072


 相生・葵は日の落ちていく中、仕事場であるホストクラブに行くために歩いていた。日向ぼっこの好きな葵は太陽のなくなる夕暮れに一抹の寂しさを覚える。
 そんなセンチメンタルな気分になっていた葵の目に不穏な光景が飛び込んできた。
 川辺で女子高生が数人の少年に囲まれている。ぎゅっとカバンを胸に抱き、怯えたように周囲を窺っていた。取り囲んでいる4、5人の少年たちはいずれもガラが悪そうだ。
「なあなあねえちゃん、ちょっと遊んでくれないか?」
「あ、あの……。」
「逃げないでもいいだろ?」
 手荒に一人が少女の手を取ろうとする。彼女は抵抗したくても恐怖に竦んで動けない。
 怯えている女子高生の顔を見た瞬間、葵は駆け出していた。
「こら、何してるんだ!」
 よく響くテノールに不良たちがはっと顔をあげて葵を見る。彼らの剣呑な瞳に、葵は危惧していた状況だと判断した。
「女性を乱暴に扱うのは許せないな。」
 素早い身のこなしで不良たちと少女の間に滑り込む。甘い微笑みを浮かべて、彼女を安心させつつ、不良たちには口の端だけ持ち上げる挑発的な笑みを送った。
「やる気か、キサマ!」
「かっこつけてんじゃねぇぞ!」
 口々に罵られる汚い言葉を無視して、葵は少女を振り返った。
「キミみたいな美しい人にはこんな場所は似合わない。さあ、早く逃げてください。」
「でも……。」
「いいから早く! 僕は大丈夫だから。」
 心配そうな彼女を安心させるようににっこりと笑う。甘いマスクと相まって、少女はかっと頬を染めた。
「逃げる気だ!」
「てめぇ、邪魔だどけっ!!」
「逃がすな!」
 葵は不良たちの前に立ち塞がった。女子高生は背後を気にしながらも、言われたとおりに走っていく。
「どけっ!」
 顔に向けられた拳はさっと避けた。顔に怪我などすると仕事に差し支える。
 だが、多勢に無勢だ。鳩尾に喰らった一撃に、耐え切れずに葵は蹲った。容赦なく蹴りが入る中、反撃せずにひたすら耐え、少女が完全に逃げ切るのを待った。
 葵は女性に暴力シーンを極力見せたくないのである。
 少女の姿が完全に見えなくなると、葵はすっと立ち上がった。
「なんだ?!」
 かなりのダメージを受けていると思っていた不良たちが驚いて少し距離を空ける。
「やれやれ。服が汚れてしまった。」
 ぱんぱんと叩いて埃を落とす。ついでに乱れた髪を整える。
「何だコイツ。」
「ただのナルシストだろ?」
「頭イかれてんじゃないのか?」
 不良の少年たちは気味悪そうに葵を取り囲んだまま、ひそひそと囁きあっている。
 さて、葵は男には興味はない。相手をするのも適当に流すのが普通だ。
 それでも、今回は。
「お仕置きしてやらないとね。」
 にっこりと笑って小首を傾げて見せた。



 川が近くにあるので、無駄に能力を使わなくてもいい。何もないところから水を出現させるとかなり疲労するのだ。
 葵はにこにこと笑いながら、川を背にして立っていた。
 その背後で、水が竜巻のように畝って伸び上がってきたことに、不良たちはぽかんと口を開けて固まっている。
「女性に手を上げる奴は僕が地獄に落としてやるよ。」
 言葉と表情が合っていない。言葉はどこまでも険悪だったが、甘いマスクは崩していなかった。
「何言ってんだお前は!!」
 葵は殴りかかってきた拳を敢えて避けなかったが、薄皮一枚で身体に届かない。
「なんだと?!」
 驚いてまじまじと葵を見る少年の目に、葵の全身を取り巻いている薄い水の層が映った。えっと思った瞬間には、上から局地的にざあっと流れてきた水に腕が流される。手が滑るように宙を切る。水はひどく軽いものに感じられたが、すぐに激痛が走った。
「ぎゃああああっ!」
 少年の悲鳴を聞いて、葵がくすっと笑みを零す。
「水圧を舐めたらいけないよ。人間の身体ぐらい押し潰すことだって出来るって知らなかった?」
 水が触れた肘辺りを押さえて、少年が苦悶している。何が起こったのか分からなかった他の不良たちは目に見えて怯えた。
「おい、コイツやばいぜ。」
「逃げろっ!」
 仲間を見捨てて慌てて踵を返そうとする。
「どこに行くのかな?」
 前方に水柱が上がる。壁のように立ちふさがるそれに、不良たちはたたらを踏んだ。2人ほど足元を掬われて派手に転倒する。その内の一人が頭をひどく打って動かなくなった。
 逃げ場を失った少年たちが葵を振り返ってくる。怯えの中に、狂気が混じっていた。
「アイツをやれ!」
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
 いきり立った少年たちが葵に襲い掛かってくる。
「美しくないなあ。」
 葵はそう嘆いて、ひらりと不良たちから距離を取る。
 川の上で待機していたいくつもの竜巻がぐにゃりと曲がって、吸い込むように少年を一人ずつ飲み込んだ。
「うわああああああっ!!!」
 少年たちはすごい勢いで回転しながら上昇していく。悲鳴が耳障りに尾を引いた。
「キミたちではいくら水が滴ってもいい男にはなれないね。」
 いっそ哀れというように呟いて、葵は髪をかきあげる。風に乗って飛んできた飛沫が、葵をしっとりと濡らしていた。
「こうやって洗濯でもすれば少しは綺麗になるかも……。まあ、どんなに頑張っても僕には適わないけど。」
 川に夕日のオレンジ色の光が反射してきらきらと輝く。葵はうっとりとそれを見つめながら、少年たちの悲鳴が消えるまで待っていた。
 ぐるぐると激しく回され、水の中では呼吸すら出来ず、少年たちはすぐに失神してしまう。
 葵が竜巻を収めると、少年たちは弾き飛ばされてきて地面に落ちてきた。息をしているかは一応全員確認しておいた。不良と言っても、まだ前途ある若人なのだし。
 不良たちを全員川辺に転がすと、葵は満足したように頷いた。
「久しぶりに力を使ったな〜。やっぱり少しは使わないと勘が鈍るね。」
 首をコキコキと鳴らして身体の緊張を解す。服装の乱れをチェックして、またしても乱れてしまった髪を整える。
「ああ、太陽が沈んでしまった……。」
 葵は暗くなっていく空を恨めしげに睨んで、仕事場へと向かったのだった。


 *END*

PCシチュエーションノベル(シングル) -
龍牙 凌 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年03月12日

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