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『仕事はどこだ! 』
ノビル・ラグ0049

「……おい」
 と、低い声が聞こえ、男はそちらに振り返った。
 街の入口──通称”ゲート”──の柱のひとつに寄りかかるようにして、1人の細身の男が立っている。
 ここは砂漠の終わりに位置する街であり、どうやら男は外の砂漠を旅して、今ここにたどり着いたのだろう。それはなんとなく察する事ができた。着ている衣服も、男本人もかなりヨレヨレだ。
「なんだいあんた、大丈夫か?」
「……ああ、気にすんな。それよりひとつ教えてくれ。この街で仕事を紹介してくれる場所はどこだ?」
「それなら、ここをまっすぐ行った突き当りの建物がそうだが……」
「……そうかい、あんがとよ」
 そこで初めて顔が上がり、かなり疲れた表情でニッと笑ってみせるその男。
 顔立ちには、まだ少々幼さが残っている。男……というより、少年と言った方がまだふさわしいかもしれなかった。
 彼の名は、ノビル・ラグ。15歳の若き旅人だ。
「しかしなぁ……今はかなりヤバイ事になっちまってるから、行かない方がいいぜ」
 と、今自分が話した店へと振り返り、すぐにまたノビルに目を戻したのだが……
「……お?」
 その彼の姿は、もうどこにもなかった。
 動く気配すら感じさせずに、目の前から消失してのけたのである。


 時を同じくして、ノビルは男から説明された建物の前に立っていた。
 テレポートによる瞬間移動……彼はエスパーなのだ。
 とはいえ、この街に辿り付くまでに、野党に襲われる事3回、巨大サソリの群れに襲われる事2回、流砂に巻き込まれそうになる事1回、砂嵐で方向を見失う事2回……いくらなんでも限界だった。エスパーは決して超人ではない。
 そうやって砂漠をさまよっているうちに水も食料も尽きる寸前となり、黒い衣服をまとってでっかいカマを持ったガイコツ野郎がおいでおいでをしている姿が目の前にチラつき始めたとき、ようやくこの街が目に入ったのだ。神様だろうが悪魔だろうが、抱きついてキスのひとつもしたい気分だった。
 ……もっとも、そんな元気も既になかったが。
「とにかく……仕事だ。その前にメシだ」
 憔悴しきった顔でそうつぶやいて、スイングドアに手をかける。
 漂ってくる匂いからして、酒場とメシ屋も兼用らしかった。願ったり叶ったりである。
「邪魔するぜ! 仕事とメシを今すぐ俺に出……」
 と、中に入りかけた足がピタリと止まる。
 目の前に立つ、鋼の輝き。
 PP(パワードプロテクター)を装着した男が、突撃銃の銃口をピタリとノビルに向けていた。
「……なんでいつもこうなるんだよ……」
 驚くよりもなによりも、まずは呆れてうなだれるノビルだった。


「……災難だったな、若いの。見かけない顔だが、この街には最近来たのか?」
 銃を取り上げられた上に手足をロープで縛られ、店の隅に転がされると、同じように拘束された、小太りでヒゲ面の中年男が話しかけてきた。
「最近も何も、今着いたばっかりだ。この街じゃ、仕事を探す奴にこんな歓迎すんのかよオイ」
「ふふ、威勢はいいようだな。結構結構」
 仏頂面のノビルに、男がニヤリと笑う。
「俺はこの店のオーナーだ。見ての通り、ゴロツキ共に強盗に入られててな。今はこれ以上の歓迎はできん。すまんな」
「……ああそうかよ。ったく……」
 さすがに荒くれ者達の相手は慣れているのか、こんな状況でもオーナーにはどこか余裕があるようにしか見えない。もっとも、それはノビルも同様だったが。
「……けっ、なに仲良く話してやがる、てめえら」
 重い足音と共に、そんな声。
 2人の前に立つPP姿は、犯人の1人である。もう1人もやっぱりPPを装着していて、今はカウンターの奥にしゃがみこみ、何かの作業をしているようだった。金属的な響きを持った、ガンガンという音が店中に響いている。他にそれらしいのがいない所を見ると、どうやら2人組らしい。
「ダメだ! 何をやっても開きゃしねえ! 恐ろしく頑丈だぜ、この金庫はよ!」
 やがてふと音が止み、代わりにそんな声が飛んできた。
「そうか」
 目の前の男がこたえ、ノビル達に振り返る。ヘルメットのバイザー越しに見える瞳が、嫌な色を帯びていた。
「……そういうわけだ。オーナーさんよ。金庫の電子ロックの解除番号を教えちゃくれねえか?」
 じっと、オーナーを見つめる男。
 オーナーもまた、恐れもせずに平然と見返し、短く返事をした。
「断る」
「なんだと?」
「お前さんも男なら、自分でなんとかしてみせろ。ただし、その金庫は特別頑丈でな。軍用の大口径レーザーでも耐えるぞ。はっはっはっは」

 ──ドン!

 1発の銃声が響き、男の手にしたライフルが火を噴いた。
「……」
「……」
 弾は、オーナーの頭の上、わずか数センチの壁に食い込み、止まる。
「次は外さねえ、言え」
 と、凄まれてなお、
「ふん、当ててから言え、このヘタクソめ」
 じろりと男を睨んだオーナーの度胸は、大した物だったろう。
「そのオッサンを殺しちまったら、番号はわかんねーだろ。悪い事は言わねえ、やめときな」
 ノビルがのんびりした口調で助言する。
「……ああ、そうだな」
 頷いた男の目と……そして銃口が、そのノビルへと動いた。
「なんのマネだ?」
「言え、さもねえと、このガキが死ぬぞ」
「……おいおい、そう来んのかよ」
 余計な事を言ったと反省するノビルだったが、もう遅い。
「……」
「言え!」
 自分の頭にポイントされた銃と、男の目を交互に眺めて、こいつは本気で撃つな……と判断するノビル。
「……」
 オーナーは、何も言う気配がない。
 そのまま、数秒の時間が流れ……
「…………6498352」
 ボソリと、オーナーが低いつぶやきを漏らす。
「……なに?」
 と、思わず彼の方を向いたのは、ノビルだ。
 まさか言うとは思っていなかった。
 彼は彼で、ギリギリのタイミングを見計らい、反撃するつもりだったのだ。
「やった! 開いたぜ!」
 カウンターの奥でそんな声がして、ますます目を丸くするノビル。
「……本当の事を言ったのかよ?」
「お前……俺がそんなに守銭奴に見えたのか?」
「ああ」
 素直に頷くと、苦笑するオーナーだ。
「残念ながら、血も涙もないというわけでもないのさ。死ぬまで感謝しろよ。俺はお前の命の恩人だからな」
 なんて言って、軽く笑ってみせる。
 ノビルは……
「……嫌だね。まっぴらだ」
 こちらも薄く笑い、そう告げた。
「なんだと?」
「俺はあんたに借りを作るつもりはねえよ。だがまあ……この場合は助けられた事になるか。しゃあねえから、すぐに返す」
「……おめえ……」
 なに言ってやがる? とでも言いたそうな顔のオーナーにニッと笑うと、その身体が拘束していたロープだけを残し、不意にかすんで、消えた。
 同時に、
「ぐぁぁっ!?」
 悲鳴と共に、PP姿の男が1人、カウンターの向こうから天井近くまで跳ね飛ばされ、轟音を上げて床にめり込む。
「……」
 あとは、ピクリとも動かない。
 中の男は完全に白目を剥き、気を失っていた。PPの装甲の表面には、胸から腹にかけて何かで斬りつけたかのような溝が穿たれ、青白い火花を上げている。
 PPの特殊金属装甲に、一体どんな武器を使えば一瞬でこんな傷をつけられるというのか……
 何が起こったのかは、誰にもわからなかった。
 ……ただ1人を除いて。
「すまねえな、オッサン。店を少々壊しちまった」
 カウンターの中から、そんな声。
 ……ノビルだ。
 手には、光り輝く何かを持っている。
 形は槍に見えたが、槍などではない。
 ESPエネルギーを集中し、結集して作り上げた精神エネルギーの武器である。
「て、てめえ!!」
 残った男が、すぐにライフルをフルオートに切り替え、撃ってきた。
 5.56ミリの高速弾が荒れ狂い、店の一角を蜂の巣に変える。
 無論、その時にはもう、ノビルの姿はそこにはない。
「エスパーか!?」
 気配を感じて背後に振り返った男は、そこそこやる方だったかもしれない。
 が、所詮はそこまでだった。
「あばよ!」
 声と共に、ノビルが武器を放る。
 空中で槍の形から、光の球体に変化したそれは、まっすぐに男へ。
「くそっ!」
 PPで強化された筋力を駆使して入口へと跳ねた男だったが、球体は優秀な猟犬のようにその後を追い、唸りを上げて胴体にぶち当たった。
「うわぁぁぁああぁぁぁぁぁーーーっ!!」
 悲鳴を上げ、吹き飛ぶ男。
 とんでもない勢いでドアから外に飛び出すと、たっぷり50メートルは地面を派手に転がり、向かいのビルに激突してようやく止まる。
 これで立ったら……イカサマである。見た人間は、誰もがそう思ったろう。
 そしてやっぱり、イカサマは起きなかった。
「……ふむ、見かけによらずたいした奴だな、お前」
 戒めを解いてやると、マスターが立ち上がり、ノビルをジロジロ見回してそう言ってくる。
「見かけによらなくて悪かったな。さ、それより早速だが仕事をなんか回してくれ。それとメシだ」
「よかろう、紹介してやろうではないか──おおい、もう大丈夫だぞ」
「……あン?」
 マスターの言葉と共に、床の一部がガリガリと異音を上げてスライドする。
「なんなんだよ、この仕掛けは?」
「うむ、今みたいな奴が結構多いのでな。ここに特殊鋼でガードした避難部屋を造ってあるのだ。今回はいきなりだったので娘を逃がすのが精一杯で、俺は逃げ遅れてしまってな」
「……へえ、娘がいるのか」
「まあな」
 と、微笑む顔は、人の親らしく優しげだった。
 やがて、扉が開き、中から姿を現したのは……
「お父様! ご無事で何よりですわ! わたくしとても心配で見ていられませんでした!!」
「おお、そうかそうか、心配かけてすまんかったな」
 などと、無事を喜び合う父と娘。
 それはそれで、まあ美しい光景なのだろうが……
 肝心のその娘は、どう見ても体のサイズが上から100、100、100だ。栗色の髪を三つ編みでまとめ、全然似合わないフリフリのドレスを身につけている。身体を動かすたび、ミシミシと床が悲鳴を上げていた。
「危ない所だったのだが、こちらの方に助けてもらった。お前からも礼を言うといい」
「はい……全てモニターで見せて頂きました……」
 くるりと、その娘がこちらに振り返る。
「……」
 目が合うと、自然と拳を構え、身構えた。銃を持っていたら、たぶん抜いていたろう。
 顔もまた、巨大だ。全体の造りはどことなくカバに似ている。ひょっとしたらそういう風に調整したサイバーではないだろうか……と、一瞬思った。
「……ありがとうございます。父がお世話になりました」
「いや、とんでもない。気にしないでくれ」
 PPを相手にした時よりも、ずっと固い声のノビル。ある意味遥かに強敵である。
「紹介しよう、娘のアンジェリカだ。よろしく頼む」
「……は? 何がよろしくなんだよ?」
「紹介すると言ったろう。お前ならば可愛い娘を任せても良いと思ってな。妻に先立たれてからというもの、ずっと箱入りで育ててきた愛娘だ。泣かしたら殺すぞ」
「いや、ちょっと待て。俺が紹介して欲しいのは仕事だ! 誰が娘だと言った!!」
 慌ててそう言ったが……
「……嬉しい……」
 小さな声が聞こえて、思わず足を一歩引いてしまう。
「ずっと、白馬に跨った王子様を夢見てました……ずっと……やっと現れたのですね……私の前に……」
 アンジェリカの目には星がきらめき、頬はバラ色に染まっている。どうみてもその気満々である。
「す、すまねえが……王子様なら他を当たってくれ……」
 じりじりと入口へ下がりつつ、外に飛び出すタイミングを見計らうノビルだ。仕事は欲しいが、命は惜しい。ここはもう、逃げる以外に手はないだろう。
 しかし……
「お慕い申し上げておりますっ!!」
「うわぁぁぁっ!!!」
 巨体にはとうてい似つかわしくないスピードでぶわっと迫られ、あっという間に手を掴まれる。
 すかさずテレポートで跳ぼうと思ったが、それすらも許されなかった。
「私の王子様〜〜〜っ!!」
「ぐぇぇ……」
 強く抱きしめられ、背骨が悲鳴を上げる。
 すうっと意識が遠くなり、ESP発動に必要な集中が途切れた。
「……見ておるか、お前。娘にもついに婿を娶る時が来たぞ……」
 などと、傍らではマスターがハンカチを目に当てながら、妻と思しき写真に向かって話している。
「離せこの野郎〜〜〜〜!!」
「王子様〜〜〜!!」
 一難去って、また一難。
 新たなる不毛な戦いが、始まろうとしていた……


 ……かくして、この街を抜け出すまで、ノビルは生涯忘れない程の苦労をするハメになったという。

■ END ■
PCシチュエーションノベル(シングル) -
U.C クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年03月04日

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