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『ハチ公は見た! 』
ステラ・ミラ1057

「……ではもう一度最初からです。よいですね、オーロラ」
 無表情の顔が、静かにそう告げる。
「…………」
 やや間を置いて、目の前にきちんと座った白い獣が首を縦に振った。
 中型サイズの綺麗な毛並みを持った犬である。実際は狼なのだが、正体は狼ですらない。そこの所を詳しく説明すると、人類がまだ生まれる以前からさかのぼって説明せねばならず、愛と夢と冒険の一大サーガを展開しなければならなくなってしまうので、ここでは割愛する。名前はオーロラという。
「それでは、貴方は今日、そういう状態になったと気付くまでに、誰と会いましたか?」
 腰までかかる長い髪を指先で背後に流しつつ、そう尋ねる人物。
 髪と同じく漆黒の瞳が、オーロラにじっと注がれる。
 見る者に、まるで吸い込まれるかのような錯覚を覚えさせる、深く澄んだその双眸。
 表情のほとんど動かない顔は彫像のようで、地上にあるどの彫像よりも印象的だ。
 彼女の名は、ステラ・ミラ。
 世界の真理を追い求める探求者にして、永遠の旅人。そしてどこか憎めないお姉さんである。
「……」
 そのステラを見上げて、ひょいと片方の足を向けた。
「私ですね?」
 そう尋ねると、こくりと頷く。
「他には?」
「……」
 しばしじっと動かずにいたが……やがて静かに首を振った。
「……ふむ。変わりませんか。埒があきませんね……」
 とつぶやいた後、ふっと黙って虚空に目をやる。
 何事かの考えに身を委ねているのかもしれないが、表情にはまったく現れないので確かな事は不明だ。
 と、その顔がなんの前置きもなしに横を向いた。
「やはりここは、推理と探索の専門家にも意見を伺うべきでしょう──草間様」
 ステラの視線の先で、抜き足差し足でこの場から立ち去ろうとしていた背中がピタリと停止する。
「是非、ご協力をお願い致します」
 丁寧な口調で頭を下げられ……もはやこれまでと判断したのか、その人物がゆっくりと振り返った。
「……奇遇だな」
 ぎこちなくそう挨拶したのは、巷で怪奇探偵と呼ばれ、好事家と人以外のものに大人気の草間名探偵である。
 たまたま通りかかっただけだったのだが、相変わらず運がいいのか悪いのかわからない。
「で、一体なんだ? こんな場所で」
 やもうえず、1人と1匹へと近づき、声を潜めて言う草間。
 ここは、渋谷ハチ公前だった。
 東京ばかりではなく、全国的にも知られた場所である。
 待ち合わせの場所としては定番中の定番であり、ほぼ一日中周囲から人影が絶えないような名所だ。
 そんな所に立つ、無表情な麗人と、そこそこ整った顔の微妙な年代の男、そして美しいはしばみ色の瞳を持った獣のトリオは、やはりというかなんというか結構目立つ。
 今も時折3人を見ては何かヒソヒソやっている若い男達や、あからさまに近くで目を向けてくる女子高生の集団等がおり、草間などは非常に居心地の悪さを感じている。
「はい、話せば長い事ながら……」
 が、ステラの方はというと、そんな事はまったく気にしていない様子だった。
 草間を見つめて、ゆっくりと説明を始める。

 それによると、使い魔であり、優秀な助手にして下僕のオーロラの様子がおかしいのだという。
 通常、ステラには彼の意思が通じ、オーロラの意思もステラには通じる。
 言葉などなくとも、両者の間にはコミュニケーションが成立するのだが、今日、気がついたら突然それが不通になってしまっていた。
 とりあえずいろいろ調べてみたところによると、オーロラの方に何か問題が生じたらしいという事まではわかったのだが、そこから先が掴めない。
 そんなわけで現在、手がかりを求めてあちこちを巡っている……という事らしい。

「……ハチ公前に手がかりがあるとも思えんが……」
「いえ、真理というものはどこに秘められているかわからないものです。ちなみにこれまでは上野公園や東京タワー、浅草雷門、お台場、ご老人の原宿として名高い巣鴨の地蔵通りなどで探索を行ってまいりました」
「鳩バスのコースみたいだな……で、手がかりはあったのか?」
「いえ、残念ながら」
「……まあそうだろう、うん」
 重々しく頷く草間だ。
「草間様には、何か良いお知恵がおありでしょうか? よろしければ是非お聞かせ願いたいのですが」
「……その前に、ひとつ確認しておきたい」
「なんでしょう?」
「これは正式な依頼と考えて良いのかな?」
「……」
「……」
 草間の言葉を受けて、ステラがほんの数瞬押し黙る。
 が、相変わらずの無表情で、
「今日は良い天気ですね」
 と、言った。
「……いや、そういう事ではなくてだな」
「天気予報では、明日も良い天気だそうです」
「……だから……」
「今週一杯は、天気は崩れずに済みそうです。これは日本全体にオホーツク高気圧団が大きく張り出してすっぽりと包んでいるせいで……」
「…………」
 淀みなく告げられる長期予報を聞きながら、やはり正式な依頼ではなく、タダ働きになる事を悟る草間だった。

「それで……こうなった事の原因に心当たりはないのか? なんの理由もなくそうなるはずもないだろう」
「はい、まさにその通りです。素直に白状なさい、オーロラ」
「……」
 2人に見つめられ、困った顔をするオーロラだ。
 白状しろと言われても、意思を伝える方法は今やジェスチャーしかない。それにそもそも心当たり自体がないのだから。
 ややあって……やはり首が横に振られる。
「……そうか。では、その問題の症状に気がついたのはいつだ?」
「それは、今日の午前中には既に」
「昨夜から今朝にかけては、なんともなかったのだな?」
「ええ、それは間違いありません」
「……」
 ステラとオーロラが、同時に頷いた。
「ふむ……では、今朝起きてからそこまでの事を詳しく思い出すしかないだろうな」
「やはりそうなりますでしょうか」
「ああ」
「そうですか……わかりました。ではオーロラ、草間様の提案通り、今朝の事を忠実に思い出してみましょう。今からここで起きてからの事を演じてみなさい」
「……ここでか?」
「はい、善は急げと申します」
「ま、まあそうだが……」
「……」
 草間とオーロラが、あたりを見回す。
 なにやらいつのまにか、自分達のまわりに人垣ができてきたように思われるのは気のせいだろうか……
「さあ、おやりなさい」
「……」
 命じられ、やむなく従うオーロラである。使い魔の辛い所だ。
 まずはペタンとその場に腹ばいになり、そこから立ち上がって身体を震わせると、大きなあくびをひとつしてみせた。可愛い〜とか、若い女性の声が上がる。
「起きたところか」
「ですね」
 さらに、オーロラの1人芝居が続く。
 前足で顔を洗うと、同じ足で歯までこすり始めた。
「……歯磨きまでするのか」
「虫歯は恐いですから」
「まあ……そうだが」
 それが一段落すると、今度はパントマイムで何かを表現していく。
「これはテーブルと……椅子だな」
 草間の言葉に頷くと、両前足を揃えて、横に動かす動作をする。
「その2つは置いといて……ということですね」
 また頷き、一旦離れた場所に行くと、今度は何かを咥える仕草をして戻ってきた。
「……何を持ってきたんだ?」
「朝食ですね。製造したのは私です」
「製造……」
 なんとなく引っかかり、さらに詳しく聞いてみる事にする。
「参考までに教えてくれ。メニューはなんだ?」
「しめじのソテーです」
「しめじ……普通だな」
「いえ、正確に言うと、1本がマツタケ大のしめじです」
「…………なんだそれは」
「はい、昨夜拝見しましたテレビの情報番組でキノコが身体にいいというのをやっておりましたので、思い立って栽培してみました」
「キノコって……一晩で生えるものなのか?」
「何事もやってみなければわからないものですね。見事に生えました。それはそれはもうとても立派に」
「そ……そうか……」
 あっさり言われ、うーむと唸る草間。原因とは……もしかして……
「ちなみにそのキノコだが、食べても悪影響はないのか?」
「はあ……たぶんそのはずかと。なにしろ構成物質の98%は普通のしめじでしたし」
「ちょっと待て、残りの2%は何だ?」
「わかりません」
「……なに?」
「わからないのです。少なくとも人類に知られている元素で構成されてはいませんでした。ですがまあ、たった2%です。誤差の範囲内ですね」
「……いや、そういう問題ではないと思うぞ」
「そうでしょうか?」
 真面目な顔で問われ、ため息をつく草間だ。
「ちなみに君も食べたのか?」
「はい、とてもおいしゅうございました」
「……」
 腕を組み、考える。
 となると、ステラもオーロラと同じような症状を訴えてもおかしくない。が、その兆候はまったくなさそうだ。
 原因は、何か他の所にあるのだろうか……
 ……しかし……
「何か?」
 横目でチラリと見たら、すかさず鉄面皮を向けられる。
「いや……」
 とだけこたえて、あとは何も言わない草間だった。
 傍らでは、地面にお座りしたオーロラが、食事をするパントマイムを続けている。
 その前にはいつのまにか空き缶が置かれ、周囲のギャラリーから投げ銭が放り込まれるまでになっていた。特に女性に受けが良いようで、可愛いとか賢いとか口々に言われている。
「オーロラもなかなかやりますね。次はやはり火の輪くぐりあたりをすれば、皆さんに喜んでもらえるでしょうか?」
「…………さあな。俺は知らん」
 疲れた声でつぶやいて、首を振る草間だ。
 なにやら完全に話が変わってきているような気がする。
 正直、もう帰りたかった。


 ……結局原因は不明であり、オーロラの症状もその日の夕方には自然に治ったそうだ。
 草間が短いアドバイスをしたおかげで、その日以降、同じ病状はまったく出ていない。
 ちなみに、肝心のアドバイスの内容とは、

「そのキノコを2度と食うな」

 ……だったことは言うまでもない。

■ END ■
PCシチュエーションノベル(シングル) -
U.C クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年02月24日

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